6 謎の気配

 ミコトは一人、とぼとぼと商店街の外れを自宅に向かって歩いていた。とっぷり日が暮れて、等間隔で道々を照らす街灯の白い光が、暗い夜道を妙に寂しげにしている。それほど遅い時間でもないので、家々の明かりは灯っているが、人通りが少ないためか、些か不安を覚える。

 無論、ミコトがそのような不安感を抱くようなタイプではないが、このときばかりはとても明るい気分にはなれなかった。

 ミコトの視界には既に八雲の姿は無い。

 あの後、居心地が悪くなって店を飛び出したが、別に八雲を追ったわけでもなく、単に気まずい空気に堪えられなかっただけなのだ。


「やれやれ……本当に不器用な奴じゃのう、おぬし……」


 長い時間、沈黙を守ってきたクズが、不意に言葉を発した。


「うるさい」


 辺りに人が居ないので、ミコトは遠慮なく言い返す。

 イライラしていた。それが京華に対してなのか、八雲に対してなのか、あるいは自分自身に対してなのか……そこまではわからない。それでも何となくむしゃくしゃして、誰かに八つ当たりしたい気分だった。


「おぬしの気持ちもわからぬでは無いが……もう少し、人との接し方というものを学ぶべきではないかのう?」

「おまえに言われたくない」


 言い方は静かであったが、苛立ちと怒気が込められているのは明らかであった。


「おまえこそ空気読んだらどうだ? むしゃくしゃしてる時に、小うるさいおまえの説教なんか聞きたくない」

「ふむ……仕方ないのう……」


 確かに、こんな状態のミコトに何を言ったところで火に油を注ぐだけだろう。しばらく一緒に居ることで、クズもミコトの性格というものを徐々に把握してきていた。


(聞くときは悪態つきながらも聞いているものじゃが、苛立っている状態では取り付く島もないか……。難儀な性分じゃ……)


 しかし、それが人間だという事もわかってきている。

 自分のような神、精霊、あやかしといったような存在には、ほとんど見られない性質ではあるが……。


(まあ、それが人間の難しいところであり、面白いところでもあるかのう)


 初めは何とも感じていなかったが、クズ自身、ミコトに不思議な感情を抱くようになっていた。


(ワシも大昔、人との間に子を持ったことがあるが……それとはまた、少々異なる感覚かのう……。異なものじゃ)


 ミコトに取り憑いてからこの方、退屈したことが無い。ミコトにしてみれば迷惑この上ない話だが、この娘の体に憑いていることに居心地の良さを感じていた。

 が、少々気懸かりもある。


「ミコトよ……おぬし、気付かなんだか?」

「ん?」


 聞き返したが、すぐにクズの言わんとしていることがわかった。


「さっき……尻尾がピリピリ痺れた」

「ふむ……やはり感じ取っておったか……」


 クズの声はいつになく重々しい。いつものつかみ所の無い、のんびりとした雰囲気は今の彼女からは微塵も感じられなかった。


「あの近くに何かいたのか? すぐに消えたようだったけど……」

「そうか……おぬしが感じられたのは、そこまでか……」


 何か含みのある言い方だ。

 こういった物事を遠回しに言うのはクズの悪い癖だとミコトは常々思っている。しかし、今回はいつもと様子が違うということは、何となくミコトも感じ取ることができた。


「何か隠してるのか?」

「そうさのう……。あの様子じゃと、まだ何とも言えぬが……場合によっては、おぬしは拘わらぬ方が良いかもしれん」


 クズの口調は、またいつものようなあっけらかんとした物に戻っていたが、どこかうそ寒さを感じずにはいられなかった。肝の据わったミコトであっても、そう感じたのだ。むしろ、数々の修羅場をくぐり抜けて来たミコトだからこそ、険呑な空気を察知できたと言えるかもしれない。


「そんなに危険な相手なのか?」

「まだ、何とも言えぬよ……。まあ、もう少し様子を見てから教えてやろう。いずれ、おぬしには伝えねばならぬ事ゆえなぁ」

「んん?」


 どうも引っかかる物言いだ。つまり、遅かれ早かれ自分とは何らかの形で接触する事になるというような言い方だ。


「あたしに関係ある事なのか? それだったら今、言ってくれてもイイじゃないか」

「今はまだ、時では無い。ワシ自身、どうなるか掴めておらぬのじゃ」

「何だ? 煮え切らない奴だなぁ」


 それ以降、ミコトが何を言っても、クズは押し黙ったままであった。

 何かと言うと、ミコトにあやかしを祓わせようとするクズがこうも慎重な発言をするというのは余程の事だ。今までになかった事だけに、ミコトも一抹の不安を覚える。


(雲行きが怪しいな……)

 

 キレイな月の浮かぶ星空を見上げながら、ミコトは心の中でそう呟いた。



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