第2話 久しぶりに出てきたあいつ。


 それから数日は、真黒と顔を合わせる機会すらなく、平穏な日常が過ぎていった。

 なんでも海外出張に出ているらしい。

 彼方さんの話では、以前から海外向けにビジネスを展開するつもりでいたそうで。

 その事前準備に行ったとのことだ。

 真黒暗部がいない今こそ、社内の内情を知る最高の機会でもあるのだが。

 これも俺を陥れる為の罠なのではないか? と勘ぐってしまう。

 結局、俺は警戒するあまり、行動に移れずにいた。

 仕事終わりの集まりで、そのことを相談してみたが。


「疑いたくなる気持ちはわかるけど、大丈夫よ。

 間違いなく真黒は出張中だから」


 彼方さんは、社長が間違いなく出張中であると言い切った。

 根拠としては、彼方さん自身が真黒からの海外電話を受け取っているからだそうだ。


「でも油断はしないで。

 真黒と関わり合いが深い人間が、社内に残っている可能性もあるから」

「……社長と関係が深い奴?」


 思わず聞き返してしまった。


「真黒専属のボディーガードの噂、聞いたことがあるでしょ?」


 以前、仇花に社内の情報を集めてもらった時。

 同じ話を耳にしたことがあったが。


「あの噂は本当なんですか?」


 真偽を確かめたいのか、仇花が尋ねると。


「私も姿を見たことはないの。

 ただ……社内の人間が口を揃えて、社長の傍に黒い人影を見たと」

「……黒い人影?」

「ええ。

 私も気になって調べて、実際に証言を得てるの。

 その人影がボディーガードなのかはわからないけどね」


 黒い人影……か。

 その正体はもしかしたら、ゼウスの言っていた悪魔なのだろうか?

 もしその人影の正体を掴むことが出来たなら――もしそれが悪魔なのなら。

 真黒暗部を倒す糸口になるのではないか?

 そして、ゼウスが消えたことにも関係しているかもしれない。


「……その人影について、少し調べてみようと思う」

「もしボディーガードなら、真黒と一緒に海外にいる可能性が高いわよ?」

「それでもいいんだ。

 ただ、出来るなら不透明な情報を潰しておきたい」

「……確かにその通りね。

 真黒に関わる情報なら、全て精査すべき」

「白真さんが調べるなら、私も出来る限り情報を集めてみようと思います」


 真黒暗部が戻ってくるまでの期間。

 俺は謎の人影についての調査を進めることにした。




       ※




 次の日――俺はいつもよりも早い時間に会社に向かった。

 理由は単純。

 今日俺は、社長室に忍び込もうと思っている。

 だから、人が少ない時間の方が都合がいいのだ。

 もし噂の人影が社内にいるのなら――社長室にいるのではないか?

 何か痕跡が残っているのではないか?

 普段は誰も立ち入ることが出来ない場所であるからこそ、そして真黒暗部がいない今だからこそ、調べてみる価値はある。

 社長室に入る為のマスタ―キーは、常駐している管理会社から借りている。

 もし何もなかったとしても、調査が終わり次第、時戻しワンモアリピートを使って、俺が社長室に入ったという証拠を消せば問題ない。


「よし、行くとするか」


 社長室に向かう為に、エレベーターを呼び出した。

 その時だった。


『白真、白真!

 大発見よ!』


 頭の中に、聞き馴染んだ声が響いた。


『ぜ、ゼウスか!?』

『こんな風にあなたに話し掛ける女神が、あたし以外にいるの?』

『いや、お前だって……』


 久しぶりに話し掛けてきたかと思えば、相変わらずのマイペース。

 全く変わっていない。


『今まで、何をしてたんだよ?』

『悪魔がいるかもしれないから、調査するって言ったでしょ?』

『いや、言われたけどさ。

 ずっと音沙汰がないもんだから、何かマズいことになったのかと……』

『女神なあたしが、どうマズくなるってのよ?』

『悪魔にやられるとか。

 捕まってるとか。

 とにかく危険な状況になってるんじゃないかって思ってたんだよ』

『何よ白真。

 もしかして、あたしを心配してたの?』

『は?

 べ、別に心配なんてしてねーから』


 改めて聞かれると恥ずかしいが、そう。

 俺はゼウスを心配していた。

 だが、無事なようで何よりだ。


『それよりもゼウス、悪魔はいたのか?』

『いなかったわ。

 あたしの勘違いだったみたい』

『そうか……』


 一応、一安心なのだろうか?


『だが、そうなると真黒の力については謎のままだな』

『あ、そう、そうなのよ白真!

 あたし、悪魔がいないか調査してる時に、すごいものを見つけちゃったの!』


 さっきも興奮気味に言っていたが。


『どうせ、しょうもない事なんじゃないのか』

『あー!

 聞く前にそんなこと言っちゃうわけ!

 いいんだぁ?

 白真いいんだぁ?』


 久しぶりに出てきたかと思えば。

 出てきたら出てきたで、うぜーなこいつ。

 なんだか、心配していて損した気分だ。


『話したいならさっさと話せ』

『ふふ~ん!

 じゃあ教えてあげるわっ!

 なんと、なんとね!

 あたし見つけちゃったの!』

『なにを?』

『真黒が洗脳プログラムを掛ける部屋よ!』

『は?』


 なんだと?


『マジでか?』

『マジよ!

 大マジよ!

 あたし、びっくりしたんだから!』

『そこで真黒が誰かを洗脳しているのを見たのか?』

『うん!

 ていうか、今も洗脳してるかも!

 すっごくいっぱい、人がいたの!』

『なんだと……?』


 だが、あいつは今……いや――。

 海外出張という名目で姿を消して、誰かに洗脳をほどこしている?


『だから白真!

 今からみんなを助けに行きましょう!

 ついでに真黒の奴をぶっ飛ばして、あたしをスカッとさせなさいっ!』


 結局、それが目的か。

 だが洗脳されかけている人たちを、見捨てるわけにはいかない。


『あいつも今なら、白真が殴り込みをかけてくるなんて思ってないはずよ!』 


 ゼウスの言う通り、隙をつける可能性は高いかもしれない。


『わかった。

 だが、その前に仇花と彼方さんに連絡させてくれ』

『彼方さん……?

 ああ、あのエリアマネージャーの子だったかしら?』


 ああ、そうか。

 ゼウスは彼方さんとはほとんど関わり合いがなかったもんな。


『そうだ。

 お前がいない間に、協力関係になった』

『協力……?』

『ま、説明は後でするよ』


 俺はその場で、二人にメールを送った。

 直ぐに行動を開始しようと思ったが、彼方さんから電話が来てしまった。

 一人で勝手な行動をするな。と念を押されているようで。

 はやる気持ちを抑えて、俺は電話に出た。




        ※




 そして今、俺はオフィス内の会議室にいる。

 広い会議室の中には、俺も含めて三人。

 直ぐに仇花と彼方さんに、ゼウスから聞いたことを伝えた。


「本当に、洗脳プログラムを施す部屋があるんですか?」 

「ああ、信頼できる協力者からの情報だ」

「……協力者……ね」


 疑っているのだろうか?

 彼方さんは、何かを考えているようだった。


「今から俺は、その部屋の様子を探ってみようと思う。

 出来るなら洗脳されている人たちを助け出したい」

「……本当に信頼できる情報なのね?」

「ああ、間違いなく」

「……わかった。

 行動してみる価値は、あるはずよね」


 悩んだ末に、彼方さんも納得してくれた。

 今ならまだ洗脳されかけている人たちを救える可能性があるのだ。

 何もしないという選択肢はなかったのだろう。


「私は立場上、長時間ここを離れるわけにはいかない。

 だから、社君がいない間の工作はしておくわ」

「頼む。

 後、問題があったら直ぐに連絡をしてくれ。

 信頼出来る情報だとしても、罠が仕掛けられていないとは限らないからな」

「わかった」


 俺が真黒にやられる可能性もある。

 だからこそ、もしもの為にリスクヘッジはしておくべきだろう。 


「――社さん、私も一緒に連れて行ってください」

「仇花はこっちに残ってくれ。

 真黒がいる可能性が高い以上、戦いになるかもしれない」

「危険だからこそ、私は社さんを一人で行かせたくないんです!

 絶対に付いて行きますから!」


 どうやら、仇花の意志は固いようだ。


『白真、いいじゃない!

 彼女も連れてきなさいよ。

 それに悩んでる時間はないわよ?』


 今まで黙っていたゼウスが、俺を急かすように口を開いた。


「一人で行かせたら、社君が無理をするかもしれないものね」

「彼方さんまでそんなことを……」

「君は、真黒を倒す為の要なのよ?

 万一だって潰れてもらっちゃ困るのよ」


 勝てそうにない戦いに、特攻するつもりなどないのだが。


「わかった。

 仇花も一緒に行こう。

 でも、無理するなよ。

 危なそうなら、俺のことは気にせず逃げるんだ」

「……わかりました。

 でも、逃げるなら社さんと一緒にです!」

「了解」


 そして俺たちは、ゼウスに聞かされた部屋へ向かうことになった。




       ※




 エレベーターに乗り、最上階へとやって来た。


『社長室の中から、その部屋に繋がる隠し部屋があるの!

 さぁ、急いで白真!

 レッツゴーよ!』

 

 ゼウスが口早に言ってくる。

 結局、社長室に行くことになるなんてな。

 マスターキーを借りておいて正解だった。


「仇花、大丈夫か?」

「は、はい!

 少し緊張しますけど、行けます!」


 自らを鼓舞するように、仇花はぎゅっと拳を握りしめる。

 決して怖気づいてはいないようだ。

 彼女の決意を確認して、俺は社長室の扉を開いた。

 すると、以前見た時と変わらぬ社長室の光景が広がる。

 違うのは、真黒という部屋の主がいないことと。


「――ゼウス!?」


 念話で俺と話していたゼウスが、社長室で待っていた。


「待ってたわよ、白真!」

「待ってたって……お前……」

「……や、社さん、この方は……?

 あれ……私たち、以前どこかで……」


 目前の女神の顔を訝しげな眼差しで見る仇花。

 そういえば、前に二人は俺の家で会っているんだよな。

 あの時のことを、彼女は夢だと思い込んでいたけど……。

 いや、今はそれよりも。


「仇花、大丈夫だ。

 こいつも仲間みたいなものだから。

 で、ゼウス、隠し部屋にはどうやって行くんだ?」

「え?

 隠し部屋なんてないわよ?」

「は……?」


 こいつ、何言ってんだ?


「お、おい。

 こんな時にふざけるなって」

「ふざけてないわよ。

 だって、私は元々、あなたをここに連れてくることが目的だったんだもの」


 あっけらかんと、真顔で俺を見るゼウス。

 普段のだらけた女神と、何かが違う。

 何かが……おかしい……。


「ゼウス、お前は……――!?」


 思わず言葉止め、俺は目を見開いた。

 突如、部屋の床に大きな円状の影が広がっていく。

 背筋が震えあがるような不穏な気配が、室内を支配した。


「な、なんなんですか……これ……」


 仇花の震える声。

 だが、俺も何も答えることは出来ない。

 部屋を支配するほどに広がっていた大きな影が、徐々に狭まっていくと。

 その影が凝縮され人の形を成し――次第に、黒衣のベールが剥がれた。


「……可愛いゼウス。

 ワタシの命令を、忠実に守ってくれたのですね」


 暗黒から生まれたのは、女神であるゼウスと比肩するほどの絶世の美女――だが、ゼウスとは相反するような、おびただしいほどの邪悪を放つ存在。


「はい、はい!

 勿論です!」


 その場でひざまずくゼウスは、まるであるじかしずく従者のようだった。

 妖艶なる邪悪が、ゼウスから視線を離し、俺を直視する。


「初めまして……と、言っておこうかしら?

 ワタシは悪魔――サターナ・ルシフェル。

 ゼウスを使って、あなたをここに呼んだのはワタシよ」


 自らを悪魔と名乗り――サターナは蠱惑的にわらうのだった。


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