レトロスペクション1
サッカーグラウンドに面した土手で、僕はいつも同世代の子たちがサッカーをしている姿を眺めていた。
サッカーグラウンドとは言っても、特別、整備されているわけでもなく、デコボコの広い空き地に、ボロボロになったネットが辛うじて付いている錆だらけのサッカーゴールが一対置いてあるだけのものだ。
サッカーができるような場所は僕たちが通っている小学校のグラウンドか、この広場くらいしかこの街には無い。小学校の方は地元の少年野球チームやサッカークラブが使用している事が多く、遊びで使用する僕らは必然的にこの広場を使う事が多い。
僕自身もここで遊んでいるメンバーとは一緒にプレイしているという事にはなっていた……けれど、それは上辺だけの話……。
「一人余るから、おまえは補欠な」
リーダー格の男の子にそう言われて、いつだって僕がプレイする機会を与えてもらえない。彼は三つ年上の五年生なので僕には反論の余地も無く、否応無しに見学者扱いにされてしまう。
「じゃんけんで決めれば良いじゃないか」
そんな風に言えればどんなにか楽か……。
もちろん、僕が幼い頃から体が弱く、仮に一緒にプレイしたところで足手まといだからという事はわかる。それでも、そこに公平さは無く、子供ならではの残酷な不条理さが常に存在した。
僕は彼らと一緒にいる事で「楽しい」と感じていた。いや……今思えば、無理矢理そう思い込む事で自分の居場所を守ろうとしていただけなのかもしれない。だから不条理が不条理であると感じなかったし、その境遇にほとんど疑問も抱いていなかった。
いつからだっただろう? 僕がコンクリートで固められた土手に腰掛けて彼らがサッカーに興じている姿を眺めていると、僕から少し離れた場所に二人の女の子が僕同様に土手に腰を下ろしてサッカーを見物するようになっていた。
一人はいつも紫色のパーカーを着た長い黒髪の女の子。そしてもう一人は毎回、色違いのヒラヒラしたチュニックを着たサイドテールの髪型をした女の子。
彼女たちはいつの間にかやって来てはサッカーしている彼らをボ~ッと眺め、時には二人で談笑していた。
二人が僕の家の近所に住んでいる事は知っている。が、名前は知らない。ただ、パーカー姿の女の子はちょっと勝ち気な感じで、サイドテールの女の子は泣き虫で甘えん坊だという事くらいは、何となくだが知っていた。
僕は別段、いつも来ている彼女たちを気にも留めていなかった。が、ある日の事、いつものようにサッカーをしている男の子たちの蹴ったボールがたまたま彼女たちの方めがけて飛んで行き、サイドテールの女の子に当たってしまった。
「どこ蹴ってんだよぉ!」
彼らの一人がそう怒鳴っていたが、土手を転がり落ちてきたボールを拾い上げると、何事も無かったかのようにプレイを再開しようとしていた。まるで彼女たちの事など見えていないかのように。
パーカーの女の子が、
「大丈夫?」
と、サイドテールの女の子を気遣っていたが、サイドテールの子は嗚咽を漏らして泣いていた。
見れば彼女たちはアイスキャンデーを食べていたようなのだが、ボールがぶつかった弾みにサイドテールの女の子は持っていたアイスキャンデーを落としてしまったらしかった。
怪我をした訳ではなかったが、折角食べていたアイスキャンデーを落としてしまった事で泣いていたのだ。
そんな彼女に一声かけるでもなく、平然とサッカーを続ける男の子たち。僕の中で何かがキレた。
「謝れよ!」
気がつけば僕は彼らの中へ割って入り、怒鳴りつけていた。
「何だよ、八雲?」
リーダー格の男の子がムッとした表情を浮かべている。まるで自分たちには全く非は無いとでも言わんばかりに。
「あの子にボールがぶつかったんだ! 何で謝らないんだよ!」
「はぁ? うるせえなぁ」
わかってはいるはずだ。だけど、反省している様子はまるでない。
「いいよ、カンちゃん。八雲なんか無視だ、無視。さっさと続きやろうぜ」
そう言ったのはボールを当てた張本人だ。彼もリーダー格の子と同学年で、僕よりも年上だ。だが、僕はその態度だけはどうしても許せなかった。
殴った……。
喧嘩なんて生まれて初めての事だった。恐らく、僕のパンチなんて蚊ほども効いてはいなかっただろう。でも、僕は怒りに無我夢中で飛びかかっていった。
そして……しこたま殴られ、返り討ちにされた。
気付けば彼らはいなくなっていた。興醒めして帰ってしまったのだろう。代わりにボロ雑巾のようになった僕を二人の女の子が心配そうに覗き込んでいた。
「あの……ありがとう……」
サイドテールの女の子が消え入るような声で言った。
僕は「ううん」と首を振って平静をよそおった。目の前で滅多打ちに伸されていたのに平気なはずは無いのだけど、強がって見せた。女の子の手前、僕にも一応は男としてのプライドがあったし、何となく格好悪くてきまり悪かったからだ。
それが僕と箱根京華、そしてまだ泣き虫で甘えん坊だった頃の筑波ミコトとの初めての出会いだった。
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