第3話 ゲームのような概念
就職を機に引っ越した六畳間、風呂付のアパート。
一人暮らしをするには十分快適の部屋なのだが。
俺は会社に泊まる事も多かったため、あまり家に帰れなかったのだけが難点だ。
定時上がりなんて入社してから初めてだった。
「ただいま~!」
アパートの扉を開き、思わずそんなことを言ってしまう。
だが、それくらい今日は気分がいい。
「あ、お帰りなさ~い」
「おう!
今日は定時上がりだぜ!
最高だぜ!」
「そうね。
定時で帰るってのは社会人の夢よね」
「ああ、小さいようで大きな夢――って、おい!
なんでお前がいんだよ!
あと服うううううううっ!」
部屋に入ると女神がいた。
また全裸だった。
「ねぇ、白真。
この家、何もないの?
ゲームは?」
「ねぇよ!
あと服着ろよ!」
「はぁ……もう面倒ね。
女神は裸でいるのが常識なの。
あなたたちが服を着るのと同じ」
「ならこの世界の常識に合わせろっ!」
「わかったわよ。
はい、これでいいでしょ」
まるで魔法のように、女神の身体が一瞬で白いドレスに包まれた。
「……で、何の用だ?」
「折角、女神があなたの部屋に降臨してあげたのに、なぜそんな不満そうなのよ?」
「知ってるか?
お前のやってることは、この世界だと不法侵入と言うんだ」
「女神に法は通用しないわ」
よし、今すぐ警察を呼ぼう!
俺がそう思った時、
「白真、あたしといるのが嬉し過ぎて、いっぱいお話したいのはわかるけど、
あまり暇じゃないからさっさと用件を済ませていい?」
クソ上司ほどじゃないが、俺の怒りのボルテージがほんの少し上昇した。
「で……用件は?」
「あなたが身に付けた能力について、説明してあげるって言ったでしょ?」
「チートの事だろ?
相手を支配できる。
これだけわかってれば十分だよ」
正直、今の俺は無敵だろう。
この力があればブラック企業の改善などすぐに済ませられる。
「それはあなたが獲得したチートのメリットだけでしょ。
それも含めて、あなたが獲得した能力全てについて説明してあげるわ」
能力全て?
俺は支配のチート以外に何か手に入れてるのか?
「あなたは異世界に転移してチートを獲得したわけだけど、
その影響でステータスって概念を手に入れたの」
「ステータスって、あれか?
RPGとかでよくある、自分の能力を数値にするみたいな?」
「そんな感じね。
要するに能力を視覚化できるのよ。
まず、自分のステータスを確認してご覧なさい?
ステータスを見たい。
そう意識するだけでいいわ」
言われて意識してみる。
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○ステータス
・名前
・年齢 22歳
・誕生日 11月10日
・役職 平社員
・趣味 寝ること
○生命値
・現在体力 50(I)
・現在ストレス 50(I)
○能力値(Iランクが最低、Sランクが最大 最大値1000)
・最大体力 200(E)
・最大ストレス 1000(S)
・知性 380(F)
・容姿 370(F)
・身体能力 480(E)
・コミュ力 550(D)
○仕事 レベル1
・企画力 430(E)
・交渉力 350(F)
○獲得チート
・
殴った相手を支配し一度だけ命令が出来る。
効果は一週間。
同じ相手には二度と効果はない。
またストレスが低いと発動できない。
消費ストレス300。
○獲得スキル
・企画センス
生活雑貨関連の企画センスがよく、企画力が上がりやすい。
・ストレス耐性
ストレスが限界まで溜まっても体調を崩さず活動できる。
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「うわぁ。
能力値がFとEばっかりね。
低スペックね~」
「うるせーよ」
「でも最大ストレスがカンストしてるのはすごいわっ!
ストレス社会の生き証人の称号を上げる!」
いらねーよ。
心の中で突っ込んだ。
そんな俺の気持ちなど知らずに話し続けるゼウス。
「後、体力がかなり減ってるから注意よ。
これ以上減ると、病気になるわよ?
ちなみに0になると死ぬから」
「へぇ……――って、死ぬのかよっ!」
「そんなに驚くこと?」
不思議そうな顔で俺を見るゼウス。
どうやら、こいつらにとっては、当たり前のことのようだ。
「……しかし、これは便利な能力だな」
「自分への理解にはなるわね。
数値が見えないから、こっちの世界の人って三日坊主が多いんじゃないの?」
失礼な話ではあるが、思わず同意してしまう。
自分の能力が数値としてわかる。
これはもしかしたら、頑張りがいがあるかもしれない。
成長とは本来、目に見えるものではない。
だがステータスが視覚化できれば、努力した分だけ成長が数字で実感できる。
これはなかなか、素晴らしいことじゃないだろうか?
「自分だけじゃなくて、他人のステータスも確認できるのがこの力の強みね。
強い相手には、やり合う前から勝ち負けがわかるから。
ちなみにAランクとSランクは才能の領域だから。
その分野の相手には、まともに戦ったら絶対に勝てないと思ったほうがいいわ」
身体能力が1000のSランクとかは、人間辞めてるような怪物ってわけだな。
「ちなみにステータスの概念同様、レベルの概念もあるわ。
当然、レベルが上がればあなたの能力値も上がる」
「完全にゲームの世界だな」
だが、面白い。
「それだけじゃなくて、新しいスキルを獲得できるかもしれない」
「新しいスキル?
それはチート以外でってことか?」
「そうよ。
チートは本来人が獲得できるはずがない力。
でも、スキルは努力で人が身に付ける事が出来る力なの。
たとえば……読唇術とかがスキルに当てはまるわ」
ああ、そういう事か。
自分が持っているスキルもデータとして把握できるわけだな。
これも意外と面白い。
「気になる相手がいたら、ステータスのチェックを忘れてはダメよ」
「そうだな。
これはいろんな相手を見てみる価値がありそうだ」
相手の意外な能力を確認できるかもだからな。
しかし、三ヵ月で俺、ストレス耐性が身に付いてたんだな。
しかも何気に企画センスがいいとか。
「それで白真。
これからあの会社をどう変えるの?」
「どう変える?
いや、あの会社はもう救われただろ?
だから俺は転職して別のブラック企業に行くつもりなんだが?」
ブラック企業に苦しんでいるサラリーマンは大勢いるんだから。
「え? そうなの?
まぁ、それもいいと思うけど……今の会社は大丈夫?」
「は?
大丈夫だろ?
あのクソ上司に会社を改善するように命令したんだから」
「……あなた、ちゃんとステータスを確認したのよね?」
「は?」
「チートの説明をしっかりと読みなさい」
説明?
俺はもう一度、ステータスを確認した。
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・
殴った相手を支配し一度だけ命令が出来る。
効果は一週間。
同じ相手には二度と効果はない。
またストレスが低いと発動できない。
消費ストレス300。
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うん?
なんだと?
『効果は一週間』
『同じ相手には二度と効果はない』
『ストレスが低いと発動できない』
改めて読みかすと、引っかかったのはこの三点。
「欠点を理解したようね」
「効果は一週間って……マジかよ?」
「永遠に続くものだと思ってたんでしょ?」
「ああ……」
部長は実質、うちの会社の運営を任されていた。
勿論、社長もいるがあの人はたまに来て、書類に判子を押して帰っていく。
俺たち社員にとっては、ただそれだけの存在だった。
だからこそ、あの部長をどうにかすればこの会社は変わる。
そう思っていたのに。
「……つまり、一週間が過ぎればあのクソ上司は元通りって事か?」
「そういうことね。
それでも転職する?」
俺の前にいる絶世の美女は、ニコニコと楽しそうに聞いてきた。
まるで俺がどんな選択をするのか、楽しんでいるみたいだ。
ふと、夢岬の顔が思い浮かぶ。
嬉しそうに笑っていた彼女の顔。
『社さんは私にとってヒーローです!』
そんな風に言ってくれた彼女に俺は言った。
この会社はこれからもっと良くなるって。
でも、このままじゃその約束を違えることになる。
だったら選択は一つしかない。
「言いか、よく聞けよ女神。
俺の目標はブラック企業の改善――ホワイト化だ。
それがまだ済まないとわかった以上、転職なんて出来るかよ!」
女神は満足そうに微笑む。
俺を見る碧い瞳には、期待が宿っていた。
「でも大丈夫なの?
チートはもう、クソ上司には使えないわよ?」
それが大きな問題だ。
力を手にしたことで、全能感に近い感覚が俺を満たしている。
だからこそ、ブラック企業のホワイト化などと大きな目標を口にできた。
だが……。
『同じ相手には二度と効果はない』
またクソ上司を殴って、チート発動というわけにはいかない。
だが、チートだけが全てじゃない。
このチートは俺が行動する切っ掛けをくれた。
「効果は後六日間残ってる」
「そうね。
その間になら、出来る事はあるはずよ」
「ああ。
だから俺は……あのクソ上司を徹底的に潰すための策を準備する」
「う~~~ん!
徹底的に潰す、か!
なんだかとってもスカッとしそう!」
その瞬間を想像してか、女神は恍惚とした表情を浮かべていた。
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