第2話 ブラック企業的洗脳教育
かなり早い時間に家を出たということもあり、就業時間まではまだまだ余裕があった。
その為、俺たちは近くの喫茶店に入ることにした。
まだ早朝ということもあり店内は空いていた。
店の奥の席に座り、俺はコーヒーを二つ注文する。
「とりあえず自己紹介させてくれ。
俺は
「私は……
微笑を浮かべる仇花。
先程までは暗い女性という印象があったが。
こうして顔を合わせて話してみるとそんな印象は消えていた。
化粧っ気はあまりないが、非常に顔立ちの整った綺麗な顔をしている。
黒い長髪を束ねてポニーテイルのようにしているのは、接客業という職業柄、清潔感を大切にしているからだろうか?
あ……考えてみると、彼女がまだ居酒屋真黒に勤めているか確認を取ってなかった。
『白真、ステータスを見てみたら?』
『……必要になったら確認するよ』
聞けることは、直接口頭で確認したい。
ステータスを見るのは、他人のプライベートを覗き込むようであまり好きではなかった。
勿論、相手が破滅させたくなるほどのクソ野郎なら別だし、必要なら使う事に躊躇うつもりはないが。
「あのさ仇花……さん」
「仇花で構いませんよ」
「そうか。
なら仇花、実は俺は君が居酒屋真黒から出てくるのを見たんだけど……」
「……そうだったんですね。
はい、私は真黒に勤めています。
まだ、アルバイトなんですけど……一応、社員候補ということで……」
「そうか……。
実は俺も今日から真黒に勤めることになっているんだ」
「あ――じゃあ新しく入る社員の方というのは……」
どうやら、新入社員が入るということは聞いているらしい。
「……仇花、ぶっちゃけ聞きたいんだけどさ。
真黒ってやっぱネットで言われてるみたいなブラック企業なのか?」
俺は早速話を切り出した。
仇花を助けられたことは勿論だが、実際に勤めている人間から内部の事情を聞けるのは貴重だ。
これから真黒カンパニーのホワイト化を目指さなきゃならない俺にとっては尚更。
「……社会人経験がない私は、他の会社を知っているわけではありません。
ですが……ネットで噂されていることはほとんど事実だと思います」
そして仇花は、自分がわかる範囲で社内の内情を教えてくれた。
まず彼女はアルバイトという立場だが、勤め始めてから丁度1年経つそうだ。
驚くべきことに、それまでに1度も残業代が出ていないらしい。
その残業は月に1時間や2時間ではない。
100時間を超えるのが当たり前。
しかもバイトの身で、社員と同じ仕事を任されているそうだ。
店長の言い分としては、社員候補の仇花は社員になった時の為にも、今のうちからこの会社の企業精神やら、理念やらを学んでいく必要があるからだとかなんとか。
有休を貰おうとすると、アルバイトに有休はないと平然と言い張るらしい。
さらには、どれだけ忙しかろうと店長はデスクワークがあるからと言って、店長室に引きこもっており、接客の仕事などは一切しないそうだ。
はっきりと断言するが、その店長は絶対に仕事などしていないだろう。
接客業で店長が一切接客をしないなどと、聞いたこともない。
とてもでないが、やはりまともな会社ではなかった。
「……休みという言葉を出すと、店長たちが言うんです。
みんな死ぬ気で働いているんだ。
会社に尽くすのは当然だ。
君は社会人としての自覚がないのか。
だから社員になれないんじゃないのか……」
まだまだ出てくる仇花への暴言。
聞いているだけで胸糞悪くなってくるものばかりだった。
「私……なんだか洗脳されていくみたいで……。
私が悪いのかなって……。
でも、少しずつ働くのが怖くなってしまって……」
仇花は自分の身を抱きしめるように腕を回し、身体を震わせる。
思い出すことすら辛い日々だったのだろう。
そしてそれが、彼女に自殺という選択肢を取らせた。
ブラック企業に追い込まれることで。
「頑張ったな」
「がんばった……?
私は……努力できていたんでしょうか?」
自殺を選択しなくちゃならないくらい、ボロボロになるまで働いて。
それで努力が足りないというクソ野郎がいるのだとしたら――そんな会社は俺がぶっ壊して改革してやる。
「誰が何を言ったって、俺はお前が頑張ったって声を大にして言ってやる。
だから仇花、もし辛くて死ぬくらいなら今直ぐに会社を辞めろ。
その方が、死ぬよりはずっといい。
勿論、俺から店長に話を付けてやる」
いざとなったら、チートを――
「……社さん……。
私は……」
仇花は顔を伏せた。
机の上には涙が零れ落ちる。
「社さんは……」
少しして、仇花は顔を上げて俺の目を見つめた。
「社さんは、どうしてブラック企業だと知りながら真黒に?」
「俺はこの国にある全てブラック企業を改善したい。
だからブラック企業として有名な真黒カンパニーに入った」
「……ブラック企業を改善……」
「ああ、仇花、俺が必ずこの会社を変えてやる」
「変えるって……どうやって……?
……社さんはただの一社員なんじゃ……?」
「俺は
「ちーと……?」
首を傾げる仇花。
だが当然の反応だろう。
いきなりこんなことを言われても、意味がわからないだろうからな。
「ま、俺のことは心配しなくていいさ。
俺が必ず、真黒カンパニーをホワイト企業に変える。
だから仇花も、その時になったら戻ってくればいいさ。
今はゆっくり休んで――」
「や、社さんは、これから出勤するんですよね?」
「ああ、俺はその為に来たからな」
「だ、だったら……私も行きます……。
何も出来ないかもしれませんけど……それでも、いないよりは何か……」
予想外にも、仇花はそんなことを言ってきた。
やはり会社が恐いのか、そわそわと落ち着きはないが、どうやら俺のことを心配してくれているようだ。
俺としても、店の内情を知っている仇花がいるなら非常に助かる。
だが、さっき自殺仕掛けた仇花をまた、過酷な環境に連れていくというのは……。
「わ、私、今まで会社を変えようとなんて、思ってなくて……思うことすら出来なくて……で、でも、まだわからないですけど、それでも何か……」
悩み迷いながら口を開く仇花。
その瞳には、微かに意志の光が宿った気がした。
もしかしたら、彼女は自分を変えたいと思っているのかもしれない。
それ自体、まだ仇花自身にもわかっていないのかもしれないけど。
「……辛くなったら休む。
ここから逃げたっていいから、絶対に死ぬことを選ばない。
約束出来るか?」
「は――はい!」
俺の目から逃げることなく、仇花しっかりと答え。
「じゃあ、行くか!」
「はい!」
そして俺たちは、戦いへと赴くのだった。
※
喫茶店での話を終えた俺は、居酒屋真黒に出勤していた。
ホールにはスタッフが集められている。
人数は俺と仇花を含めて5人。
「新入社員の社 白真です!
本日から皆様と共に働かせていただきます!
以前は日用品関係の会社にいました。
今回、真黒カンパニーに転職を決めたのは働く喜びを学ばせていただく為です!
お客様の笑顔の為に、粉骨砕身、働かせていただきます!」
まだお客のいないホールで、俺は新入社員として挨拶をしていた。
仇花もこの場にいる。
彼女は自宅に帰路しようとしたわけではなく、なんとか休憩時間を捻出し外に出ただけだったそうだ。
「いい挨拶だ。
仕事はかなりハードだが、新しい仲間としてこの居酒屋真黒の荻窪東口店の為に、そしてお客様の笑顔の為、スタッフと協力して働いてほしい」
この店舗の店長――
同時に俺は店長のステータスを確認する。
----------
○ステータス
・名前
楽山 竜蔵
・年齢 38歳
・誕生日 7月8日
・役職 真黒カンパニー系列 居酒屋真黒荻窪東口店店長
・趣味 貯金
○生命値
現在体力 500
現在ストレス 80
○能力値(Iランクが最低、Sランクが最大 最大値1000)
・最大体力 500(D)
・最大ストレス 250(G)
・知性 550(D)
・容姿 580(D)
・身体能力 620(C)
・コミュ力 650(C)
○仕事 レベル3
・接客力 600(C)
・交渉力 600(C)
----------
年齢の割に身体能力が高い……というか、俺より上じゃねえかっ!
これは前のクソ上司と違って、チートでぶっ飛ばすにしても簡単にはいかないかもしれない。
『なんだか……意外とまともそうね。
いきなり暴言の一つや二つ言われると思ってたのに』
ゼウスがそんなことを言った。
だが、確かに第一印象は悪くない。
顔立ちは紳士的で穏やかだ。
まさか……この店長すらも真黒カンパニーの洗脳教育による被害者なのか? と、仇花からこの店舗の内情を聞いていなければ考えていたかもしれない。
だが、この男をよく見ればわかる。
こいつは他のスタッフと違って目が死んでいないが、濁ってはいる。
欲望に
何よりこいつは、店の代表でありながら仇花を自殺させるまで追い込んだのだ。
真黒の洗脳教育はぶっ潰さなくちゃならないが、まずはこの男の悪事を暴き、破滅させることで、真黒カンパニーホワイト化の足掛かりにさせてもらおう。
少なくとも店長の悪事を暴けば、エリアマネージャー程度になら顔を売ることが出来るだろうからな。
俺が思惑を巡らせていると、
「店長!
早く働かせていただけないでしょうか?
この会社に尽くすことが僕の喜びなんです!」
「給料をいただいて、勉強までさせていただいているのですから、一刻一秒でも働かなければ申し訳なく思います……」
うわぁ……。
引くなぁ……。
大真面目な顔で社員たちが、イカれた言葉を口走っている。
これは前の会社とは違う方向にブラック企業だ。
以前は立場を利用したパワハラだったが、こっちは会社ぐるみでの洗脳だ。
しかも、もう既にかなり洗脳が完了しているようだ。
会社を神のように崇める姿は、悪徳宗教にハマってしまった盲目的な信者のようだった。
『なんだか、気持ち悪いわね。
あたしの信者だったら、もっといい加減よ?』
お前の信者はきっとそうだなろうな。
それにしても……。
(……これは中々、攻略難易度が高そうだ)
目は死んでいるのに、発言はイキイキとしている。
前の会社は社員全員がブラック企業に疲れていたが、こっちはそうではない。
少なくとも表面上は会社の為に尽くそうとしている連中ばかり。
だが……放置しておくわけにはいかない。
働き過ぎて、下手すれば死人が出る可能性があるんだから。
「では――朝礼を始める!」
こうして身だしなみチェック、会社の社訓の読み上げなどを終えて、真黒カンパニーの社員としての初仕事が始まるのだった。
※
そして休憩なしで8時間、ぶっ通しで仕事が続いた。
つうか宅配まで店舗で回してんのかこの会社は。
馬鹿か!
スタッフの一人は宅配専属ではあるものの、あまりにも人が足りなすぎるだろっ!
社員とバイトを含めても、この店舗には人が5人しかいないのだ。
これはマジで、いつ死人が出てもおかしくない。
『大変そうねぇ』
『見りゃわかるだろ……』
正直、ちょっと甘く考えていた。
だがお陰様で俺のストレスゲージはいい感じ上昇していた。
最近はストレスが大きく上昇することはなかったが、今日1日だけで余裕で300を超えていた。
『いい感じじゃない!
さぁ白真!
早速、あの店長をぶっ飛ばしに行きましょう!
そして本性を暴いてやるのよっ!』
俺もそうしたいところだが。
「社君、何をのんびりしているんです?
今は仕事中なのですから、感謝の想いを胸に、お客様の笑顔の為に頑張りましょう!」
装着しているインカムを通して、店長の声が聞こえた。
店内には監視カメラが仕掛けられており、俺たちを四六時中監視されている。
何かあれば、今みたいにインカムで連絡が来るのがその証拠だ。
さらに、副店長が目を輝かせているせいで、とてもじゃないが店長の下へ行く暇などない。
食事休憩をとろうとしても、努力が足りない、感謝が足りない、頑張りましょう!
がんばれがんばれがんばれがんばれがんばれ。
その言葉を今日だけで何百回聞いただろうか?
正直俺は、精神的にかなり疲弊していた。
『白真……あなたまで洗脳されないでよね?』
『わかってる……』
目的は見失ってない。
だからこそ、どうにかして店長に近付かないとな。
ホールに出ると、仇花は慣れた様子で接客をしていた。
彼女は接客中、決して笑顔を絶やさない。
それは努力の成果は勿論だが、本来の彼女は人と触れ合う事が好きなのかもしれない。
『社君、お客様の料理が冷めてしまう。
のんびりしている暇はないですよ!』
クソ店長が!!
偉そうなことばかり言いやがってっ!
テメェーは室内で一体、何をやってんだボケがっ!
絶対に暴いてやる。
それがテメェーの破滅への始まりだ。
心の中で罵倒しながら、俺は仕事を続けた。
※
それからさらに1時間。
客足が少し落ち、落ち着き始めた頃。
「社さん、大丈夫ですか?」
厨房に入った俺に、仇花が声を掛けてくれた。
顔色には疲れが色濃く出ているが、他のスタッフと違い目は死んでいなかった。
洗脳済みのスタッフたちは目に光がない。
その姿はまるで生きるゾンビのようだった。
「仇花こそ、大丈夫か……?」
「私は大丈夫です!
……なれていますから……」
微笑を浮かべる仇花。
なんだかその笑みが儚く見えてしまう。
「無理するなよ。
辛くなったら、いつでも言うんだ」
「はい」
俺たちが話をしていると。
「二人ともお疲れ様」
副店長が声を掛けてきた。
何か嫌味でも言われると思っていたが、そんな様子はない。
「いやぁ……今日もいい勉強をさせてもらったね!
お客様との触れ合いというのは、本当に素晴らしいよね!」
表向き、接客業の人間としては素晴らしいセリフなのかもしれないが。
口は笑っていても、目が笑っていないから恐ろしい。
「こんなに勉強させていただいているのに、給料をいただけるなんて僕は心苦しいよ」
いや、それ普通だからね。
100時間以上働いてサービス残業っていう現状のおかしさに気付こうよ。
こんな話を聞かされては、俺まで頭がおかしくなる。
ここは探りを入れるついでに、話を変えさせてもらおう。
「副店長。
店長は、店長室で何をされているんでしょうか?」
「うん?
店長はお忙しい方だからね、様々な仕事をされているんだろうね」
「様々……というと?」
「それは僕たちのような末端社員が知ることではないと思うんだ。
僕たちには僕たちの仕事があるように、店長には店長の仕事がある。
お互いに助け合って、社会は回っているんだからね」
要約――自分は店長の仕事を知りません。
だったらそう言え。
だが、副店長でもこれじゃ、なんとかして店長自身に探りを入れるしかなさそうだな。
「さて、今のうちに洗い物を済ませてしまおうか!」
副店長がそんなことを言った時だった。
『仇花君、店長室に来てもらってもいいかな?』
インカムから聞こえる店長の声。
「は、はい!」
直ぐに仇花は返事をする。
そして俺に目を向けた。
彼女の瞳は不安に揺らいでいる。
そんな仇花に俺は、
「……仇花、店長室の扉を少しだけ開いておいてくれるか?」
そう呟いた。
彼女にだけ聞こえるように。
「何をしているんだい?
指示があったら即行動だ!
早く店長室に!」
副店長に急かされつつ、仇花は店長室に向かっていった。
「さぁ!
僕たちも幸せの為に働かないとね!」
「自分はホールに出ています。
勉強の為に、お客様のお声を直接聞きたいので!」
「それはいいね!
是非、行ってくるといいよ!」
会社の為、お客様の為、会社に洗脳されている奴らが好きそうな言葉を盾に、俺は仇花を追いかけた。
慣れてしまえば、扱いやすい奴らかもしれない。
※
「失礼します」
仇花が店長室に入る。
店長室の周囲には監視カメラはないようだ。
この店は、従業員の休憩室と繋がるように店長室の扉がある。
そして休憩室には、男女に分かれて更衣室が設置されているのだ。
流石に女性用の更衣室が近くにある以上、監視カメラの設置は出来なかったのだろう。
「仇花君、遅かったね。
社会人たる者、迅速な行動を心掛けたまえ」
頼んでおいた通りに、扉は隙間が開いている。
俺はこっそりと中を覗き込む。
『セクハラでもする気かしら?』
ゼウスがそんなことを言った。
だが、それはないだろう。
店長は表向き紳士的な男を演じている。
セクハラなどをして、今の自分の立場を崩すような軽率な男ではないだろう。
そしてその予想通り、問題のあるような発言は一切なかった。
だが――『会社』と『客』という言葉を利用することで、仇花を洗脳しようとしている気がした。
定期的にこんな話をして、スタッフの洗脳をしているのかもしれない。
そしておおよそ30分後。
「……失礼いたします」
仇花が店長室を出てきた。
「大丈夫か?」
「……は、はい……」
精神的に疲弊したのか、顔面蒼白だ。
瞳からは再び光を失いかけていた。
「わ、私……もっと、がんばらないと……」
「あ、仇花……」
「仕事に……戻ります……」
俺の言葉なんて聞こえていないみたいに、仇花はそのままホールに出て行った。
(……そうか、これが店長のやり口か……)
やはりこの店舗のスタッフを洗脳しているのは店長で間違いないだろう。
俺は慌てて仇花を追いかけた。
ホールに出てテーブルの皿を仇花は片付けて厨房の中に入った。
その時――
――ガチャーン!
ふらっ――と、崩れ落ちるように、仇花が倒れた。
「――仇花!」
「……わ、わた……し……もっと……」
「無理するな」
なんとか立ち上がろうとする仇花を、俺は制止した。
騒ぎを聞きつけ副店長が慌ててやってきた。
如何にブラック企業とはいえ、人が倒れれば流石に心配の――
「仇花君、君ね。
仕事中に倒れるなんて、社会人としての自覚が足りないんじゃないか?」
は……?
「も、申し訳ありません……」
仇花、なに謝ってるんだよ。
「わ、私が……社会人としての自覚が足りないから……」
「自覚だけじゃない。
気合が足りていないから、こんなことになるんだ」
副店長は、ついには根性論まで持ち出した。
仇花を心配する素振りは一切見せない。
こんなのは……こんな会社は――間違ってる……!
こんなことが続けば、最悪過労死に繋がるかもしれない。
無理をする仇花の姿が、俺は母親と重なってしまった。
『白真、こいつぶっ飛ばしちゃいましょう!』
苛立たし気にゼウスが言った。
俺だってそうしてやりたい。
だが、監視カメラは今も俺を映している。
ここで副店長をぶっ飛ばすところを見られたら、俺はクビを切られるかもしれない。
だが……。
「ほら、さっさと立つんだ仇花く――」
「副店長……あなた、このまま仇花を働かせて、彼女が過労死したらどうするつもりですか?」
もう少し上手くやろうと思っていたが、もういい。
ここで副店長とも敵対しようと、俺は仇花を放っておけない。
仕事が人を殺すなんて、絶対に間違っているのだから。
「過労死しようと、会社の為、お客様の為に死ねるなら本物だろっ!」
「だったらあんたが責任を取るんだな?」
「……せ、責任……?」
「もしこの店舗で過労死なんて出したら、本社の人間はなんて言うだろうな?
いや、それどころか店長がなんて言うかな?
世間の評判、あんたが言うお客様はどう思うかな?」
「ぐ……そ、それは……」
俺の言葉に副店長は怯んでしまう。
そうか……これで一つわかった。
洗脳されているとはいえ、この程度のものなのだ。
だったら、こいつらの洗脳など簡単に解いてやることが出来そうだ。
「とにかく、今は仇花を休ませる。
……構いませんね……?」
「……あまり休んでいては困りますからね!」
それだけ言い残して、副店長は去っていった。
店長は、スタッフが倒れようと姿すら見せなかった。
この程度のことなど、些末なことだと言うように。
※
仇花を休憩室で休ませている時。
「仇花、大丈夫か?」
「社さん……すみません……。
私が、社会人として、もっと体調管理出来ていたら……」
彼女は今も、こんなことを言っていた。
「そんなこと気にしなくていいから、今はしっかりと休むといい」
「……はい。
ごめんなさい……社さん……私……何も出来なくて……」
「自分を責めなくていい。
お前がダメなんじゃない。
間違ってるのは会社のほうだ」
そう言って仇花は眠ってしまった。
『よっぽど疲れていたんでしょうね……』
『ああ……』
『……で、どうするのよ?』
ゼウスが俺に尋ねた。
『店長はぶっ飛ばす。
だが、その為には準備が必要だ』
『ま……あたしはその瞬間を楽しみにしてるわよ』
これから1週間だ。
1週間で――社員たちの洗脳を解いて、この店舗を変えてやる。
俺はそう決意した。
『社君、休憩室にいるのかい?
仕事に戻ってくれないか?』
が、直後に、インカムから店長の指示が飛んできた。
どうやら俺のブラック企業初日は――まだまだ終わりそうになかった。
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