第二章

プロローグ 失った物


 睡眠時間が増えたせいか、最近よく夢を見る。

 夢だから朧気で、断片的な物だけど。

 それは決まって、子供の頃の夢だった。


白真しろま……ただいま……』


 優しい声。

 懐かしい、母さんの声だ。


『遅くなって……ごめんね……』


 謝らないでくれよ。

 母さん、頑張ってるじゃないか。

 あの頃――まだガキだった俺は、何も知らなったけど。

 それでも母さんが、俺の為に頑張ってくれていることだけはわかってたよ。


『……ご飯も……作ってあげられなくて……』


 あの頃、俺はいつも一人で食事を食べていた。

 それは少し寂しかったけど。

 頼れる親戚もいなかった母さんは、女手一つで俺を育ててくれていたから。


『おかあさん、だいじょうぶだよ!』


 俺は強がってみせた。

 そうしたら、母さんが安心できると思ったんだ。


『ぼく、一人でなんだってできるんだよ!』


 そんな俺の強がりを、母さんはどう思ったのかわからない。

 だけど、


『ごめんね……ありがとう……』


 謝罪と感謝を同時に口した母さんの顔は、とても嬉しそうだったのを覚えている。


『母さん、頑張るから……!』


 母さんは必死に働いてくれた。

 朝から晩まで……そして――俺が小学校を卒業するのと同時に、母さんは仕事中に過労で亡くなった。


 当時の俺はまだガキで、何も知らなかったけれど……。

 のちに俺は、その会社は労働基準法を平気で破るような、今で言うブラック企業として有名だった事を知った。


 母さんが死んで俺に残されたのは、決して多くはない遺産だけだった。

 きっとこのお金も、俺が学校に通えるようにと残してくれたものだったのだろう。


 なんであの時、俺は母さんに……頑張らないでって言えなかったのかな。

 そうしたら、母さんは死なずに済んだのだろか?

 今の俺なら――母さんを救うことが出来だろうか?

 この夢を見る度に、俺はそんなことを考えているのだった。

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