5 空回り、そして…

 やがて、鉄平が少し息を切らせて店に飛び込んで来た。


「お? 遅かったな」

「遅かったな……じゃねえよ! あんなもん、なかなかコンビニに売ってねえから、あちこち駆け回ってたんだぞ!」


 鉄平は手に〈スーパーあおば〉と書かれたビニール袋を下げていた。この辺りでは聞いた事の無いスーパーだ。いったい、どこまで探しに行ったのやら……。


「それは大儀だったな。で、あったのか?」

「ああ、バッチリだぜ!」


 鉄平は白い歯をニッと見せて笑う。

 ミコトは鉄平から手渡されたビニール袋の中身を確認すると、


「まあ、これだけあれば充分か……」


 と、なにやら一人で納得しているようだった。


「じゃあ、ミコトちゃん。もうタネは持って来ちゃって良いかなぁ?」

「うん、頼む!」


 タネとはようするにお好み焼きのタネのことだ。瑞木はニコッと微笑むと、店の奥へと引っ込んで行く。


「ほら、鉄平! おまえも行って手伝え! 瑞木一人で全部は運べないんだからな」


 そう言ってミコトは鉄平の脚を蹴飛ばす。


「来たばかりなんだから少し休ませてくれよぉ……。隣の八王子はちおうじ市内まで走って来たんだぜ」


 鉄平はどっかと椅子に腰を下ろすとひと息ついた。


「はぁぁっ? あんた、アタシと別れてから八王子まで走ったの? 馬鹿じゃない?」


 京華が目を丸くするのも当然だ。八王子市までは、ここから往復でも三キロ以上はある。それをこの短時間で走って往復したとなれば、普通の人間ならへばってしまうはずだ。


「仕方ねぇだろ? この街のコンビニやスーパーには売ってなかったんだしよぉ」

「だったら、バスとか使えば良いじゃない!」


 至極、当然の事を言った。普通の者なら、そういった考えに行き着くはずだ……。しかし、


「あ……そっか……」


 この男は公共の交通機関を利用するといった事を全く考えていなかったらしい。


「アホ過ぎるな……」


 ミコトに言われ、返す言葉も無い。結局、鉄平は黙って瑞木を手伝いに店の奥へと入って行った。

 やがて瑞木と鉄平がタネの入ったどんぶりを両手に戻って来た。


「おまたせぇ~」


 ほんわかとした口調でそう言うと、熱々の鉄板の前に置く。


「今日は特別なので、豪華ミックスですよ~」


 なるほど、言われてみればキャベツなどの野菜の上に、芝エビ、イカ、豚肉、桜エビ、天カス、紅ショウガ、スルメなどなど、色々とてんこ盛りになっている。メニューの中にもある商品ではあるが、当然のことながら一番高い。


「み、瑞木……さすがにあたしたちも、そこまで金銭的に余裕は無いぞ」


 豪華なお好み焼きダネを前に、さすがのミコトも怖じ気づいたかのように肩を窄める。が、瑞木は屈託無い笑みを浮かべながら、


「これはお父さんからのおごりなのですぅ~」


 代金など要らないと、顔の前で手を振った。


「イイのぉ、瑞木?」

「京華ちゃん、イイのイイの。お父さんは

『大阪は人情の街や』というのが口癖だから、今回の話をしたら、『それやったら、ワシも一肌脱ごやないかい』って言ってくれたんだよぉ」


 父親の台詞になると、声色を変えて真似をする瑞木が妙に可笑しい。いつもは玲瓏れいろうな透き通った声の瑞木だが、父親のモノマネをするときだけ絶妙なハスキーボイスになる。

 器用なものだ……と、ミコトたちは顔をほころばせていた。

 ただ一人……八雲だけは状況が飲み込めず、怪訝な顔をしている。


「ねえ、どういう事なの? 今日はみんなで課題をやるって話じゃあ……」

「そうだな……そろそろ、ここに集まった本当の趣旨を教えてやるか」


 ミコトはニンマリと笑う。まるで悪巧みをしているコソ泥のような顔だ。


「今日、ここに集まってもらったのはほかでも無い。表向きは課題をやるという名目だったが、その実……」


 そう言ってからミコトは、先程、鉄平から渡されたビニール袋からクラッカーを五つ取り出すと、全てを片手に握ったまま一度に紐を引っ張る。


 パァンッ!


 けたたましい発砲音とともに細いリボンが辺りに飛び散る。


「第一回、八雲を元気づける会ぃぃぃ! はい、拍手ぅ~!」


 ハイテンションにミコトが開会の言葉を告げるなり、一同からパラパラと中途半端な拍手が起こる。


「ん? わ、わ! 火、火が!」


 ミコトが手にしていたクラッカーのひとつに小さな火が点いていた。


「あ、はいはい! こっちの灰皿に押しつけて消しちゃって」


 間髪入れず瑞木がガラスの灰皿を差し出し、ミコトは慌てて火の点いたクラッカーを灰皿に擦りつける。なんとかそれで事なきを得た。


「あんたねぇ……そんなに沢山、片手にクラッカー握って使ったら危ないに決まってるじゃない!」


 京華はクラッカーの入っていた袋の注意書きを指しながら金切り声をあげた。そこには確かに〈こんな使い方は危険!〉と男の子が沢山のクラッカーを持った絵入りで、禁止事項が書かれていた。


「てか、そもそも何でおまえ一人で全部使ってるんだよ」


 鉄平も一人ひとつずつ使うものと想定していた。まあ、ミコト一人で一度に全て使うなどと、普通なら誰も予測しないことだろう。

 それはさておき、八雲は未だ状況が飲み込めず、キョトンとしていた。


「僕を……元気づけるって……?」

「つまりなんだ……最近、おまえは元気無いからな。みんなでパァーッとやって、おまえに元気になってもらおうって事だ。はぁ~っはっはっはっはっ!」


 いつもの調子でミコトは八雲の背中をバシバシと叩いて高笑い。


「は、はあ……」


 一方の八雲は煮え切らない返事をし、複雑な表情を浮かべる。

 お好み焼きはミコトの提案で、各自、自ら焼くという事になった。瑞木に任せても良いし、本来は店員が焼くことにはなっているのだが、彼女の手間を増やさないということに加え、各々で自分の物を焼いた方が楽しいからというのが理由であった。

 しかし、ミコトは八雲に気を遣ってか何なのか、


「おまえの分はあたしが焼いてやろう。ありがたく思え」


 と、どんぶりのタネをかき混ぜ、鉄板の上に広げた。が、これにはその場にいるミコト以外の全員が慌てる。


「え? あ、あんたが焼くの?」

「それはほとんど罰ゲームみてぇなものじゃねえか?」


 京華、鉄平が「やめろ」とばかりに言うものだから、途端にミコトの顔色が不機嫌になる。


「ちょっと待て! それはどういう意味だ! あたしが焼いてやる事に何か問題でもあるのか?」

「いや……大アリだろ……。おまえ、まともに焼けるの……あだっ!」


 最後まで言い切る前に、鉄平の臑にミコトの蹴りが入った。


「あ、あたしを馬鹿にするな! いくら料理が苦手とはいえ、お好み焼きくらい、ちゃんと焼ける!」


 まあ、言い出したら聞かない子だ。鉄平も臑を押さえ、顔を苦痛に歪めながら「すみません……」とひと言。

 八雲には気の毒だが、彼女の好きなようにやらせるしかない。


「あはは……」


 と、八雲も力無く笑う。

 ジュージューと水分の爆ぜる音。火が通っていくにつれ、それぞれの具材が焼けていく得も言われない香りが鼻腔をくすぐる。音と匂いがこの上なく食欲をそそるではないか。

 しかし……円盤形のお好み焼きがいくつか並ぶ中、ひとつだけ異形と言わざるを得ない物がそこに紛れ込んでいる。


「ミコト……これは北海道か?」


 ミコトが八雲のために焼いているというお好み焼き……と思しき物体。渡島半島、積丹半島、知床半島などがちゃんと存在し、どこからどう見ても北海道の形をしている。


「すげぇな……。おまえ、いつの間にこんな高度な技術を身につけたんだ?」


 鉄平は脇から覗き見ながら素直に感心しているのだが「うるさい!」


「うごっ!」


 再び、ミコトの蹴りを臑にもらってしまった。


「これでも円く作ろうとしてるんだ! 横から茶々を入れるな!」

「ごめんなさい……」


 呻くように謝罪すると、そのまま押し黙ってしまった。


「なにも馬鹿正直に言わなくても良いのに……。わざと北海道作ってるって言っておけば尊敬を集めたのにねぇ。まあ、何で北海道なのかは意味わからないけど……」


 ミコトが京華に強く言い返せない事を良いことに、京華は好き放題言って嘲笑していた。


「ま、まあでも、それはそれで個性的で芸術性に富んでると思うよぉ」

「瑞木……それ、あんまりフォローになってない……」


 瑞木の下手な気遣いでは、ミコトも複雑な表情を浮かべるしかなかった。

 ややあって……ミコトは焼けたお好み焼きを「召し上がれ」とばかりに八雲の目の前にずらした。もちろん、形は北海道のままだ。


「ほとんど罰ゲームだな……」


 鉄平が小声でボソッと呟く。が、しっかりミコトの耳に届いていたのであろう……敵意剥き出しの目でキッと睨まれる。

 八雲はしばし黙っていたが、やがて、


「ゴメン……。ここのとろこ、あまり食欲が無いんだ」

 今にも消え入りそうな声でそう告げるとかぶりを振った。


「どうしてだ! 折角、おまえのために焼いたんだぞ! 北海道か? 北海道だから気にくわないのか?」

「そうじゃないよ。作ってくれたのはありがたいんだけど……本当に食欲が無いんだ……」


 言われてみれば、このところの八雲は以前の姿など見る影も無いほどにやつれている。食欲を無くして、ほとんど食べていないのであろう事は事実なのだろう。

 しかし、頑固なミコトがそれで納得するはずも無かった。


「今日はおまえを元気づけるために開いたパーティーだぞ! 主役のおまえが暗いままじゃ、何のために開いたのかわからないだろ!」

「うん……わかってるよ……。それはとてもありがたいと思ってる……けど……」


 一向に変化の見られない八雲にミコトも業を煮やしたのだろう。ガタッ! と椅子を倒し、その場に立ち上がった。その勢いで、すぐ目の前に置いてあったコテもカランと音を立てて床に落ちる。


「いつまでウジウジしてるんだ! 以前の明るいおまえはどこへ行ったんだ! いくら悲しんだって、失った者が帰って来るわけじゃないだろ!」


 言ってしまった。誰もが思っていて言えない事。恐らく八雲自身も頭ではわかっているであろう事。それでも言ってはならない事をミコトは勢いに任せて言ってしまった。


「ミコト、いい加減にしなよ!」


 京華に止められるが、一度感情に火が点いてしまったミコトは容易には止まらない。


「どうしてだ? おまえらだって、八雲がこのままじゃいけないって思ってるんだろ? なんとか元気を取り戻してほしいって思ってるんだろ?」

「ま、まあ、そりゃあそうだけどよぉ……」


 お馬鹿で空気を読む事が苦手な鉄平でさえ言いよどんでいる。ミコトの気持ちもわかるが、それにしたってやり方が強引過ぎる。


「ゴメン……。今はそういう気分じゃないんだ……」


 そう告げるなり、八雲は静かに席を立つと店の外へ出て行こうとする。


「ま、待てっ! どうしてそう……内へ籠もろうとするんだ! おまえ、自分でもわかってるんだろ!」

「ミコト!」


 八雲の後を追おうとするミコトの手首を京華は力一杯握って引っ張った。同時に、ピリッとミコトのお尻にある尻尾に、まるで静電気を帯びたかのような痺れが走る。

 なんだろうかと気にはなったが、しかし、今はそれどころではなかった。


「ゴメン……」


 八雲はもう一度だけ謝ると、そのまま出て行ってしまった。


「八雲っ!」

 京華の手を振り解こうとするが、京華はなお一層、ミコトの手首を掴む手に力を込める。


「京華! どうして邪魔をするんだ!」

「ミコト! あんた、どんだけ空気読めないの? 今はこんな事したって、あいつが楽しめるはず無いってことくらいわかるでしょ!」


 京華がここまでミコトに怒鳴り声をあげている姿を鉄平も瑞木も初めて見た。いや……二人だけではない。ミコト自身、初めての経験であった。

 だが、ミコトは一瞬怯んだだけで、すぐに言い返す。


「このままじゃ、あいつ……潰れるのを待つだけだぞ! だったら一刻も早く、元気を取り戻さなきゃならないだろ!」

「潰れるって、どうして断言できるのよ! あんたにはあいつの気持ちがわからないの? 大切な親を失ったんだよ! それがどれだけ辛いか、あんたにはやっぱり 」


 そこまで言いかけて、京華は急に口をつぐんだ。

 そうだった……。ミコトだって幼い頃に父親を亡くしているのだ。記憶には無いと言っていたが、大切な人を失っている事に関しては同じである。


「ゴメン……言い過ぎた……」


 京華はミコトの手を離すと自分の席にペタンと腰を下ろす。

 ミコトは……俯いていた。前髪に隠れていて表情はわからない。だが、小刻みに身体を震わせていた。

 怒っているのか……泣いているのか……。ハーフパンツの裾をギュッと握り締めたまま、ただ震えている。


「あたしだって……」


 掠れたような声でそう呟くと、そのまま踵を返し、店の外へと飛び出して行ってしまった。

 彼女が言いかけた事……その場に残された三人はおぼろげながらにわかっていた。


「あ~あ……。アタシも馬鹿だねぇ。ミコトに空気読めないとか言っておいて、あたしが一番読めてないわ」


 京華はいつもの調子で苦笑いを浮かべながら、「やれやれ……」とばかりに首を振った。いつも通りの皮肉めいた口調ではあるが、京華自身も自分の発言に対し、大いに後悔しているようだ。


「みんな思うところは同じだよぉ。ただ……」


 瑞木はちょっぴり愁いを帯びた顔でわずかに微笑む。


「行き違いだよぉ……。思いは一緒でも、それを表現する手段が違うだけ。だから誤解や行き違いが生じるんだよ」


 京華は瑞木の言葉に黙って耳を傾けていた。自分でも、それはわかっているつもりだった。それでも、こうした些細な事でぶつかり合い、ギクシャクしてしまうのは何とも切ない気持ちである。


「みんなそれぞれ一人の人間だもの。全く同じ考えの人間なんているわけないもの。だから、意見が違う事だってあるし、それによってぶつかり合う事だってあると思うんだぁ」

「まあ、頭ではわかってるんだけどね……」


 京華はやるせなさそうに頭を振る。


「八雲君を元気づけたいという気持ちは、みんな一緒だと思う。けれど、みんなどうしたら良いかわからないんだもん……仕方ないよぉ」


(瑞木は冷静だなぁ……)


 普段、おっとりしていて、少々天然なところがある彼女だが、こういう意見が言える部分は自分たちより大人びて見える。

 怒ることがほとんど無い瑞木だけど、広い視野で冷静に物事を分析できる力を人一倍持っていることは確かだ。だから、いざとなると自分たちの中で最も適確な判断ができるし、誰よりも筋道の通った発言ができる。

 メンバーの中でリーダー的な存在であるミコトが度々暴走する事があるが、京華には昔のよしみと、弱みを握っているという部分で彼女の暴走を止めることができるというだけで、それはいつだって力ずくで食い止めているに過ぎない。結局、最終的に参謀役となり得るのは瑞木だろうと思った。


「そうだよなぁ……。正直、オレにもどうして良いかわからねぇからなぁ。オレなんかが元気づけようとして適当な事を言ったところで、逆にへこませちまいそうだしな」

「そ、そんな事は無いと思うけど……」


 なんだかんだで鉄平も彼なりに気遣っているのだ。スポーツだけが取り得の馬鹿というレッテルを貼られているが、根は良い奴だし、時には八雲の兄貴分のようなところも見せる。言うなればメンバー中、一番の盛り立て役と言っても過言ではなかろう。

 もっとも、ミコトからしてみれば彼は一番扱いやすい下僕、ストレス解消用のサンドバッグのような扱いではあるが……。


「でもさ……アタシはあんたたちが居てくれて良かったって思うよ」

「はぁ?」


 鉄平と瑞木はキョトンとして、互いに顔を見合わせる。


「アタシだけじゃ、多分、修復不可能なくらいガタガタになって、ミコトや八雲ともそのうち疎遠になってたかもしれない……。だから、あんたたち二人には感謝してるのよ」

「ああ……えっと……」


 鉄平はなにやら急に吐き気をもよおしたかのような青い顔をする。そして、


「気色悪いな……。おめぇがそんな事言うなんてよぉ」


 まあ、確かに自分でも臭い台詞だと思った。しかし、そうまで言われる筋合いも無い。


「あんたねぇ……喧嘩売ってるの? 人が折角まじめに……」

「だ、だってよぉ……」


 気色ばむ京華をまるで毛虫の大群でも見るかのような目で、鉄平は心底嫌そうな顔をする。


「ま、まあまあ、京華ちゃんと言ってることはウチも嬉しいし……それに鉄平君だって、決して悪気があって言ってるわけじゃ無い……と思うし……」


 大分、苦しいフォローだと思った。何度思い返しても、悪気があって言っているようにしか聞こえない。


(適確な事を言うかと思えば、かなり下手なフォローがあったり……。この子も、こういった抜けてるところが無ければ、誰よりも頼りになるのにねぇ)


 やっぱり天然は天然というところだろう。


「八雲の事もだけど……ミコトも大丈夫かなぁ……」


 いつになくこたえていた様子だった。ミコトが根に持つようなタイプで無いのは百も承知だが、やはり心配は心配であった。


「まあ、あいつの事だ。明日にはケロッとしてるんじゃねぇか?」

「そう願うよ」


 京華はそう言って、深々とため息をついた。


 

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