第2話 白狐の与えた課題

1 尻尾⁉︎

 ピピピッ! ピピピッ!

 けたたましい電子音でミコトは目を覚ました。眠い目を擦り、緩慢な動きで枕元から聞こえてくる音の発信源を手で探る。

 鳴っているのは目覚まし時計であった。『デコポングリズリー』という、よく分からないキャラクターがモチーフになっていて、お腹の部分が文字盤になっている。

 頭がデコポンになったグリズリー(灰色熊)という、一見ファンシーな姿ではあるが、その表情はよだれを垂らし、牙を剥き出しにした、今にも襲いかかって来そうな狂暴極まりない顔である。

 ミコトはその妙なキャラクターの目覚まし時計のアラームを止めると、ベッドに腰掛けた状態で少し考え込む。

 昨日、藤野稲荷の近くで突然、体調を崩し、そこからの記憶が曖昧だ。恐らく昨日は早めに寝たのだろうが、帰宅してからの記憶も飛び飛びで、ちゃんと目覚ましをかけて寝たことすら覚えていない。

 おぼろげな記憶を辿り、整理してみる。


(確か……変な声が聞こえたんだよなぁ……。それから……)

 

 その直後に体に異変が起きた。しかし、なぜかはわからない。その後の記憶もひどく曖昧であるから、自分一人で考えたところで答えは出そうになかった。

 今朝はというと……いつもと変わらず好調だ。体も軽いし、意識もハッキリしている。


(風邪でもひいたのかなぁ?)

 

 どうも風邪という結論には納得がいかないものがあったが、明確な答えが出ない以上、考えても無駄と判断。さっさと忘れよう……と、立ち上がって学校に行く支度を始める事にした。


(ちゃんと寝間着にも着替えてたんだな……)


 パジャマ姿の自分を見て記憶を辿ろうとする。が、やはり思い出せなかった。

 いつものセーラー服に着替え、下げていた髪をお気に入りの三色団子の飾りがついたゴムでサイドテールに束ねる。そして身だしなみが整っているか鏡の前に立って確認した。

 鏡は勉強机の横に置かれた全身が映る縦長の鏡なのだが、その鏡に映った己の姿を目にした瞬間……ミコトは妙な違和感を覚えた。

 そこに映る自分は確かにいつもの自分。しかし、視線を上から徐々に下の方にスライドさせて行くうち、いつもとは明らかに違う、この上なく不自然な物が視界に入った。

 ミコトのお尻の部分……プリーツスカートの下から、なにやら白いフサフサした物が飛び出している。


「な、なんだぁ?」


 慌てて振り返り、自分のお尻に目を向けた。

 そこにはやはり白いフサフサした物が……。パンツの生地を貫通して、お尻から生えているようだ。


「し、し、尻尾ぉ?」


 素っ頓狂な声をあげる。

 恐る恐る、その尻尾と思われる物に手で触れてみる。

 触れた。柔らかい毛並みで、触り心地の良い尻尾。真ん中が少し膨らみ、尖端に行くにしたがって細くなっていく。手にも感触はあったし、尻尾の方にもまるで自分の物のように触れられた感触があった。


「な、な、なんだ、これはぁぁっ‼︎」


 思わず叫んだ。

 妙な事ではあるが、尻尾にも感覚があるため、自分の意思で動かすことが出来る。ゆっくり上下させてみると、まるで実体が無い物であるかのようにスカートの生地を通り抜けた。

 どうやら、この尻尾は自分自身では触れる事が出来るが、無機物などは接触すること無く、通り抜けてしまうようだ。

 しかし、いったいコレは何だ?


「そ、そうだ! これは夢だ! あたしはまだ目が覚めてないんだ!」


 そうは言っているが、ほとんどパニック状態である。

「あたしよ……起きろぉぉ!」


 怒声をあげて、こともあろうに自らの横っ面を殴りつける。それくらい混乱していた。当然

 のように「ごふっ!」

 加減無しに自分を殴ったミコトは二歩、三歩とよろめく。瞬時に思いっ切り殴った事を後悔した。


「い、痛い……」


 涙目で頬を擦り、あらためて鏡に映った己の姿を見つめる。何度見ても、純白の尻尾はそこにあった。


「朝から何を騒いでるの?」


 金切り声をあげて母の静江が怒鳴り込んで来た。そりゃあ、朝っぱらから大声で叫んでいれば家中に聞こえるはずだ。


「あ、ママ! 何って、こ、これ……」


 単純に尻尾の事を言えば伝わる。が、あまりの事に気が動転して、そのひと言すら出てこない。

 静江は一瞬、訝しげな表情を浮かべたが、すぐに、


「何を言ってるの? 朝ご飯の支度できてるから、遊んでないで早く食べちゃいなさい! 学校に遅れるわよ!」


 それだけ言って、何事も無かったように出て行ってしまった。


「あ、あれ? み、見えてない……のかな?」


 尻尾はミコトのお尻から、ふくらはぎの辺りまで伸びている。そこそこ大きい物であるから、一瞥したくらいでも気がつくほど目立つはずだ。なのに、静江はミコトの尻尾には全く気付いていない様子であった。


(見えてるのは……あたしだけなのか? と、とりあえず落ち着け。落ち着けよ、ミコト)


 自分に言い聞かせる。そして数回、深呼吸してもう一度、鏡に向き直る。

 やはり何度見ても同じ、フサフサとした尻尾はそこにしっかりと生えていた。


(とにかく……あれこれ考えたって仕方ないか)


 元々が切り替えの早い娘である。気にならないわけではないが、現時点では解決策が見つからない。母の言いつけ通り、今はまず朝食を取ることにした。


 

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