6 誘惑するモノ


 誰かの声が聞こえる……。

 聞き覚えのある声……。誰だろう?


「耳障りだ……。あのような言葉に耳を貸す必要はない」


 でも……大切な誰かの声だったような気がする……。


「おまえはもう一度、母に会いたいのだろう? ならば、我らの呼びかけにだけ耳を傾けていれば良い。我らに身を委ねよ……」


 そう……だよね……? でも……。


「我らとともに来れば大願は成就する。おまえは幸せになれるのだぞ」


 幸せに……。


「さあ、来い。我らと理想郷で戯れようぞ。そこにはおまえの母親もいるのだぞ」


 うん……そうだね……。


「八雲、確かに大切な人を失うのは辛くて苦しい。でも、おまえはあたしに同じ思いをさせるつもりか?」


 八雲のだらりと垂れ下がった手がピクリと動いた。


 大切な人……? 

 同じ思いをさせてしまう? 僕が……?


「五月蠅い……。この上なく耳障りだ……。無視してしまえ……」


 でも……あの声は……。


「正直……あたしには……今のあたしにはこの思いがどこから来るのかわからない。けど、これだけは言える。絶対におまえを失いたくはない! こんなところで八雲を失ったら、今度はあたしが今のおまえのようになってしまう! お願いだから……お願いだからあたしの居る場所へ戻って来てよ! 生きている限り、八雲にはあたしと一緒に居てほしいんだから! あたしは八雲と一緒に居たいんだから!」


 ミコトの悲痛な訴え……それはいつの間にか今までのような尊大な言葉遣いから普通の女の子らしい言葉へと変わっていた。



 あの声は……ミコト……?


「つまらぬ事に耳を貸すな!」


 そうだ……あの声はミコトだ! そして僕はまだ生きている! 

 僕の生きている場所には、まだ大切な人がいる!


「おまえは我らを捨てる気か?」


 捨てる?

 そもそも、君たちは誰だ? 君たちは僕の母さんじゃない!


「やめろ!」


 戻らなきゃ……本来、僕が居るべき場所へ!


 

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