第2話 競争社会の権化たち


 会議を終えた後、本社を出た俺は仇花と共に管轄する店舗を回っていた。

 各店舗の状況調査をしていくうちにわかったのは、どの店舗も荻窪東口店の時と同様にスタッフ全てが洗脳されているということだ。

 上司の言うことには絶対服従。

 働くことこそ至上の喜び。

 各店舗の店長までも完全に洗脳されていた。

 さらに驚いたのは――


「社エリアマネージャー。

 仇花さん。

 お久しぶりです!」 


 俺が管轄する荻窪東口店のアルバイトとして、荻窪東口店の元店長――楽山らくやま竜蔵りゅうぞうが働いていたことだ。


「アルバイトとして初心に帰り、働くことの尊さを改めて学ばせていただいているんです! やはり真黒社長の経営理念である、お客様の笑顔は賃金に勝る喜びというのは真理ですね!」


 これも真黒の【教育プログラム】のせいなのだろうか?

 狡猾な性格でスタッフを扱き使っていた楽山の姿はどこにもない。

 睡眠時間や食事する時間を削りサービス残業に当てていると嬉しそうに語っている。

 その代償か、年齢を感じさせなかった肉体はげっそりと痩せていた。

 楽山は当然の報いを受けたとはいえ、真黒カンパニーという企業の異常がこれでもかというほど伝わってくる。


「……ら、楽山店長……」


 仇花は複雑な顔をしていた。

 この自分を散々扱き使った相手だろうに。

 この結末を悲しむように。


「今の私はただのアルバイトです!

 店長などと栄誉ある役職で呼ばれるなど恐れ多いです。

 ささ、店長のところにご案内します」


 それから荻窪東口店の店長と顔を合わせて挨拶を済ませた。

 これで俺の管轄する15店舗全ての状況確認は終わった。




        ※



 仕事終わりに仇花とファミレスに来ていた。


「さて……どうしたもんかな」

「どの店舗の状況も悲惨そのものでしたね……」


 仇花の言う悲惨というのは、売上ではなく働き方がという意味だ。

 上の信頼を得る為にも、赤字店舗の売上向上という課題ではあるが。

 だからといって、店舗のスタッフたちをあのままにしておいていいとは到底思えない。

 会社全体のホワイト化を目指す上で、管轄する店舗は業務改善も俺にとっては課題だな。


「……ところで仇花。

 頼んでいた本社の社内調査のほうはどうだ?」

「あの……役立つ情報かはわかりませんが……」

「わかったことがあれば、なんでも話してくれ」

「はい」


 仇花の調査報告は真実味あるものから、噂話程度のものもあった。

 その為、真実味あるものだけを精査すると。


・社内の各フロアには監視カメラが設置されている。

 以前、私事の電話をしていた者がどこかに連れていかれた。

・社長には専属の護衛がいるらしい。

 その姿を見た者は誰もいない。

・本社の人間は定時退社する者が多い。


 こんな感じだった。


「監視カメラか……。

 そうなると目立つ行動は出来ないな」

「問題行動と見なされれば、処罰があるかもしれませんね」


 そうなれば洗脳教育を受けることになるのか。

 または別の何かか……。 


「社長の護衛ってのも気になるな」

「でも、これは噂話レベルでした。

 誰も姿を見たことがないと本社の皆さんも言っていたくらいなので」


 そう。

 だからこそ気になる。

 ゼウスの言っていた悪魔の存在。

 社長の護衛というのは、その悪魔なんじゃないか。

 あくまでまだ、可能性の範囲だが。

 もし悪魔がいるのなら……本社で俺と仇花が真黒暗部に敵対するような発言をするのも危険かもしれない。


「すみません。

 あまり役立つ情報を得られなくて……」

「そんなことないぞ。

 十分助かるよ。

 仇花、これからもよろしく頼むな」

「は、はい!」


 しっかりと頷き微笑む仇花を見ながら。

 俺は、頼れる仲間がいるだけで心強いものだな。

 なんて、そんなことを思うのだった。




       ※




 そして次の日――


「彼方統括マネージャー。

 少々、お時間よろしいでしょうか?

 店舗運営についてご相談が」

「……直ぐに済みますか?」

「はい。

 5分で済みます。

 会議室も一応、押さえてありますが」

「ならここで聞きましょう」

「店舗の利益を上げる為に、具体的なスキームを作成しました。

 こちらご確認いただけますでしょうか?」


 予めコピーしておいた資料を彼方怜悧に見せた。


「……なるほど。

 あなたはこれで利益が出ると考えたのですね」

「各店舗を回った上で、スタッフの状況は確認してきました。

 その上で考えた戦略なので、俺は利益が上がると確信しています。

 長期的に考えるのであれば確実に」

「……わかりました。

 許可しましょう。

 やってみてください」

「はい!」


 思っていたよりも簡単に許可を得られた。

 ダメなら俺を切ればいい。

 そのぐらいの感覚でいるのかもしれないが。

 これで堂々と店舗改善できる。


「仇花、各店舗に経営戦略を伝達してくれ」

「わかりました」


 俺の見せた資料は――利益向上の為の計画表で間違いない。

 だが――それは、労働環境改善も含めたものだ。

 労働基準法を守った上で、必ず利益を上げてみせる。




         ※



 そして俺と仇花は2日掛けて管轄する15の店舗を回った。

 従業員たちは労基を守った働き方に違和感を覚えたようだが、本社から許可を得た上での経営戦略であるのならばと従ってくれた。

 これにより店舗の売り上げが目覚ましく向上したわけではない。

 だが業務内容を改善して1週間が経過した頃。


「社マネージャー、お客様からサービスの質が向上したというお言葉をいただきました」


 店長たち複数人からこんな話を聞くようになった。


「そうか。

 ならこの調子で頼むよ」

「はい!

 働ける時間が減った以上、その分最高のサービスを提供していこうと思います!」


 働くことこそ喜びだと洗脳された社員たち。

 だが、無理な働き方をすれば身体は間違いなくボロボロになっていく。

 俺がいた荻窪東口店もそうだったが、集中力の低下が作業効率の低下を生んでいた。

 どれだけ奴隷のように四六時中働いたとしても、それでは意味がないだろう。

 人がぶっ壊れても末端の代わりなどいくらでもいると考えているのだろうが、人は育てるもんだ。

 洗脳教育を受けている奴とは真逆の俺のやり方で結果を出してやる。


「社員もアルバイトも含め、労働基準法に基づく労働を徹底してくれ。

 この調子でサービスを向上させれば、きっと売上にも繋がるはずだ」

「わかりました!!」


 身体の疲労も少なくなり、スタッフたちは普段以上にやる気に満ちている。

 これであれば、週始めにあるエリアマネージャーの戦略会議でもそれなりの結果が報告出来そうだった。




           ※




 週初め――エリアマネージャーたちが集う経営戦略会議にて。


「社マネージャー、今のところ順調のようですね」

「ありがとうございます。

 これも彼方統括マネージャーのご指導のお陰です」

「私は経営方針の許可を出しただけです」


 社員の労働時間を減らし、サービスや作業効率を向上させ売上も伸びている。

 流石にまだ赤字店舗の改善とはいかないが、そのことを評価される形となった。

 しかし、


「社マネージャーのやり方は真黒カンパニーの経営理念に反するものでは?

 スタッフの真黒やお客様の為に働く喜びを奪う形となっています」


 結果を出した上でも文句をつけてくる奴はいるものだ。

 まして競争社会の権化であるこいつらのことだ。

 俺のような成り上がりの新人が気に入らず、小さな隙から瓦解を狙おうとしているのだろう。


「権化マネージャー、結果は数字に出ていますが?」

「社マネージャー、あなたのやり方で長期的に結果が出ると?」

「勿論です」


 即答する俺に、権化ごんげ競冶きょうやは嘲笑する。

 こいつ、最初の会議でも俺を挑発してきやがったが。

 どうやら敵対する気満々のようだ。


「真黒カンパニーの経営理念は真黒社長の意志。

 であるならばそれに従うのは社員として当然のことでは?」

「利益を上げることこそ、真黒カンパニーの為であると判断しています。

 また、私の経営戦略は彼方統括マネージャーにも許可をいただいたものです」


 俺は彼方に視線を向ける。


「その通りです。

 そして結果は出している。

 真黒カンパニーの利益に、社マネージャーは貢献しています。

 その結果こそが最も大切です」

「ですがそれは一過性のものでは?」


 彼方怜悧の名前を出せば引くかと思ったが、権化競冶は引くつもりがないようだ。


「権化マネージャー、何が言いたいのですか?」

「彼方統括、諫言かんげんさせていただきます。

 社マネージャーには、真黒の教育プログラムを受けさせるべきではないでしょうか?」

「……教育プログラムを受けるような問題行動はないと考えますが?」

「それは今、利益が出ているからこそ。

 この結果は長くは続かないでしょう。

 大きな損失を出す前に、真黒のプログラムを受けるべきです」


 好き放題言ってくれるが。


「お言葉ですが権化マネージャー。

 1ヵ月もあれば赤字店舗を改善した上で、あなたの管轄する店舗の売上も上回ってみせますが?」

「……ほう。

 強気じゃないか。

 言ってくれるね……」

「そりゃ強気にもなりますよ。

 ここにある資料通りなら、あなたの管轄店舗。

 赤字ではないものの、ここ数ヵ月売上が減ってる。

 負ける要素が一切ない」

「っ――!」


 権化の舌打ちが会議室内に響く。

 俺の挑発に顔を歪め、明らかな苛立ちを見せていた。


「……ならば勝負してみるのはいかがですか?」


 すると、彼方がこんなことを言った。


「お二人が管轄する店舗の来月末までの営業利益が高い方を勝者とします。

 数字以上に勝る説得力はないでしょう?

 真黒本社の方針は実力至上主義です。

 これは権化マネージャーも同意していただけますね?」


 彼方の言葉に権化は頷く。


「ではもし僕が勝利した際には、社マネージャーには教育プログラムを受けてもらう。

 そういう条件でいいのでしょうか?」

「俺が勝ったなら、権化マネージャーはこちらのやり方に二度と口出ししない。

 その条件でいいなら」


 勝負を掛けるなら今が絶好の機会だろう。

 従業員を家畜扱いするようなクソ野郎どもに、負けるつもりは一切ない。

 俺のやり方で結果を出して、こいつらのやり方を否定してやる!

 もう二度とでかい口は叩かせない!

 いずれは、彼らの下では働く従業員たち全員を救う!

 その為に狙うは――社長の真黒。

 あいつと戦う為にも、社内での足場をここで築いてやる!


「いいだろう。

 その条件を呑もう」


 権化が俺の言葉を承諾し。


「では、来月末の経営戦略会議にて勝敗を決します。

 二人の言葉はこの場にいるエリアマネージャー全てが証人です」


 彼方の言葉と共に、本日の会議は解散となった。


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