7 不良退治が仇となる

 例の工事中だった橋からミコトの家までの間に一軒のコンビニがある。ミコトも下校時などに、よく利用するお店だ。

 車が十五台ほど駐められる広い駐車場があり、比較的交通量の多い道路に面してはいるが、なぜか駐車場は、その通りから見て、店舗の裏手にあった。

 妙な狐に取り憑かれてしまった事で、些か不機嫌になっていたミコトは少し気分を変えようと、そのコンビニに寄る事にした。

 買う物は既に決まっている。いや、むしろ何年も前から決まっていたと言っていい。彼女はこのコンビニに寄ると、必ずと言って良いほど五〇〇ml パックのバナナオレを買う。ミコトの大好物であった。

 さらにミコトにとって好都合な事に、そのコンビニの隣には創業一五〇年という老舗の和菓子屋がある。『土方庵ひじかたあん』という建物自体もかなり歴史を感じるお店なのだが、ミコトはそこの三色団子が何よりも大好きであった。

 ちなみにミコトのトレードマークと言っても良い三色団子の髪留めは、何年も前に土方庵が三色団子十二本セットのおまけとして付けていた物で、ミコトはそれを気に入って今でも毎日のように、三色団子の髪留めを付けている。

 なぜ、老舗和菓子屋のおまけが髪留めなのか……その点は疑問が残るところだが……。得てして、こう言った個人店は見当違いの妙な企画をするものだ。ともかくも、ミコトはその土方庵の大ファンである。

 さて、ミコトがコンビニに立ち寄ろうとしたとき、ふと、駐車場の方に数台の原付が駐まっている事に気がついた。そのうちの二、三台はナンバープレートに落書きがされていたり、折れ曲がっていたりして、ナンバーが意図的に見えないように細工されているようだ。

 ミコトは店の自動ドアの前で一旦立ち止まり、すぐに思い立ったかのように、店には入らず、駐車場の方へと足を運ぶ。

 おおよその事は想像がついた。ミコトのもっとも嫌う輩がたむろしているのだろうと……。

 そして、それはまさにミコトの予想通りであった。

 古びた原付が五台……。そのすぐ傍らに五人の若者がしゃがみ込んでいる。年齢からすると、ミコトと同年代か、わずかに上だろう。

 彼らは揃いも揃って白い繋ぎを着ており、明らかに未成年であろうにも拘わらずタバコを咥えている。どう見たって質の悪い連中だ。

 そんな一団の中へ、ミコトは何の躊躇いも無く、堂々と近付いて行く。そして、

「おまえら、未成年だろ! こんなとこで、何タバコなんて吸ってるんだ!」

 物怖じすること無く、ストレートに怒鳴りつけた。


「ああ?」


 彼らの視線が一斉にミコトに集まる。眉間にこれでもかというくらい皺を寄せ、どう見たって好感を持っている顔ではない。


「あたしは、おまえらみたいな風紀を乱す輩が大嫌いなんだ」

「んだぁ? このちみっちぇえアマ、喧嘩売ってんのかぁ?」


 その言葉にミコトの頭の中でピキッ! という音がしたような気がした。


「ほう……このあたしを知らないのか、それとも余程死にたいのか……」


 ミコトは薄く笑みを浮かべている。が、額には青筋が浮かび、笑みを浮かべているにもかかわらず、気迫だけで殺してしまえそうなほどの殺気がみなぎっていた。

 しかし、質の悪い彼らはミコトが何者であるのか知らない様子で、


「死にてぇだぁ? そりゃあ、テメェの方だろうが、クソガキ」


 ミコトの殺気すら感じてはいないようで、あくまで反抗的である。


「まあ、いずれにしても……おまえらには少しお灸を据える必要があるな……」

「んだぁ? やんのか、コラ!」


 彼らは一斉に立ち上がり、ミコトを取り囲んだ。


「ふふん……断罪してやろう」


 ミコトはキュッと拳を握る。しかし、構えたりはしない。もともと、格闘技などを学んだ事があるわけではないし、構えたところで、どういった構えが理想的なのかどうかも分からない。彼女は単に実戦で身につけた強さであるから、勝つための形など不要なのだ。

 一人がミコト目がけて殴りかかってくる。が、その拳がミコトの顔に到達するよりも遙かに早く、ミコトはストンと身を低くする。

 恐らく、殴りかかった男の視界からは、突然、ミコトが消えたように映ったであろう。それだけ素早かった。

 そして間髪入れず、彼の鳩尾に肘鉄を見舞う。


「う……」


 呻き声をあげ、あっという間に一人がダウンした。


「こ、こいつ!」


 一瞬、怯みながらも、すぐに二人の若者が同時にミコトに躍りかかった。


「飛びかかるしか能が無いのか……ワンパターンな奴らだな」


 ミコトはキラリと光る八重歯を見せて微笑すると、その場で飛び上がる。そして一方の若者の頭に手をつくと、それを支えにしながら、もう一方の若者の横っ面を蹴り飛ばした。

 さらに手をついて支えにしていた男の頭に、そのまま全体重をかけると、彼の顔面を地面に叩きつけた。彼も躍りかかった勢いで身体の重心が前方に傾いていたため、ミコトに上から体重をかけられては支えようが無かったのである。


「さぁて……あと二人か……」


 どちらに狙いを定めるか、彼女は交互に残り二人の相手を見やる。完全にこの状況を楽しんでいるようであった。

「うう……。こいつ、化け物かよ……」


 さすがに残された二人は、ミコトの化け物じみた強さに臆していた。


「順番はどちらでも同じだ。おまえらはどうせ、あたしの手によって廓清される運命なのだ」


 ニンマリと悪魔のような笑みを浮かべるミコトのその様子は、もはや、捕らえたネズミをひと思いに殺さず、じわじわとなぶり殺しにしている猫さながらである。これで決したと言って良いだろう。残された二人は完全に戦意を喪失していた。


「さあ、どちらが先に逝きたい?」

 

 物騒なことを言いながら残った二人をジリジリと追い詰めて行く。そこで、一方の男がふと、あることに気付いた。


「あ……れ? お、おまえ、まさか……筑波ミコトか……?」

「な、なんだ、知ってるのか?」


 もう一方の男は、まだ気付いていないようだ。が、ミコトがタダ者ではないという事には気付いたようで、完全に怖じ気立っている。


「あれだよ! 他県から来てた有名なグループの十一人相手に、たった一人で挑んで、全員病院送りにしたって女……」

「ほほう……。ようやく気付いたようだな。あたしの知名度が、まだまだなのかと一瞬不安になった」


 ミコトは満足げにキラリと光る八重歯を見せる。

 その話を聞いて、ようやく全員が目の前にいる少女の正体に気付いたらしい。瞬時に顔面蒼白。森の中で、冬眠から目覚めたばかりの熊と鉢合わせしてしまったかのような……そんな心境であっただろう。

 彼らが次に取る行動は、この時点で決まっていた。


「す、すみませんでしたぁ‼︎」


 全員が、よく訓練された兵士の如く、キレイに揃って頭を下げた。


「ふっ……あたしに逆らおうなど、六五〇〇万年早いわ。白亜紀から修行を積まなきゃな。はぁ~っはっはっはっはっ!」


 例によって高笑い。今まで威勢の良かった彼らは物の見事に萎縮していた。


「もう悪さはしないというのであれば、軽い処罰で許してやろう」

「か、軽い処罰……と言いますと?」


 ミコトの方が頭二つ分くらい小さいのに、彼らの一人はわざわざ身を縮め、上目遣いにミコトの顔色を窺う。


「あたしは子ブタ乳業のバナナオレと、土方庵の三色団子が好きなんだ」

「は、はい! 直ちに買って来ます!」


 ミコトから殴られていない二人が、我先にと言わんばかりにコンビニと土方庵へ走った。


「うん。察しが良くて結構」


 そう言って二度、三度と頷く。

 店に走った二人が戻って来るまでの間、その場に残された三人は、あたかも教室の窓ガラスを割って、教師から呼び出された小学生よろしく、居心地悪そうに俯いている。

 バナナオレと三色団子を買いに行った二人が戻って来たのは、ものの二、三分ほどであっただろうか? それでも、残された彼らには一時間くらいの長さに感じたに違いない。


「か、買って来ましたぁ!」

「うん、ご苦労……」


 そう言って彼らから注文の品を受け取ると、ミコトは二人に数枚の小銭を渡す。


「え……? あのぅ……この金は?」

「もちろん、バナナオレと三色団子の代金だ」


 ミコトは「何を今さら?」という顔。しかし、彼らにしてみれば、


「お、お金なんて受け取れないッス!」


 と、自腹でミコトに買うものだとばかり思っていたらしい。むしろ、ミコトにお金を払わせるなど、もってのほかだとさえ考えていた。

 だが、ミコトからすれば、それこそとんでもない話だ。


「あのなぁ……。あたしが頼んで買ってこさせたのに、お金を払わなきゃ、あたしが悪者になるだろ! そんな事もわからないのか!」

「は、はい……。では、お言葉に甘えて……」


 彼らはミコトに恐縮して、受け取った小銭を頭上に掲げながら、深々と頭を下げた。


「これに懲りたら、もう悪ぶるんじゃないぞ」

「は、はい! 肝に銘じます」


 彼らは一目散に逃げて行った。置いてある原付にも乗らず、走り去ったのだ。


(盗んだバイクか……。しょうがない奴らだな……)


 まあ、これに関しては、このまま放置しておけば警察の方でなんとかするだろう。ミコトはこれ以上の深入りは必要無いと判断し、バナナオレと三色団子を手に、その場を離れようとする。

 が、そこで今まで沈黙を守っていたクズが突然、呆れ口調で口を開いた。


「やれやれ……減点一じゃな……」

「は? なんだ、減点って?」


 ミコトは思わず目をパチクリさせて立ち止まる。


「正義感が強いのは結構じゃが、暴力に訴えた行為は感心せんのう。よって、また祓うべきあやかしの数が一〇八……つまり振り出しに戻ったわけじゃな」

「はぁぁぁっ?」


 ミコトは人目も憚らず、素っ頓狂な声をあげた。もっとも、人通りもそれほど無い場所なので、ミコトの声に反応したのは、偶然、近くを通りがかったお婆さん一人だけであったが……。

 しかし、ミコトは怪訝そうに見つめるお婆さんの事など気にも留めず、不条理だとでも言わんばかりに……いや、事実、不条理極まりない発言をしたクズに食ってかかる。


「減点があるなんて……そんな話、聞いてないぞ! てか、明らかに今思いついた設定だろ!」

「うむ……否定はせんよ。おぬしの言う通り、今し方思いついた設定じゃからのう。聞いていなくて当然じゃ」

「こ、こいつ……」


 ミコトはギリギリと歯噛みする。実体を持つ相手であれば、とっくに殴り飛ばしているところだ。


「世の中とは理不尽に満ちておるものよ。生きていく上では、そういった理不尽にも堪えなければならぬ」

「そんな坊主の説法みたいな話をしてるんじゃない! おまえ、やる事が陰湿だぞ」

「なんとでも言っておれば良い。素行を改めぬようでは、いつまで経ってもこのままじゃぞ」


 そう言われてしまうと、さすがのミコトもぐうの音も出ない。


(あたしは不幸だ……)


 そう心の中で呟くと同時に、


(何とかして追い出してやる)


 強く心に誓うのであった。

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