第4話 権化の結末


 ついに月末となり――経営戦略会議が始まった。

 相手の悪巧みは既に掴んでいる。

 データの改竄の対策もばっちりだ。

 純粋な売上勝負でも負ける要素はない。

 勝利は既に確定していた。

 油断など一切ない。

 後は売上報告をするのみ。


「経営戦略会議は以上となります。

 本来はこの場で解散となりますが、今日は月末――社マネージャーと権化マネージャーによる売上勝負の決着を付けていただきます。

 その上で、各エリアマネージャーの皆様には勝敗の証人となっていただければ幸いです」


 ようやくだ。

 権化の奴をぶっ倒して、上の信頼を掴むとしよう。

 そう思っていたのだが。

 コンコンコン――と扉をノックする音が聞こえた。

 直後。


「失礼するよ」


 その声に一同が目を向ける。

 開かれた扉の先には――真黒暗部の姿があった。


「……真黒社長。

 こちらへ」


 どうやら、彼方怜悧は真黒暗部が来ることを知っていたようだ。

 彼方以外のエリアマネージャーは驚愕し目を見開いている。

 複雑な心境は俺も同様だった。

 本来、社長が出るのは幹部会議のみだと思っていたが……。

 なぜこのタイミングで……。


「彼方統括マネージャーから、面白そうなことをやると聞いたのでね。

 私も是非、参加させてもらうよ」


 中央の席に深々と座り俺を見た。

 その表情はどこか楽し気で挑発的だ。

 俺の失墜を楽しみにきたのだろうか?

 だが――全てお前の思い通りになるわけじゃないってことを、今から教えてやる。


「では、お二人の管轄する店舗の総売上を今から発表させていただきます。

 データは既に、本社サーバー上に上がっています」


 彼方マネージャーがノートPCを操作した。

 映像ケーブルが接続されている為、会議室用の大画面モニターにPCの画面が映し出されており、サーバー上に営業利益――――経費を差し引いた上での利益が表示される。

 その結果――


「ば……馬鹿なっ!?

 何かの間違いだっ!」


 声を震わせ叫んだのは権化競冶だった。

 だが、俺も戸惑いを覚えている。

 権化のように醜く叫んだわけではないが、想定外の事態が起こっていたからだ。


「勝敗は決しました。

 社マネージャーの売上が圧倒的に高いようですね」

「……そのようだな」


 彼方怜悧の言葉に真黒暗部が頷いた。

 モニターに表示された営業利益は明らかに俺が上だったのだ。

 だが……会議が始まる直前まで、権化により改竄された――『権化の方の営業利益が高いデータ』がサ―バーに上がっていたはずだった。

 俺も自分の目でそれを確かめている。


(……まさか)


 俺は真黒暗部に目を向けた。

 すると真黒は、ニヤッと頬を吊り上げ、皮肉な笑みを見せる。

 やはり、何かしたのか?

 だが、なんの狙いがあって俺を勝たせた?


「さて、社マネージャーの勝利のようだが……」

「お、お待ちください社長!

 これは何かの間違いです!」

「間違い……?」


 権化はこの結果を認めたくはないのか真黒に進言した。


「これは社マネージャーが、私を罠に陥れたのです!

 そうでなければこんな……」


 罠を仕掛けたのはお前だろうが。

 競争社会の権化のような男は最後まで醜い姿を晒していた。


「権化マネージャー。

 社長に進言するということは、明確な証拠があるということですか?」

「そ……それは……」


 彼方の問いかけに権化は俯く。

 証拠などあるわけがない。

 そして証拠がない以上、何を言ってもこいつの発言を信じる者など――


「そ、そうだ!

 わ、私のエリアの営業利益はこれほど低い数字ではなかったはずです!

 データの改竄があったのではないでしょうか?」

「各エリアマネージャーが提出した売上をサーバーに上げているのは私です。

 もし改竄があったというなら、それは私を疑っているということでしょうか?」

「ふん……ちょっと待ちたまえ、彼方統括マネージャー。

 サーバーの最終更新情報を見せてはくれまいか?」


 その発言の直後、真黒は口元を微かに歪めた。


「かしこまりました」


 言われるままに、彼方はサーバーの最終更新情報を表示させると。


「……なっ――!?」


 俺は思わず声を漏らしていた。

 サーバーの最終更新者の名前に――社 白真と表示されていたのだ。


「や、やっぱりか!

 社っ!

 貴様がデータを改竄したんだなっ!」


 ここぞとばかりに権化が俺を攻め立てる。


「……社マネージャー、これはどういうことかね?」


 真黒暗部が厳格な面持ちを俺に向けた。

 だが、その目は心底楽しそうに俺に笑い掛ける。

 この状況を乗り切ってみせろ。

 そう語り掛けるように。

 完全にやられた……。

 どうやらこの想定外の自体は、真黒暗部によって作り出したようだ。


「社マネージャー。

 社長に回答を」


 この場にいる者たち全てが俺に視線を向け回答を迫る。


「君はなぜ、このような不正を?」


 真黒が再び問い質してきた。

 どうやらもう――逃げ場はないようだ。

 俺は覚悟を決めて口を開いた。


「不毛な会話になってしまいますが、まず私は不正など行っていません」

「ほう……」

「馬鹿を言うな!

 現に君がデータを改竄した証拠は残っているじゃないかっ!」

「サーバーはアカウントを持つ一部の者しか入ることは不可能のはずです。

 また何らかの更新があった場合、最終更新者が表示されます」


 つまり――犯人は俺以外はありえない。

 本来であれば――だ。


「それは私も存じ上げています。

 その上で――私は不正を行っていないと断言します」

「ならば証拠を出せ証拠を!!」


 権化が急に強気になっている。

 先程まで醜く怯えていた姿はどこへやらだ。

 だが――直ぐにお前はまた醜く怯え狂うことになる。

 それを教えてやるよ。


「ほらほら、証拠なんてないんだっ――」

「証拠ならあります」

「え……?」


 喧しく騒ぎ立てていた権化が口を閉じた。

 俺は元々コピーして置いた資料を、この場にいるエリアマネージャーたちに渡した。


「私が彼方統括マネージャーにお渡しした売上データと、サーバー内のデータですが数字が違います。恐らくですが、権化マネージャーが渡してあるデータも、サーバー上の数字が変わっているのではないでしょうか?」


 俺の指摘に権化は部下を呼び出し、自らが管理する店舗データを表示した。


「た、確かに違っているが……これがなんの証拠になる!

 君がデータを改竄していない証拠にはならないだろっ!」

「失礼ですが権化マネージャーの管轄エリアの営業利益は、うちのエリアに負けていますよ」

「っ――そ、それは……」


 データを見せた以上は、言い逃れは出来ない。


「確かに……君の管轄エリアの営業利益が、権化マネージャーを上回っているのは間違いないようだな」


 真黒暗部もその事実を認めた。


「はい。

 確かめていただいたように、この状況で私がデータを改竄しなければならない理由はありません」

「……確かにそうですね。

 最初から勝負に勝っているならば、小細工は必要ないはず」


 彼方の言葉に他エリアマネージャーたちの口からどよめきが生まれる。

 ならばなぜ、このような事態に? と。


「そうしなければならない理由が何かあったんだろっ!

 調べれば何か出てくるはずだ!

 それに……どちらにしてもサーバーには君の名前が残ってるじゃないかっ!」


 やはりそうくるか。

 確かに事実として俺の名前が残ってしまっている。

 それを覆さなくては、納得はしてくれないか。

 なら、


「今から私がデータを改竄したわけではない。

 その明確な証拠をお見せします。

 ご許可をいただいてもよろしいでしょうか?」

「構わん。

 見せてみろ」

「ありがとうございます」


 真黒暗部の許可を得た上で、俺はスマホを取り出し。


「仇花、準備は出来ているか?

 じゃあ、会議室に入ってくれ」


 俺は仇花を呼び出した。

 三度のノック後――。


「失礼いたします」


 仇花が会議室に入ってきた。

 だが、入ってきたのは仇花だけではない。

 仇花の隣にはスーツすら着ていない、部外者のような男が立っている。

 当然、この場にいる者たちにとって部外者であるのは当然。

 のはずなのだが――。


「……っ」


 その男の姿を見て、権化は微かに動揺を見せた。


「おや、権化マネージャー。

 この方をご存じで?」

「し、知らない!

 僕がそんな男を知るわけないだろっ!」

「と、おっしゃっていますが。

 真黒社長、今回のデータ改竄にはこの男が関わっています」


 読心フィーリングハートで、権化の相手の心を読んだ際。

 データを改竄を頼んだ相手がいることを俺は突き止めていた。


「それは事実かね?」

「はい。

 今から彼にはその自白していただきます」

「じ、自白!?

 その男が真実を言う証拠など――」


 真実を口にする必要はない。

 何せ、


「……権化競冶の指示で、自分がデータの改竄をしました。

 これがその証拠のメールです」

「あがっ……!?」


 権化とこの男のやり取りが証拠として残っているのだから。


「今までも幾度となく、権化からハッキングの依頼を受けています。

 内部データの改竄は勿論ですが、極秘資料なども……」

「う、嘘だっ!

 そ、そんなメールはなんの証拠にもならないっ!

 なりすましかもしれないだろっ!」

「ああ、メールは捨てアカかもしれないな。

 だが、やり取りしたメールの中には――明らかに社内の人間でしか知りえない情報が山ほど入っていた。

 これはどう説明する?」

「……だ、だとしてもそれは、私以外の誰かが……」

「いえ、自分はあなたからハッキングの依頼を受けました。

 金で雇われたのです」

「ふふふふざけるなっ!

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘を吐くなっ!」


 このハッカーの男は一切嘘は吐いてない。

 なにせ俺の王の支配ドミネーションによる支配を受けているのだ。

 命令した内容は――権化に関する情報を会議の場で正直に伝えろ。

 そう命じてある。


「しゃ、社長――ど、どうかこのようなどこの犬とも知れない下賎の発言など――」


 権化は慌てふためき、真黒に救いを求めた。


「権化マネージャー。

 あんたはもう終わってるんだ。

 ハッカーに社内のデータをハッキングさせるような奴が、エリアマネージャーなんて笑わせるなよ」


 一斉にエリアマネージャーたちの視線が権化に向く。 

 競争社会の中から失墜する同僚を嘲笑うように。

 そして社長は満足な顔を俺に向けると、立ち上がり。


「彼方統括マネージャー。

 会議は終了だ」

「畏まりました」

「権化マネージャー。

 君の言い分はこの後――改めて聞こうじゃないか。

 だが、もし我が真黒カンパニーに損害を与えていたのだとしたら、

 クビ程度では済まないことを理解しておくといい」 

「あ……ぁ……あぁ……ああああああああああああ……」


 満身創痍で権化は崩れ落ちる。

 真黒はそれを気にもせず、この場を去って――。


「そうそう、言い忘れたことがあった」


 崩れ落ちた権化の目に光が宿る。


「しゃ、社長――やはり僕を見捨て――」

「社マネージャー。

 君は昇進だ。

 今後、彼方統括マネージャーの補佐として、次期統括マネージャーを目指したまえ」

「か、かしこまりました。

 ありがとうございます」


 俺の昇進を告げたその瞬間、権化は止めを刺されたように床に倒れ伏した。

 だが、真黒は部下である権化に目もくれない。

 ただ俺を直視し、不気味に口元をにやつかせ。


「それではな社マネージャー。

 君には期待しているよ。

 今後も楽しませてくれたまえ」


 まるでゲームでも楽しんでいるかのような発言を残し、会議室を去る真黒。

 その去り際――真黒の背を追うように黒い影のようなものが見えた気がして――。

 戦いに勝利したはずの胸の中に、不穏な感覚が残ったのだった。 




       ※




 会議の後、権化は突然現れた黒服たちにどこかに連れて行かれた。

 あの男の末路は気になるが、今はそれ以上に考えなければならないことがある。


「お疲れ様です、社さん」


 疲れ切り会議室に残っている俺に、仇花が駆け寄ってきた。


「ああ、保険をかけて置いて助かった」


 もしかしたら権化が雇ったハッカーの証言が必要になるかもしれない。

 だからこそ、仇花にはハッカーと待機してもらっていたのだ。

 今回ばかりは相手が悪巧みを企んでくれていたことに感謝だ。

 それがなければ、俺はハメられて終わっていたのだから。

 勝ちはしたものの……今までのような圧倒的勝利ではない。

 この本社での戦いは、俺の想像を遥かに超えて厳しいものになっていた。

 何より……。


『ゼウス……聞こえてるか?』


 ……語り掛けても未だにゼウスからの返事はない。

 あれから一向に連絡が取れないが……。

 悪魔を探すなどと言っていたが、もしかしたら天界で仕事に追われているのだろうか?

 何かわかったのだとしたら、一度連絡を取り合いたいが……。

 まぁ、あいつのことだ。

 どこかでひょっこりと現れるだろう。

 その時までに――悪魔なんてものが本当にいるのか。

 そしてもしいるのだとしたら――社長の持つチートはそいつが与えたものなのか。

 何より社長のチートが何かを確かめなければならない。

 真黒暗部という男を打倒しない限り――この会社を変えることは出来ないのだから。

 今は情報と、そしてあいつに打ち勝つだけの力を手に入れる。

 その為には――なんとしてもこの本社での戦いを生き延びる。

 そんな決意をしていると。


「社マネージャー。

 いえ、今はもう統括マネージャー補佐ですか。

 昇進おめでとうございます。

 これほど早い昇進はあなたが初めてかもしれませんね」

「ありがとうございます。

 彼方統括マネージャーも、かなり早い昇進だったと聞いていますが?」

「私など大したことはありません。

 それでよろしければ、仕事上がりにお時間をいただいてもよろしいでしょうか?

 仇花さんもご一緒に」


 彼方怜悧からの突然の誘い。

 一体、何が仕掛けられるのか。

 そんな不安を感じつつも、


「勿論です」


 当然のように、俺はその誘いを受けるのだった。


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