3 強制参加!

 昼休み ミコトは購買で買ってきたツナサンドと例のバナナオレを手に、とある場所へ向かった。

 校庭の片隅にあるプレハブ小屋。ここは昨年、廃部になったソフトテニス部の部室で、この辺りに人はほとんど来ることが無い。だからミコトはクズと喋るとき、みんなとは別行動でここへ来る。

 旧ソフトテニス部の部室脇には、何の目的で使用されたのかわからないが、一斗缶がひとつ放置されている。ミコトはいつも、それを椅子代わりに腰掛け、今日はそこで昼食を取った。


「八雲のことだけどな……」


 ミコトはツナサンドを口に運びながら、八雲の境遇、それに今まで自分が色々やって来て、ほとんど無駄であったことなど、クズに詳細に語ってやった。そして、


「あいつは軟弱だけど、本来ならもっと笑う奴だし、それこそ鉄平のアホなテンションに合わせられるような明るい奴なんだ」


 半分くらい残ったバナナオレを一気に飲み干すと、そう告げて話を切った。クズの返答を待っているのであろう事は、当のクズにもすぐにわかった。それだけ、ミコト自身も悩んでいるのだろう。


「なるほどのぅ……。おぬし……思いの外、仲間思いなのじゃのう」

「わ、悪いか! おまえ、あたしを何だと思ってるんだ!」


 ミコトは冷やかされたと思い、やや頬を赤らめながら文句を付ける。が、クズは別にそんなミコトを嘲笑したり、からかったりしているわけではなかった。むしろ、感心していたと言って良い。


「それに昔……あたしがあいつを守ってやるって言ったんだ。だから……あいつの元気を取り戻すのも、あたしの役目なんだ」

「ふむ……。まあ、殊勝な心がけだとは思うが……しかしな……」


 そこまで述べたクズは、不意に口をつぐんだ。そして、


「いや、やめておこう……」

「はぁ? どうしてだ? 気になるじゃないか!」


 ミコトは無い物をせがむ小さな子供のように、両手の拳で膝を叩いて駄々をこねた。


「そこから先はおぬし自身の力で気付かねばならぬ事じゃ。人と接して行く上でのう。それはワシが教えて知ることではない」

「なんだ? イマイチ要領を得ないな……」


 眉間に皺を寄せて、口を尖らせるミコトだが、そんな彼女に対し、クズは「くくく……」と笑う。笑われたものだから、ミコトの仏頂面がさらに見れたものでは無くなった。


「なぁに……そうやって人は成長して行くのじゃよ。他人から教えられるだけが全てでは無い」

「そんなものなのか……」


 学業優秀なミコトではあるが、どうもそういった事には疎いようである。まあ、人との接し方を見ても、同世代の者たちのそれとは大分ズレているし、付き合い方が下手なのだろうと、この神狐には理解できた。だからこそ、自分で学ぶ必要があるのだと……。


(この娘は幼子も同然じゃ……)


 腕組みしながら、「う~ん……」と、難しい顔で唸っているミコトを慈しむかのように、心の中で呟いた。

 そこへ、


「あ! こんなところにいたの?」


 プレハブ小屋の正面から回り込むようにして、京華と瑞木が顔を覗かせた。

 さすがにミコトもこれには慌てる。


「わ、わっ! おまえら何でここがわかったんだ!」


 後ろめたい事でもあるかのような慌てっぷり。さながら過疎地で隠棲しているところに突然、刑事がやって来たときの指名手配犯の様相だ。


「何でもなにも……あちこち探し回ったんだけどぉ? ねぇ、瑞木?」

「うん。ここのところ、お昼休みはいっつもどこか行っちゃうから、ウチたちずぅ~っと探してたんだよぉ~」


 まるで何年も探し回っていたかのような物言いだ。


「何? なにか親友であるアタシたちに隠し事でもしてんの?」


 京華は疑わしげな目でミコトの顔にズイッと迫る。


(う……鋭いな……)


 こういったちょっとした変化に明敏な京華は、やはり油断ならない女だと思う。もっとも、ミコトたちからすれば、それで助けられている部分もままあるのだが……。


「べ、別に隠し事なんてしてない!」


 と、一応ごまかしてみるが、


「本当にぃ? ミコトは嘘が下手だからなぁ。すぐに顔に出るのよねぇ……」


 さらに顔を寄せる。

 さすがのミコトであっても、これにはタジタジだ。


「まあまあ、ミコトちゃんだって、ウチたちには言えない事のひとつやふたつくらいあるよぉ」


 こういうときに、いつも助け船を出してくれるのが瑞木だ。こういった状況下では、彼女の存在が本当にありがたいと思う。それこそ天使にすら見えてくる。

 正直に打ち明ける事ができれば、どんなにか楽かとも思う。が、クズの事を話すわけにもいかない。しかし今し方、クズと話していた八雲の事ならどうだ? 京華や瑞木になら話しても良いはずだ。


「実は……」


 ミコトは八雲が元気を失っていることを懸念しているといった、まさにクズに話した通りの事を二人に打ち明けた。


「ああ、その事ねぇ……」


 当然、京華や瑞木も知っている。そして、彼女たちもミコト同様、八雲を心配していた。


「こればっかりはねぇ……事が事だけに、アタシたちではね……」

「難しい問題だよね~」


 この場の雰囲気まで、どんよりしてしまう。


「ん? そうだ!」


 しばし物思いにふけていたミコトが、突然、ポンッと膝を叩くと立ち上がった。


「瑞木! 今日、お店を借りられるか?」

「え? それは別に構わないよ~。でも、何で?」


 きょとんとしている瑞木と京華。またミコトが妙な事を計画しているのだろうという事だけは薄々感じてはいるが、いつも突拍子も無い事を計画するため、瑞木はともかく、京華は何やら嫌な予感がしてならない。


「八雲に発破をかける!」

「はぁ?」


 京華と瑞木は顔を見合わせ、そして首を傾げる。


「だぁかぁらぁ~! 瑞木のお店で八雲を元気づける会を開くんだ!」


(浅はかな……)

 

 京華にはそうとしか思えなかった。

 ミコトの言いたい事もわかる。が、それが得策とは、どうしても思えない。


「あのねぇ、ミコト……」


 と、言いかけたが、ミコトの方は京華の言葉になど耳も傾けず、


「表向きは瑞木のとこに集まって、出された課題をみんなでやるって事にする。でも、その実は八雲を元気づけるためのお好み焼きパーティーだ! うん、我ながら良い考えだ!」


 などと一人で乗り気になっている。


「まあ、言っても聞かないか……。とりあえず、アタシはミコトが暴走しないように見守るしかないね……」

「あはは……」


 半ば、諦めたような口調で頭を振っている京華に対し、瑞木は複雑な顔で、力無く笑った。無論、ミコトはそんな二人の様子など目に入っていない様子だ。


「よし、さっそく鉄平にも伝えておくか」


 そう言ってミコトは携帯電話を取り出して、メールを送ってはみたが……。


「あれ? 送れないぞ?」

「どうしたの?」


 横から瑞木がミコトの携帯の画面を覗き込む。そして、なにが原因か即座に気がついた。


「ああ、そのメアド、古い方だよ~。鉄平くん、メアド変更したんだよ~」

「なにぃ? いつだ? あたし、そんなの聞いてないぞ!」


 同時にミコトは京華に同意を求めるように、彼女の方を振り返るが、京華の方は「アタシは聞いてるよ」といった具合に苦笑いを浮かべながら、手をヒラヒラさせる。


「えっとぉ……一週間くらい前に変えたって言ってたかなぁ……?」

「あいつ……死刑だな……」


 自分だけ教えてもらってないという事実に、ミコトはボソッと険呑な台詞を呟く。目が据わってはいるが、まあ、これもいつもの事だ。鉄平はミコトにも教えたつもりでいて忘れてのだろうし、その事でミコトから二、三発殴られて終わりだろう。

 さらに八雲にも『放課後、みんなで課題をやる。十八時に瑞木の家に集合(強制)』という内容のメールを送る。

 八雲からはすぐに返信が来た。『了解』という実に味気ない二文字。

 とにもかくにも、これで約束は取り付けた。


「よし! 八雲の方はバッチリだ!」


 と、ガッツポーズを作る。

 こうなったら、何が何でも元気づけてやるぞといった意気込みだが、京華はミコトのやる気が空回りに終わるのではないかという一抹の不安を拭いきれずにいた。


「はてさて……どうなる事やら……」


 意気揚々と校舎に戻って行くミコトの数歩あとを歩きながら、京華はため息混じりに呟いた。


 

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