第三章
プロローグ 嵐の前のだらけた日常
「あ~……暇ね~……。
暇って最高だわ~」
だらけきった声が聞こえた。
先程から100回くらいは暇だという呟きが耳に入っている。
「だけどねぇ、
声の主である女神に目を向けると、ベッドで退屈そうにごろごろ転がっていた。
相変わらず服を着ていないが、シーツに
女神から簀巻きにクラスチェンジするなんて斬新な奴だ。
「怠惰だなぁ……」
「そうよ白真。
あなた怠惰よ。
もっとあたしを楽しませてよ!」
怠惰なのはお前だろっ! と声に出しそうになり思わず飲み込む。
「おいゼウス。
お前、さっさと仕事に行ったらどうだ?」
「今日は煩い上司がいないからいいの。
魔界の悪魔たちが異世界に干渉し過ぎてるから懲らしめてやるんだって」
「ならお前も手伝って来い」
「いいわよそんなの。
面倒だもの。
休める時は休むの!
有休が使えない分、要領よくサボらないと」
天界の仕事も確かに大変なのかもしれないが。
こいつの場合は、ただの職務怠慢なんじゃないかと勘ぐってしまう。
いつも俺の家でぐ~たらしてるんだもんなぁ。
「そんなことよりも白真!
早くあたしをスカッとさせてよぅ!!」
「もう少しだけ待ってろ。
今日異動の連絡があるはずだから」
居酒屋真黒の戦いから早三日。
本日――エリアマネージャーである
勿論、俺もその間に何もしていなかったわけじゃない。
真黒本社についての情報を色々調べていた。
真黒カンパニーの数あるチェーン店の一つ、居酒屋真黒ですらとんでもないブラックだったこともあり、本社は一体、どうなっているのかを事前調査しておきたかったのだ。
だが――真黒カンパニー本社の評判を調べても、噂レベルの話しか出てこない。
飲食店と違い、本社は気軽に立ち寄れるものではないから当然かもしれないが。
ただ――チェーン店の従業員を奴隷のように扱っているのだから、本社の人間もクズしかいないだろ? というのがもっぱらの評判だ。
本社のエリアマネージャーが視察に来た際、従業員をそれはもう口汚い言葉で罵倒して人間扱いしていなかったなんて話もあった。
匿名の信頼性のないサイトからの情報なので、あまり信用は出来ないが……。
身をもって真黒のブラック具合を体験した俺にとっては、それは笑えないものになっていた。
「ね~白真~。
早く異動して社長をぶっ飛ばしに行きましょうよ!」
「無茶言うな。
物事には順序ってもんがあるだろ?」
「大丈夫よ!
行けばきっとどうにかなるわ!
やれば出来るさの精神!
そういう男でしょあなたは!」
ベッドから身体を起こして、ゼウスはワクワクと瞳を輝かせる。
こいつ、本当に堪え性ないな。
面倒だが、何かそれっぽいことを言って誤魔化すとしよう。
「え~と……あのなゼウス。
考えてみろ。
ここで暫く堪えれば、いざボスをぶっ飛ばした時最高にスカッと出来ると思わないか?」
「そ……それは……そうだけど……」
「だったらもう少し堪えろ。
時が来れば戦いになるんだから焦るな。
英気を養うことだって大切だろ」
「むぅ……女神を焦らすなんてやるわね白真……!
でも、確かにあなたの言う通りだわ。
ここを堪えれば最高にスカッと出来るはずだものね!」
よし、なんとか誤魔化せた。
とりあえず、これで電話が来るまで落ち着けそうだ。
「あ、ねえ白真」
「まだ何かあるのかよ?」
「むっ!? 何よその態度は!
折角、新しいチートをあげようと思ったのに!」
「チート?
また新しいのをか?」
「あなたスカッとポイントが貯まってたわよね?
だったらそのスカッとポイントに応じてチートをあげるわ!」
また新しいチートが手に入るのか。
相手を支配する力。
時間を巻き戻す力。
この二つに続いてさらにもう一つか。
「真黒本社がどれだけヤバくても、これだけチートがあれば簡単にホワイト化できるかもな!」
「そうでしょうそうでしょう!
ふっふ~ん!
あたしのお陰なんだからね!」
鼻を高くする女神。
だが、確かにその通りなので素直に感謝だ。
ブラック企業を改善する為にも、頼れる力が多いに越したことはないからな。
「で、どんなチートがあるんだ?」
「え~とね……今回のオススメは――」
ゼウスが口を開いた時だった。
ピンポーン――と家のチャイムが鳴った。
「宅配ピザ?
気が利くわね~白真」
頼んでねーよ。
何か荷物でも届いたのか?
そんなことを思いながら俺は扉を開いた。
「こ、こんにちは……」
「
扉の先には俺の協力者――仇花才華が立っていた。
今日中に異動の日程が出るから、仇花と本社攻略会議をしようと話していたのだが。
「す、すみません。
少し早く来てしまいました」
「いや……大丈夫だ。
遅刻するよりはいいよな」
申し訳なさそうに頭を下げる仇花に俺は苦笑した。
30分ならまだしも予定より1時間早いのは驚きだ。
こういうところに、彼女がブラック企業に勤めていたしこりが残っている気がする。
「すみません。
メッセージは送ったんですが……」
「あ……マジか……。
すまん、見てなかった。
え~と、とりあえず上がるか……?」
戸惑いつつ尋ねてみたが、流石に彼女でもない女の子を家にあげようとするのは配慮に欠けるだろうか?
どこかに移動して話そうと思っていたんだが、これからくる異動の連絡を外で取るというのもな……。
「は、はい。
失礼します」
俺が一人で悩んでいると、仇花はすんなり家にあがった。
ぐっ……なんだか意識し過ぎちゃった高校生みたいで恥ずかしいじゃないか。
「汚い部屋で悪いな」
「いえ……」
そして部屋に入ると。
「も~う!
白真、ピザはまだなのっ!」
「え……」
「あ……」
俺と仇花は硬直した。
一瞬、思考が停止して――。
「ややややや
仇花は顔を真っ赤にして大絶叫。
同時に俺の脳内が爆発するような大混乱。
「ぜ、ゼウス、もしかしてお前の姿は俺以外にも見えてるのか?」
「え? そうだけど?」
だったら最初に言えよ!
てっきり俺以外には見えてないのかと思ったぞ!
「ぜ、ゼウスさん?
外国人の方なんですか?
そ、それにその格好……お、お二人はもしかして……」
なんだか仇花が変な勘違いをしている。
なんとかして誤解を解かねば。
「あ~仇花、こいつはだな……」
「この子、仇花
「社さん、ど、どうして彼女は私のことを知っているんですか?」
口を閉じろゼウス!
「もう白真!
仇花才華と会う約束があるなら先に言っておいてよね!
まぁ、姿を見られても別に問題はないけれど」
「わ、私――帰ります!
直ぐに帰りますから」
繋がってるようで、会話が繋がってない。
「待て待て仇花!
帰らなくていい。
こいつは……え~と……」
なんて説明すればいいんだ? とゼウスに視線を送る。
するとゼウスは親指をグッと立てた。
任せろということらしい。
何かいい策があるに違いない。
そう信じて俺が頷くと。
「あたしは女神ゼウスよ!
仇花才華、あたしの絶世の神々しさに平伏しなさい!」
馬鹿だ。
誰がそれを信じるんだ。
「め、女神……」
「このあたしが女神以外の存在に見えるのかしら?
ほら見てみなさい!
この女神たる美貌を――!!」
言ってゼウスは簀巻き状態から全裸になった。
そして、
「ぇ……――あう……」
「あ、仇花っ!?」
仇花は気絶してしまった。
彼女にとって、ゼウスの行動があまりにも衝撃だったのだろう。
「ふふふっ、あたしの
「服を着ろ!」
「んがっ!?
むぅ! 痛いじゃない!
女神にゲンコツしないでよっ!」
涙目になるゼウス。
あぁ……平和だなぁ。
そして女神は馬鹿だなぁ。
なんて思いながら、気絶している仇花をベッドに寝かせた。
直後――ブルブルとスマホが震える。
表示されている番号は、真黒カンパニーの本社だった。
思考を切り替え、俺は電話に出る。
「……はい」
「彼方です。
大変お待たせいたしました。
あなたのご要望通り本社への勤務が決まりました」
電話先の彼方怜悧から告げられる淡々とした伝達事項は、俺の本社勤務を告げるものだった。
「ありがとうございます」
冷静に言葉を返すが、俺の心は今までにないほどの昂りを感じていた。
ようやく、真黒カンパニーを生み出した混沌の根源とも言える存在と顔を合わせることが出来るのだから。
「来週の月曜日の10時。
本社出社後に社長室へ向かってください。
案内は――」
こうして俺はブラック企業の総本山へ身を投じることになるのだった。
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