3 イケメンは性格悪いって噂されるけど大体はいい人だヨネ!
あの後、何の出来事もなく帰路についた。古海の毒舌と戦って終わったのだ。
「けどまぁ、男のアテがあるって言ってたし」
カチャンと金属物が落ちる音。後ろを振り向くと、食べかけのプリンを片手に持っている結花がいた。金属物の落ちた音は結花の持っていたスプーンだったようだ。
「お兄ちゃん…」
「あん?」
「ホモ、だったの…?」
「は?」
俺は数秒前の自分の言葉を吟味して気づく。
「ち、違うからな!?俺はそっち系じゃないから!」
俺の弁解も虚しく、結花は俺を慈しむような目で見つめる。
「大丈夫。あたしはそんなお兄ちゃんも好きだから…」
「俺だったら嫌だわ!ってか違うから!本当に違うんだよ!」
「分かってる」
「分かってくれたか」
安堵の吐息も束の間。
「誰だってそんな性癖隠したいもんね」
「だぁら違うんだって!そんでもって、ホモとかをそんな扱いするな!それって差別用語に含まれるんだからな!」
「益々お兄ちゃんがホモ疑惑に」
「あー!なぁにやってんだ俺はー!!」
自分の台詞で自分の首を絞めていた。もう何なら意図しない自殺レベルだよこれ。…サイコホラーだな。
「これはお父さんとお母さんに報告しなきゃ」
「おまっ!やめて!?親父は喜ぶだろうけど母さんはショックで寝込んじまうだろ!!」
親父は我が娘可愛いの人間で、何なら俺と結花を引き離そうと一時期考えていたらしい。許すまじクソ親父。
「大体、お前のせいだからな!?」
「えっ。あたし、お兄ちゃんがホモになるようなきっかけ作ったかなぁ」
顎に手をやり考える仕草をする。いや、そういう意味じゃないんだよなぁ。
「違う!俺の考えた"お兄ちゃん離れ強化年間~ラブズッキュン命短し恋せよ乙女~"作戦の為のだな」
「ああ!それかぁ。それがお兄ちゃんのホモ属性の催促になったんだね」
「話を聞けよ」
結花はえへへーと屈託なく笑う。…その笑顔はずるいと思います。思わず俺の方がラブズッキュンされるところだよ。結花、恐ろしい子…。
「それで、お前に合う男を探すために色々下準備やら何やらをしてるんだよ」
「え?」
結花はべちょっと手に持っていたプリンを床に落とす。
「あ、おい!プリン落ちた落ちた!」
「ああー…。あたしのプリン…」
俺は見逃さなかった。結花の顔から笑みが一瞬消えたことに。おそらくショックを受けているのだろう。
まぁ、好きでもない奴と無理やり付き合わせる程俺は鬼畜ではない。一応意見は聞くつもりだ。その上で親睦を深めさせ徐々に恋に繋げていけばいい。
→→→
翌日。教室にて。
俺は自慢気な表情を浮かべている古海を見ていた。これは、何かを聞かねばならない。
「あー、男は見つかったか?」
その質問を待ってましたと言わんばかりに、堰を切ったように話し出す。
「ええ。勿論見つけたわ。君とは違って私は有能だから」
「お?いちいち気に障ることしか言えないのか?」
本当、自尊心はでかいのに胸だけは…ゲッフンゲッフン。
「君、私の胸を見て失礼な事を考えていたわね」
古海はじろりと俺を睨む。俺はサッと顔を逸らす。
「詭弁だ」
「何でもそれで誤魔化せると思っているのかしら?」
せ、セクハラじゃねぇし。あ、でも俺は大きい方でも小さい方でも行ける人だから。富士山でも日和山でもおk。
「で、その男ってのは誰なんだよ」
露骨に話を逸らす俺に古海は少し不満に思いつつも目ではしっかりとその男を捉えていた。
どうやらどうやらクラスメイトらしい。と、いうことは先輩と付き合うというシチュエーションだな。
「桐片くんよ」
「あ!?」
「え、俺あいつ嫌いなんだけど」
「君の好みは知らないわよ」
「あの八方美人が気に食わない」
「あら。
「べ、べべベっつにぃ?ひ、僻んでないし」
僻んでも何も得るものはないからな。ないものねだりは良くない。…多少は妬むがな。
「で、あいついつも囲まれてんじゃねぇかよ。どうやって話すんだ」
「それ考えるのがあなたの役目でしょ?」
さも当然と言わんばかりの顔。俺は使いっ走りではないんだぞ!と言っても実際問題俺と結花の問題に古海を付き合わせてしまっているので、そこは仕方なく引き受けるとする。
「そんじゃ、いっちょやって見るか」
俺はそう言って机に突っ伏す。
「私も戻るわね」
古海も自分の席へと戻っていく。
俺が狙うは、あいつがトイレに入った時だ。あの爽やか野郎だ。連れションなんざするはずが無い。突っ伏しながらニタリと笑みがこぼれた。
←←←
昼休み。とうとう、桐片は席を外した。俺はつけるように教室を出る。
トイレは教室からかなり離れたところにある。
そこまで数分。俺は黙々と後ろをつける。別に怪しくないぞ。…多分。
そして桐片がトイレに入った。そのすぐ後に俺もトイレに入る。
「なぁ」
俺はビクッと方を震わせる。
「さっきからつけてたろ」
「あ?ああ…」
「何か用事でもあるのか?」
「まぁ。少し?いや、かなり?」
歯切れの悪い俺の反応に、桐片は爽やかに笑う。
「はははっ。遠慮はしなくてもいいんだぞ。クラスメイトなんだし」
背筋が寒くなる。こいつへの嫌悪感のパラメータが一気に上がる。サラリとこんなことを言う。それが何より気に食わない。
「あー、じゃあ、遠慮なく。単刀直入に言うと、俺の妹と付き合ってくれ」
「…は?」
桐片は凍りついたように動かない。俺が何を言っているのかわからないという顔だ。
「ま、待てよ。お前の妹と付き合う?お前の妹はそれを承諾してるのか?」
「一応意見は聞いて、それから」
「違うだろ」
「あ?」
真摯な眼差しを俺に向ける。まるで俺のやることが間違っていると認識させるような目。
「俺は急にそんなことを言われても付き合うことは出来ないし、お前の妹の承諾なしに付き合おうとは思わない」
「こっちにも事情がある」
「じゃあ、それを話してくれ」
どう話せばいい?妹にパンツを盗まれて困っているから、兄のパンツから彼氏のパンツに興味を逸らす為ですなんて口が裂けても言えない。
どちらにせよ、詰みである。
「いや。やっぱりいい。無茶な事言って悪かったな」
「いいさ。悩みがあるなら聞くくらいはできるから」
ぽんと俺の方を軽く叩き桐片はトイレから立ち去っていった。やはり俺はこいつを好きになれそうにない。
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