15 曇り時々笑顔

 体育祭が終わり、一段落したあとは一学期末のテスト期間である。

 斯く言う俺も勉強をしなければ赤点は確定である。ということで、休日の図書館に来ていた。

 俺の住んでいるこの街には巨大な図書館があり、俺はもっぱら使用していた。静かで、古い本の匂いに囲まれ勉強が捗る。

「ねー、お兄ちゃん。ひまー」

 結花さえいなければ。一人で出かけた俺を尾行し、図書館に入る寸前に結花は俺に声をかけたらしい。

 第一声は、

「ど の 女 と 約 束 し て る の ?」

 である。どこぞのヤンデレ彼女かと。

 一人で勉強すると言った途端、顔を晴らしてだよねー、そんな度胸ないよねー、と色々失礼なことを言ったあと俺についてきて挙句勉強教えたげようか?とのたまう始末。

 それ以降これだ。暇だ暇だの一点張り。

「俺は赤点ギリギリ神回避のために頑張ってるの。珍しく頑張るお兄ちゃんを、たまには応援して?」

「わかった」

 そう言い、結花は俺のノートを奪い取り、赤色ボールペンで、でかでかとはなまるを描き頑張ってねと追筆を入れる。そして、俺にそのノートを渡す。

「はい」

「はいじゃないが」

「え?」

「え?じゃねぇよ!おま、何してくれてんの!?しかも赤ペンだよこれ、どうすんだよ!」

「でも自習用でしょ?」

 キョトンとした顔で俺を見る。ああ、こいつは頭いいからな。自習用ノートなんて必要ないんだっけな。だから大切さがわかんないんだよな。そうだそうなんだよ。

「んんっ!」

 俺の横から咳払いが聞こえる。職員が仁王立ちしていた。

「えーと、もう出るんで!すいませんでした!」

 俺は手早く筆記用具類をリュックに詰め、結花の手を引きそそくさと図書館を出た。


 ○ ○ ○


 6月下旬。どんよりと曇った空を見上げベンチに座っていた。図書館近くの公園で、冷えた缶コーラ片手にしょげているのである。

 隣では結花がお茶を片手に頭を垂れていた。

「…」

「…」

 無言の中、子供の笑い声が響いていた。結花も流石に悪いと思ったのか先程から無言である。

 そこまで落ち込まれるとこちらとしては気分は宜しくない。

「…さい」

 しばらくして結花がもにょもにょと口を動かす。

「ごめん…なさい」

 珍しく素直な結花に驚きつつも、俺は頷く。まぁ、妹にやられる悪戯なんざ、中学時代に受けたいじめより軽いものだ。

「気にすんな。まぁ、勉強する時間がなくなって手持ち無沙汰だけどな」

 これはこれで家に帰れば溜めていたアニメを消化することに専念できるだろう。そう思い立ち上がる。

「じゃあさ」

 結花は俺を見ていう。

「ショッピングモール、行かない?」

「え、嫌だけど」

 俺は即座に返答する。アニメを消化したいのだ。俺の心と体はアニメを見るという意思で結託されている。これだけは譲れない。

「よっし。決まりだね!行こう!」

「え、聞いてないの?ねえ?」

 俺は結花に手を引かれながら大型ショッピングモールに連れていかれる。あそこは嫌だ。人は多いし知り合いもいる。

「お兄ちゃんと買い物なんて久しぶりだね!」

 にへへ、と結花は無邪気に笑う。もうこの笑顔を向けられると兄としては諦めるしかない。なんせ、愛すべき妹様の笑顔だ。

「そうだな」

 たまには、こういうのも良いのかもしれない。そう思い、結花に歩幅を合わせた。

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