4 誰にも相談できない苦悩

 学校に到着し、いつも通り教室へ入ると、いつもと変わらぬ挨拶を交わす。やはり、誰一人としてミコトの尻尾には気付いていない様子だ。


「ビッグニュースだぜ!」


 ミコトよりも少し遅れて入室してきた鉄平が嬉々としてミコトの席までやって来た。相変わらず騒々しい奴だと思う。


「どした?」


 ミコトは英語の単語帳に目を通しながら、顔も上げずに尋ねる。どうせくだらない内容だと分かっている。だから、いちいち顔を上げて一から十まで真面目に聞いてやる必要もない。


「聞いて驚け! なんと、この街が新聞に載ったんだ!」


 確かに、こんな田舎町が全国紙に載るのは珍しい。が、それを耳にした時点でミコトにはおおよその内容は想像がついた。恐らく……アレだろう。


「確か……どこぞの神社のなんかがぶっ壊れた……とか何とか……」

「めちゃめちゃアバウトだな!」

「俺に大統領の演説みたいなの期待されても困るぜ」

「いや……酔っ払いだって、もうちょっとマシな説明するぞ」 


 鉄平のことだ。間違いなく新聞など読んではいまい。大方、適当に聞きかじっただけで、内容などはうろ覚えなのだろう。


「藤野稲荷の石像でしょ? みんな知ってるわよ」


 京華が「何を今さら」とでも言いたげな顔でミコトの背後に来ると、ミコトの体に両手を回し、頭に顎を乗せて寄りかかってきた。


「なんだ、知ってたのかよ?」


 自分が仕入れてきたスクープだとでも思ったのだろう。鉄平の顔に落胆の色が浮かぶ。


「ていうか……ビッグニュースって言うんなら、内容くらいちゃんと覚えてきなさいよ」

「アホだからな」


 ミコトは単語帳をめくりながら無表情に、ひと言でバッサリと斬って捨てる。

 しかし、行動とは裏腹に英単語など頭に入って来てはいない。少しでも自分の尻尾と関係があると思われる話になると、いくら平静を装っていても内心は動揺している。


「昨日、藤野稲荷の前を通ったしね。丁度、あそこでミコトが体調崩したから……ホント、ビックリしたわよ」

「マジか? ミコトが体調崩すなんて珍しいな」


 鉄平が驚くのも無理はない。この学校に入学してからこの方、ミコトが怪我以外で学校を休んだ事など一度も無いのだ。しかし、ミコトはこの鉄平の発言が気にくわなかったのか、


「んだとぉ? あたしだって人間なんだぞ! 人を化け物みたいに言うな!」


 と、その場に立ち上がるなり、目の前に立っている鉄平の横っ面を蹴飛ばした。ほとんど言いがかりと言って良い。


「ミコト……あんまりその恰好で回し蹴りはやめときなさい。いつもの赤黒ストライプが丸見えだから」

「わわぁっ!」


 苦笑いを浮かべる京華に指摘され、ミコトは顔を赤くして、慌ててスカートを両手で押える。今さら押えたところで手遅れなのだが……一応は女の子らしい恥じらいを見せる事もあるのだ。


(それにしても……)


 顔を蹴られて呻き声をあげている鉄平を余所に、ミコトはふと、昨日の出来事を思い出す。体調が悪くなる直前の事だ。


(あのとき、変な声が聞こえたんだよなぁ……。小さい女の子みたいな声だったけど……)


 頭に響いてきた声は「粗暴者」と言っていた。それと関係があるのだろうか?


「京華。あのとき、なんか声が聞こえなかった?」


 それとなく聞いてみる。無論、その答えに期待などしてはいない。


「声? 工事のおっさんたちの?」

「いや、そうじゃなくて」


 当然、聞こえてはいないだろうと思っていた。あの女の子のような声は、まるで自分の頭に直接話しかけているような、頭の中に響くような声だったからだ。その点に関しては、ミコト自身も上手く説明できないが、少なくとも普通の会話のように耳から聞き取るといったものでは無かったように感じる。

 それに、もし聞こえていたのなら、あの場に居合わせた全員が反応していたはずだ。


「いや……やっぱりなんでもない」


 そう言って、ミコトは質問を打ち切った。


(しかしまあ、この尻尾が藤野稲荷の石像と関係してる事は確かだ。ってことは、あたしにキツネが取り憑いてるって事か? なんであたしなんだ? 取り憑かれるにしたって、普通に考えたら石像を壊した工事のおっさんたちに取り憑くだろ! あたしに何の恨みがあるって言うんだ?)


 ミコトは単語帳をめくりながらも、ずっとそんな事を考えていた。

 たまたま、あの場に居合わせたというだけで取り憑かれてしまったとあれば、これほど理不尽な事はない。

 なんとか謎を解明したい。それに、出来ることならさっさと元の体に戻りたい。が、現状を考えるとミコトの相談に乗ってくれそうな人物もいないし、これといった解決策も思い浮かばない。


「う~ん……袋小路だなぁ……」

「どうしたの? あんたにしては珍しく覚えられない単語でもあった?」


 無意識のうちに心の声が漏れていたのだが、どうやら京華はミコトが英単語の事で悩んでいると思ったらしい。


「ん? あ、いや……こっちの事だ。気にしなくて良い」

「そうは言ってもねぇ。あんたが珍しく悩んでるみたいだから、気にしないでと言われても気になるわよ」


 まあ、確かに京華の言い分ももっともだと思う。いつも大雑把で楽天的なミコトが難しい顔をして物思いに耽るなどという事は年に一回、有るか無いかというほどである。そんな様子を見せられては、親友として気にならないという方がおかしい。


「まあ、確かにそうなんだけど……。でも、大した事じゃないから気にしないで」


 そう言って作り笑いを浮かべて誤魔化すしかなかった。本音を言えば決して些末な事ではないのだが、誰に話したって到底信じてもらえそうにない。


(ああ……悪夢でも見てるみたいだ)


 声に出して嘆くこともままならない現状に、さすがのミコトもくじけそうだった。


 

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