第3話 悪巧みの裏をかく


 会議が終わって直ぐ。

 俺は仇花とファミレスで落ち合っていた。

 次の一手を打つ話し合いをする為だ。


「……そんなことに」


 会議であったことを聞いた仇花は不安そうな顔を見せた。


「大丈夫だよ仇花。

 正直、負ける要素はない」

「ですが、こちらの店舗は売上自体は上がっているとはいえ、赤字の店舗もありますから……」

「大丈夫。

 一応、何も戦略がないわけじゃないんだ」


 既に手は考えてある。

 ネットで評判が最悪の真黒カンパニーだからこそ、打てる手を。


「仇花、ちょっと協力してほしいことがあるんだけど」

「は、はい!

 私に出来ることなら、何でも言ってください!」

「助かる。

 それでな。

 SNSやネット掲示板、グルメサイトで俺の管轄範囲の15店舗の宣伝をしたい」

「宣伝……ですか?」

「ああ、あのブラック企業で有名な居酒屋真黒の一部店舗がホワイトになったとか、興味を引くような感じにしたい」

「……あ、なるほど。

 普通に宣伝するよりも、はるかに効果がありそうですね!

 わかりました。

 やってみます!」


 ブラック企業としてはトップクラスを誇る真黒カンパニーだ。

 この噂はネット住民のいいおもちゃになってくれるはず。

 これで大きな宣伝効果があればこちらのものだ。




           ※




 そして……さらに1週間が過ぎた。

 俺の管轄するエリアの話題がネット上で爆発的な広がりを見せていた。


「や、社さん。

 凄いことになってます……」

「想像以上だな……」


 PCの画面を見ながら、仇花は目を丸くしている。

 だが、俺も同じ心境だった。


〇ネット上の声。

・居酒屋真黒のスタッフ、なんだかイキイキしてるな。

・目が死んでない!

・労働環境改善したってマジ?

・サービス向上どころじゃない。神サービス。

・元々サービスの質は悪くなかったけど、狂気的だった。

・人間味がある気がするよ。

・真黒カンパニー、ホワイト企業になっちゃうの?

・経営者変わったんじゃね? ってレベル。


 これはほんの一部だ。

 本社営業部からの情報によると、テレビ局が取材したいなんて話も来たとか。

 その話題に伴い客足も非常に伸びていた。


「まだこれからだが、出だしとしては好調だな」

「はい!

 売上も伸びています。

 経営戦略会議でいい発表が出来そうですね」

「ああ、これで少しは上からの信頼を得られるはずだ」


 それから客足は衰えることがないまま、時間が過ぎていった。




          ※




 売上は順調。

 まだ月末まで1週間はあるが、赤字店舗の売上も見事改善され黒字に変わった。

 また労働環境の改善は勿論だが、


「何か仕事のことで悩みがあれば、いつでも相談してくださいね」

「仇花さん……ありがとうござます」


 店舗スタッフのメンタルケアを、仇花が進んでやってくれていた。

 元々、洗脳されたスタッフはともかく、新しく入ったアルバイトの子たちは、仕事に悩むことはある。

 そういった悩みを聞き、少しでも働きやすい環境を整えることも必要なことだ。

 特に女性スタッフに関しては、男の俺には話しにくいこともあるので大助かりだ。 

 事実、仇花がいるお陰でとても働きやすくなったと話していた。


「仇花のお陰で大助かりだな」

「……私も……仕事の悩みで、とても苦しんでいた経験がありますから。

 だからこそ、わかってあげられることがあると思うんです」


 自分も経験しているからこそ、相手の気持ちがわかる。

 俺では補えない部分を仇花は見事に補ってくれていた。



「でも……少しでも社さんのお役に立てたのなら嬉しいです」


 そんな風に言って、仇花は慎ましい花を咲かせた。

 彼女らしい控えめな笑みなのだが、照れているのか頬が紅色に染まっている。


「まだまだ、仇花の力を借りることになると思うから。

 よろしく頼むな!」

「もちろんです!

 私、頑張りますから!」


 俺は仇花の嬉しそうな顔を見ながら。


「さて……話しているだけじゃスタッフのみんなに悪いしな。

 俺たちもフロアの手伝いに行くか!」

「はい!」


 今も大盛況の店内の手伝いに赴くのだった。




      ※




 深夜――お客さんも引いていき。


「とりあえず、なんとかなりそうだな」

「ネットの口コミって馬鹿に出来ませんね……」

「ほんとにな」


 後はこの調子で月末まで伸び続ければ俺の勝利は確定だろう。


「でも……大丈夫でしょうか?」

「うん?」

「……権化マネージャーは、こちらの状況は掴んでいると思います。

 何か企んでいるかもしれません……」


 確かに仇花の言う通りだ。

 あの性悪が、このまま何も仕掛けてこないわけがない。

 こちらも相手の妨害に備える必要があるか……。


「あの……社さん……!」


 俺が思案していると、仇花が強い意志を秘めた瞳を俺に向けた。


「店舗の方は私がしっかりと管轄しておきます!

 だから、こちらは任せて権化マネージャーたちの動向を探ってください!」

「仇花……」


 確かに権化の悪だくみの裏を行く為には時間が必要だ。

 だが、今のように店舗を回っていては、その為の時間も作ることは出来ない。


「売上は決して落としません!

 それに月末までは後1週間――そのくらいなら、私でもしっかりやれますから!」

「……わかった。

 必ず権化の策略を掴んでくる。

 だから、それまで頼むな仇花」

「任せてください!」


 俺は仇花に感謝し、次の行動へ移った。

 権化の悪巧みを暴くのに時間は必要ない。

 やっと――あのチートが役に立つ。



       ※




 次の日――本社のエレベーター前で権化競冶と鉢合わせた。


「これはこれは――社マネージャー。

 どうやら店舗の売上推移も好調なようで」


 エレベーターに乗ると、向こうからその話題を振ってきた。

 随分と余裕があるようだ。


「ええ、お陰様で。

 サービスの質が悪い店舗があるようなので、その店舗で比較されてうちの客足が伸びているのかもしれませんね」

「サービス過剰な店舗が増えているとお客様から耳にしましたが。

 全体の運営に支障が出る前に、そういった異端な戦略は潰しておきたいものです」


 エレベーターが到着するまでの待ち時間。

 互いに穏やかな表情を装いつつジャブで牽制。

 だが、状況は変わらない。

 事実、こちらの店舗の売上は好調。

 週初めの会議の数字も俺の管轄店舗が上だった。


「月末の結果が楽しみでなりませんね」

「僕もそう思っていましたよ。

 真黒の教育プログラムを受けた後の社マネージャーに会うのが楽しみでならない」

 

 だが、権化のこの余裕。

 やはり何かを企んでいるようだ。

 だが、聞いても素直には教えてはくれないだろう。

 簡単にボロを出すとも思えない。

 監視カメラがある以上、王の支配ドミネーションを使用するのも危険だろう。

 いきなり相手をぶっ飛ばしでもしたら、警備員が殺到した上に真黒暗部にチートのことがバレる。

 こいつを支配しても意味がない。

 だからこそ手に入れておいた、地味なチートが役に立つ。

 俺は読心フィーリングハートを使った。

 すると、


『ふふっ……こちらの計略にも気付いていないだろうに。

 馬鹿な奴だ』

 

 権化の心の声が聞こえる。

 口元をニヤっと歪めたのがわかった。

 馬鹿はどっちだかな。

 こいつは俺に心を覗かれていることを理解していないのだから。


『こちらは店舗のスタッフに今まで以上の重労働を任せた。

 残り1週間を切ったが――これで売上増強は間違いない』


 まだそんな愚かな発想をしている。

 限られたスタッフでそんなことをすれば、売上は落ちるだけだろうに。

 ブラック企業に染まった人間の思想はそう簡単には変わらないようだ。

 だが、それだけで俺に勝つつもりでいるのだろうか?


『仮に売上で負けたとしても、当日――サーバー上に上がっている店舗データの改竄すればこちらの勝利は間違いない。その為の話もつけてあるからな』


 ……やっぱり悪巧みしてやがったか。

 データの改竄……か。


『ま……そんなことをしなくても、こちらの勝利は揺るがないだろうが。

 念には念をだ。

 会議の場だけでも乗り切れば――後は収支の合計を合わせることなどどうにでもなるからな』


 残念だったな権化競冶。

 色々とやりたい放題考えてたみたいだが。

 お前の思考は丸見えだよ。


「それでは月末まで残り少ない期間ですが、お互い正々堂々健闘するとしましょう」

「そうですね」


 そう言って俺は笑みを返す。

 良くもまぁ、そんなことを言えたもんだ。

 だが、相手の行動がわかっていれば裏をかくのは容易い。

 見てろよ権化。

 お前のその余裕に満ちた笑み――会議の時には歪ませてやる。


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