第1話 真黒の力


 家に到着してシャワーを浴び、身支度を整えた。

 ゆっくりする時間はほとんどなく、俺は家を出て電車に乗る。

 ぼ~っとしていると、思わず眠ってしまいそうだった。


(……そういえばずっと、ステータスの確認をしていなかったっけ)


 ゼウスがいれば、ちょくちょくチートのことやステータスの話題を出してくれるから、ちまちま確認する機会もあったのだけど……。

 あいつ、いつ戻ってくるんだろう。

 そのうちひょっこりと現れる気はするけど。

 騒がしく賑やかな女神がいる生活に慣れていた為、静か過ぎて違和感を覚えてしまう。

 ……まぁ、今そのことを気にしていても、しょうがないか。

 俺は気を取り直して、自分のステータスを確認することにした。 


----------

○成長したステータス


・名前

 やしろ白真しろま

・年齢  23歳

・誕生日 11月10日

・役職  平社員

・趣味  寝ること


○生命値

・現在体力     200

・現在ストレス   800


 能力値(Iランクが最低、Sランクが最大 最大値999)


○基本値


・最大体力    320(F) → 400(E)

・最大ストレス 1000(S)

・知性      450(E) → 550(D)

・容姿      480(E) → 510(D)

・身体能力    530(D) → 530(D)

・コミュ力    630(C) → 700(B)


○仕事 レベル2

・企画力    500(D) → 550(D)

・交渉力    500(D) → 550(D)

・接客力    350(F) → 430(E)


○獲得チート

王の支配ドミネーション

 殴った相手を支配し一度だけ命令が出来る。

 効果は一週間。

 同じ相手には二度と効果はない。

 またストレスが低いと発動できない。

 消費ストレス300。


時戻しワンモアリピート

 時間を1時間以内なら、記憶を保持したまま好きな時間に戻す事が出来る。

 ただし1度使用すると、その日から1週間使用できない。


読心フィーリングハート

 使用時、ストレスを50消費。

 対象相手一人の心を読むことが出来る。


○獲得スキル

・企画センス

 生活雑貨関連の企画センスがよく、能力が上がりやすい。


・ストレス耐性 → ストレス耐性+

 ストレスが限界まで溜まっても体調を崩さない。


・行動力+ → 行動力++

 最悪な労働環境でも強い意志を持ち行動することが可能。

 体力が減りにくくなる。

 体力が落ちても、普段と変わらず行動可能。


○女神ポイント(チートを入手するために使うポイント)

 0スカッと。


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 これが、俺の現在のステータスか。

 本社に来てからの期間を考えれば、それなりに成長はしているが、真黒暗部のステータスがわからない以上、何一つ安心はできない。

 悪魔のような男が相手なのだ。

 今後も慢心はせず、慎重に戦っていかなくては。

 自分の能力を見直す機会を得ることで、俺は気持ちを引き締めることが出来た。




       ※




 会社へ到着。

 俺がオフィスに着く頃には、既に彼方さんはデスクで仕事をしていた。

 その顔はいつもの冷静沈着な彼方怜悧そのもので、研ぎ澄まされた刃のように近寄りがたい雰囲気を放っていた。

 さっきまでの、ぶっちゃけた姿はなんだったのか? と思わずにはいられない。


「おはようございます。

 彼方統括マネージャー」

「おはようございます」


 氷のように冷たい視線で一瞥され、短い挨拶。

 つい数時間前まで話していた彼女とは別人のようだった。

 この仮面があればこそ、真黒暗部に上手く取り入れたのかもしれない。


「おはようございます。

 社マネージャー」

「ああ、おはよう」


 仇花も会社に到着。

 少し疲れがあるのか、目元に浮かぶクマを化粧で誤魔化していた。

 まだまだ多忙な日が続くので、無理せずにどこかで休ませてやりたいが……。


「統括マネージャー補佐。

 おはようございます!」

「え……?」


 オフィスにいた、エリアマネージャーの一人が声を掛けてきた。

 統括マネージャー補佐って……。

 あ――そうか。

 権化との売上勝負を終えて、俺は役職が変わったんだったな。


「今日も凛々しいお姿ですね。

 やはり上に立つ方は違いますな」

「は、はぁ……」

「実はわたしもそう思っていたんです。

 流石は真黒社長が目を掛けているお方だ」


 こいつら……。

 昨日までと態度が違い過ぎる。

 俺に取り入ろうと、ヘラヘラと笑っている。

 反吐が出そうだ……が、


「自分などまだまだですよ」

「何をおっしゃいますか。

 これほど早く次々に昇進を決められた方など、ほとんどおりませんよ」

「真黒社長をはじめ、彼方統括マネージャーのご指導があってこそです。

 自分は、真黒カンパニーの発展の為に、粉骨砕身努力していくだけですから」

「素晴らしい!

 やはり上に立つ方は考え方も違いますな」


 こいつらは、俺の内心など気にする様子も見せず、ただ褒め称えることしかしない。

 俺の社内での立場が確固たるものになった以上、もう障害にすらならないだろう。

 これなら今後は、かなり動きやすくなりそうだ。




         ※




 早朝のミーティングを終え、各々の仕事が始まる。

 ここ数日通りなら、俺も自分が管轄する店舗を回っていたのだが。

 エリアマネージャー補佐という役職の通り、俺は彼方のサポートに回っていた。

 これまでに管轄していた店舗は、変わらず俺がエリアマネージャーを務めている為、以前に比べてさらに多忙になることが予想できたが。


「店舗のほうは私に任せてください。

 各店舗、既に軌道に乗っていますから、私がいなくても大丈夫なくらいだと思うんですけど……」

「そんなことないぞ。

 仇花にだったら、俺も安心して仕事を任せられるからな」

「ぁ……う、嬉しいです!

 社さんにそう言っていただけるなら私、がんばれます!」


 ぐっ! と胸の前で拳を作る仇花。

 その仕草や表情は、やる気に満ち溢れていた。


「じゃあ、よろしく頼むな。

 何かあったら直ぐに連絡してくれよ」

「はい!

 それじゃあ行ってきます!」


 そして仇花は店舗に向かってくれた。

 対して、俺は本社でデスクワーク。

 主には社長に通す前の書類チェック。

 発注に関係する申請書の類が多く、ミスは許されないそうだ。

 金額を確認してみると数百万どころか、中には数千万単位の金が動く書類まで出てきた。

 勿論、社長承認後に経理も再チェックなどを行うのだろうけど、一つのミスで出る損失が半端ではない分、注意が必要だ。

 しかし、デスクワークだけならまだよかった。


「社統括マネージャー補佐。

 残りの書類は後で構いません。

 5分後に幹部会議があります。

 あなたも出席してください」

 

 問題はこっち。

 出席しなければならない会議の数が膨大に多いのだ。

 真黒カンパニーが運営しているのは、飲食チェーンだけではない。

 統括マネージャーである彼方さんは、家電量販店や、レンタルビデオチェーンなど、各エリアマネージャーが管理する店舗の統括で、関係する全ての会議に出席しなければならない。

 社内だけではなく社外の人間とも顔を合わせる機会が増える。

 今日だけで、自分の名刺が無くなりかけていた。

 外部との関わり合いだけではなく、他部署とのやり取りも増えている。

 俺が補佐に入ったことで、社内では彼方さんがついに役員になるのでは? と、噂が立ち始めていた。 

 そして、次期エリアマネージャー統括として、真黒から直々に指名された俺の顔も相当売れているようで。


「社統括マネージャー補佐。

 お疲れ様です。

 あ、いけません。

 お靴が汚れています」


 顔も知らぬ相手から、何度も頭を下げられては、過剰なまでに媚びを売られ。

 自らの置かれた立場に少し戸惑いを感じてしまうのだった。




        ※




 会議と書類仕事に忙殺され、気付けば定時。

 仇花からは店舗から直接、彼方さんの家に行くとメールが届いた。

 オフィスにいたエリアマネージャーたちは、俺と彼方怜悧がまだ会社にいることを気にしているのか、自ら席を立つものはいない。

 彼方さんもそれをわかっているのか、


「社統括マネージャー補佐。

 私は一足先に帰ります。

 頼んでおいた書類は、机の上に置いておいてください。

 明日、私が直接社長に渡します。

 作成していただいたデータは、メールに添付して送ってください」

「わかりました。

 お疲れ様です」

「ええ、お疲れ様です。

 皆さん、お先に失礼いたします」


 颯爽と去って行く彼方に、


「「「「「「「「「「「「「「お疲れ様です」」」」」」」」」」」」」


 オフィスに残っていたエリアマネージャーたちが、席から立って頭を下げた。

 俺も既に書類チェックも、予算会議に使うデータの作成も終えていた為。

 指示通りに作業をこなした後、


「お疲れ様です」


 一声かけて会社を出た。

 彼方の時と同様に、男たちの野太い声が響く。

 もう暫くは、この対応になれそうになかった。




        ※




「ふふっ、凄かったわね。

 皆、社君に恐縮していたみたい」


 彼方さんが、三人分のグラスにワインを注ぎながら、そんなことを口にした。


「昨日と態度が変わり過ぎていて、気持ち悪いくらいだったよ」

「……立場が上の人間に対しては、絶対に歯向かうことはない。

 もしかしたら、これも真黒による洗脳プログラムの一環なのかもね」

 洗脳プログラム――と、彼女は言うが。


「なぁ、彼方さん。

 それは教育プログラムのことを言ってるんだよな?」

「噂には聞いていますが、本社の社員教育って、具体的にはどういうことをするんでしょうか?

 教育後の楽山店長の様子を見ていると、本当に常軌を逸した洗脳を受けてしまったように思えました……」


 言われて俺は、居酒屋真黒の元店長――楽山が洗脳された姿を思い出した。

 かつての精悍な顔立ちは消え、無理な労働からやつれ、虚ろな目で愛社精神を語る姿を。

 そして、俺たちの疑問を受けて、彼方さんは口を開いた。


「教育プログラムっていうのは名ばかりよ。

 社員たちは本当に洗脳されているの」

「本当に洗脳?

 それはどういう……?」

「教育プログラム――真黒の洗脳は、言葉や技術でどうにかなるような、理論の範疇を超えているわ」


 普通でないのは間違いない。

 実際に洗脳を受けた相手を見れば、誰しもがそう思う。

 彼方さんはその原因に、常識から逸脱した【何か】があるように感じているようだ。

            

「私は……真黒には特殊な――それこそ、魔法のような力があると思っているの」


 まさか彼方さんの口から、魔法なんて非現実的な言葉が出て来るなんて。


「ま、魔法って……あの、物語の中に出て来るような魔法ですか?」


 流石に仇花も眉を顰める。

 唐突に魔法などと言われたら当たり前だろう。


「どうしてそう思ったんだ?」


 だが、俺はその彼方さんの予感を笑い飛ばすことは出来なかった。

 一度、真黒と対峙しているからわかる。

 彼方さんの言う通り、真黒は間違いなく常軌を逸した力を持っているのだから。


「教育プログラムって、誰が受けるものかしら?」

「真黒の社員じゃないのか?」

「そうよね。

 だからこそ、私はおかしいと思ったの。

 教育プログラムなんて受ける立場にない役員クラスが、真黒によって洗脳されていたんだから」

「役員がか!?」

「ええ、ほぼ間違いなく。

 実際に私もおかしな光景を目にしているもの。

 真黒の経営に反対していたはずの役員が、唐突に意見を変えて賛成に回った。

 それが一度や二度じゃないの。

 みんな別人にでも変わったみたいに、真黒のシンパになり、意見を言うものさえ最早いないの。

 どんな会社でも、こんなことってありえないでしょ?」

「……それは、確かに異常ですね……。

 気味が悪いくらい……」


 だからこそ、彼方さんは真黒が不思議な力を持っていると考えたわけか。


「真黒のカンパニーの役員の中には、政治家や国内の権力者もいるわ。

 互いに利益があるからこその、協力関係ならともかく。

 現状のままでは、全てが真黒の思いのまま。

 この会社にいる人間は全て、あいつが望む企業を生み出す為の存在になっていくの」

「……私たちも、例外じゃないってことですよね……」


 仇花の言う通りだ。

 力の発動条件がわからない以上。

 いつ洗脳されるかわかったものではない。


「だが、それが事実なら。

 真黒一人をぶっ倒せば、この会社を変えることが出来るってことだろ?」

「……ええ。

 前向きに考えればそういうことね。

 力が一人に集中している分、とんでもない強敵ではあるけれど」


 下っ端を潰していても意味がないとわかっただけで、やるべきことはより明確になった。

 もし彼方さんの言う通り、真黒が洗脳というチートを持っているのだとしたら。

 それはゼウスの言っていた、悪魔が与えた力なのだろうか?

 だとしたら、悪魔を探すと言ったきり戻って来ないゼウスは……。


「……ねぇ、社君」


 逡巡していると、彼方さんが俺の名を呼んだ。


「あなたと協力関係を結んだことにはね、お互いの目的が一致しているということと。

 もう一つだけ理由があるからなの」

「それは?」

「……あなたも、真黒のような力を持っているんじゃないかしら?」


 まさか――彼方怜悧の口から、そんな質問が出て来るとは思っていなかった。


「……どうしてそう思うんだ?」

「昨日も言ったでしょ?

 あなたの実績は普通ではないの。

 無礼を承知で話すけど、真黒に入る前の経歴も調べさせてもらってるの」

「大した実績はなかっただろ?

 前にいたのは真黒カンパニーに比べたら小さい会社だよ」

「そうらしいわね。

 とんでもない腐った上司が支配する、ブラック企業と聞いたわ」

「……」


 思わず言葉に詰まってしまった。

 俺が会社をホワイト企業に変えたこと。

 それを彼方さんは知っているようだ。 


「だけど、そのパワハラ上司はある日、別人のような善人になったとか」

「……それに、俺が関係していると?」

「ええ。

 超能力ではないにせよ、あなたが何かをした。

 それとね、特別な力でもなければ、単身で真黒に喧嘩を売るとは思えないの」


 どうやら彼方さんは、独自の情報源を持っているようだ。


「特別な……力……」


 仇花が声を漏らす。

 しまった……。

 彼女には、冗談でチートが使えるなんて口にしたことがあったっけ。

 彼方さんはそんな仇花をちらりと見た後、俺に向けて微かに微笑んで見せた。


「仇花さんは、心当たりがあるみたいね」 

「あ、い、いえ……そんなことは……」


 返事に窮する仇花。

 彼女には答えようがないのだ。


「……ねぇ、社君。

 全てを信用しろとは言わない。

 私もあなたに話せないことはある。

 だけど、協力関係を結んだ以上、話せることなら話してほしいの。

 それが真黒暗部を倒す鍵になるかもしれないなら、私は知っておきたい」


 真黒を倒したいという、彼方さんの意志は間違いなく本物だ。 

 ……仇花と彼方さん、二人になら俺の力のことを話しても問題ないか。

 それに、チートのことを伝えることで、何か糸口が見つかるかもしれない。


「……わかった。

 教えるよ、俺の持ってる力について」


 俺は女神の話は伏せつつ、力を手に入れた経緯と、自身が持つ3つのチートについて話した。

 世のことわりさえも無視するような、圧倒的な力。

 アニメやゲームの世界の話だと、笑われてもおかしくはないが。


「……本当に、そんな力があるのね」

「魔法のようですね……」


 二人は驚きはしたものの、疑いはしなかった。


「嘘だとは思わないんだな」

「ええ。

 権化との売上勝負も、ハッカーが何もかもぶちまけたのが不思議でならなかったのよ。

 でも、そんな力が使えるのなら、納得がいったわ」

「私は……。

 もしかしたら……くらいには、思っていたので」


 仇花は、一番俺の近くにいたからな。

 なんとかく思うところがあったのだろう。


「三つの力――か。

 そのうちの一つ、今使ってみせてよ?

 心を読めるんでしょ?」

「いいのか?」

「ええ。

 私しか知らないことを、考えているから」


 本人の承諾を得たので、俺は読心フィーリングハートを使った。


『私の3サイズは上から――』


 直ぐに使用をやめた。


「男に3サイズを教えようとするな」

「凄い……!」

「か、彼方さん!

 いくらなんでも、そんな試し方しないでください!」

「いいじゃない。

 これで彼の力は証明されたんだから!」


 慌てて注意する仇花。

 しかし、彼方さんは嬉しそうだった。


「あなたの力があれば、真黒とも互角以上に戦えるわ。

 目標は社君の力で、真黒暗部を支配。

 そして奴の悪行の全てを、白日の下へとさらすこと」


 勿論、最終目標はそこだが。


「彼方さん、真黒はチートへの対抗手段を持っているんだ。

 俺は一度、あいつにチートを使おうとして、洗脳されかけたことがあった」

「……チートへの対抗手段?」

「どういったものかまでは、はっきりとわからない。

 だけど……チートのみに頼った戦いは危険だと思う。

 勿論、勝算があればいつでも仕掛けるつもりだが……」

「……わかったわ。

 力については、あなたが一番詳しいと思うし、何より真黒の力はまだ不透明だものね。

 でも、力があるという確証が手に入っただけでも、私も自信を持って動けるわ。

 真黒暗部の力については、今後継続して調べていく。

 もしかしたら役立つ可能性もあるし、物的証拠や証言も集めて、今後もチート以外でも対抗策を探ってみる」


 そう言った上で、彼方さんは続けて、


「でも――でもね社君、あなたの力は、やっぱり真黒を倒すには必要になると思う。

 まともに戦ったら、きっとあの男には勝てないから……」


 真黒暗部という男の恐ろしさを、彼方怜悧はよく知っているのだろう。


「逃げ腰なわけじゃないんだ。

 ただ、万全の策を練りたい。

 あいつを必ず、ぶっ倒す為に」

「……そうね。

 ごめんなさい、あなたの力を知って、少し舞い上がってしまったみたい。

 三人で協力して、出来ることをしていきましょう」

「はい!

 私も出来ることはなんでしますから!」


 俺たちは様々な方面から、打倒真黒の為の行動を決めていくのだった。


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