第4話 肝胆、相照らす者たれ

1 不安は相変わらず

 八雲を元気づける会から数日が過ぎた。

 結局、元の明るい八雲に戻ってもらおうというミコトの目論見は脆くも失敗に終わり、ミコトたちは高等部に上がってから全く変わらない……いつも通りの生活を送っていた。

 ミコトと京華はあの後しばらくは互いに少々気まずい雰囲気ではあったが、ミコト自身がそこまで引きずらないという性格である事もあってか、いつの間にか元の鞘に収まっていた。

 そして、八雲は相変わらず……いや、以前にも増して影を帯びている気がした。

 さすがのミコトも、京華に言われたこともあって、以前ほど八雲に干渉しなくなっていたのだが、本音を言えば何とかしたいという気持ちは変わらない。要はどうして良いものかわからず、万策尽きたといった状況なのだ。

 確かに授業などには普通に出席しているし、ミコトたちとも多少なりとも話はする。が、やはりどこか心ここにあらずといった様子で、話をしていても上の空で生返事ばかりしている事が多い。

 いつものミコトであれば、相手が生返事をしようものなら怒ってゲンコツでも食らわせようものだが、さすがにこの様子では彼女も遠慮がちになっていた。

 だから最近では、珍しくミコトまでが元気を失いかけている始末である。

 そして、もうひとつ気懸かりな件があった。

 あの日以来、ミコトが学校に来ている間、幾度となく尻尾にビリビリと電気が走るような感覚に見舞われていたのだ。

 初めのうちは、時折、ごく短い時間感じていたのだが、日を追うごとにそれは断続的に発生するようになり、ひどい時には学校にいる間ずっと感じている日もあった。

 無論、それは近くにあやかしがいるという事の何よりの証拠なのだが、その出所がわからない。

 何度となくクズにその事を話してはいるのだが、彼女の方は、


「ワシが様子を見て、おぬしにどうすべきかを伝える。おぬしは気にせず、いつも通りにしていれば良い」


 と、決まって話を曖昧にさせたままに留まった。

 恐らく、クズは出所もわかっているはずだし、そのあやかしが何であるかも把握しているはずだ。にも拘わらず、ミコトにその事を一切話そうとはしない。余程のことなのであろうが、そのお陰でミコトのあやかしを祓うといった任務は長いこと足留めを食っている。


(この間、一匹祓ってから残り一〇七体の状態のままなんだけどなぁ……)


 自分の体からクズを追い払いたいという思いは、まだまだ燻っているのだが、どうも慣れてきてしまった節もある。自分としては、それが不本意でならなかった。



 そんなある日の昼休み お昼ごはん用に途中のコンビニで買ってきたエッグサンドとバナナオレのパックを手に、ミコトはいつもの廃部室裏まで行こうと教室を出ようとすると、ふと気になって八雲の方に目が止まった。

 彼はボーッと窓の外を眺めながら、何をするわけでもなく佇んでいる。こちらに背を向けているので表情まではわからないが、まるで魂が抜けてしまったかのように、以前にも増して存在感が薄い。あたかもそれは路傍に転がっている石ころのように……誰からも気にも留められること無く、ただそこにあるだけ……。親友であるはずのミコトにさえ、そう感じられた。


「ミコトちゃん、どうしたのぉ?」


 教室の戸口で固まっているミコトが気になったのか、瑞木がミコトの顔を覗き込んだ。彼女も手にはチェック柄の布に包まれたランチボックスを持っている。

 こちらからは特に誘うことも無かったが、どうやら瑞木もミコトと同じ場所で昼食を取るつもりだったようで、ついて行こうとしていたところらしい。まあ、最近は昼食の時間になると黙っていても、瑞木の方から自然とミコトの昼食場所にひょっこりやって来て、そこで一緒にお昼を食べている事が多いのだが。


「ん? ああ、いや……さっきからさ……八雲の奴、外ばかり眺めて何やってるのかなって」

「ああ……」


 瑞木を言われて初めて気がついたようだ。


「う~ん……あれはきっと……」


 瑞木なりに何かわかっている事があるのだろうか? そう期待したミコトであったが、


「お空を眺めてるんだよぉ」


 ミコトはズッコケそうになる。


「い、いや、それはわかってるんだけど……」

「そう? きっとねぇ……お星さまを眺めてるんじゃないかなぁ?」


 さらにズッコケそうになった。


「今、昼だぞ」

「はっ! そ、そうだった!」


 瑞木はこれでもかというくらい、目を丸くしている。


(マ、マジボケか!)


「じゃあ、お日さま……かなぁ?」

「いやいやいや。太陽なんて、あんなに凝視できないだろ」


 そう言われ、瑞木は「あ、そっか」と、これも言われるまで気がつかなかったらしい。


(なんだかなぁ……)


 瑞木に聞いたところで的外れな回答しか返ってこない。的を射た回答が返ってくるのを待っていたら明日になってしまいそうだった。


「じゃあ、直接聞いてみようかぁ?」

「いや、別にそこまで気になるわけじゃないから。それより、さっさとお昼食べないと昼休み終わっちゃうぞ」


 そう言って瑞木の背中を押し、自分も教室をあとにしようとした。が、その時である。

 バチバチバチ! ミコトの尻尾に今までに感じた事のないような強い電気が走った。


「な、なんだ?」


 ミコトは慌てて背後を振り返る。自分の後ろには、離れたところに相変わらず八雲が窓の外を眺めたまま、じっと立っているだけた。


「ミコトちゃん、どうしたの?」

「い、いや……。なんでもない……」


 瑞木がいたため、とりあえずその場は適当に誤魔化すと、二人で教室をあとにした。

 ミコトもしばらくクズと一緒にいたため、あやかしの発する妖気がどこから来ているものか、あれだけ強く、そして近くでありさえすれば把握できるようになっていたが……。しかし……あれは明らかに八雲から発せられていたものだ。


(どういう事なんだ……?)


 

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