3 まず、やるべき事

 ミコトが何事も無かったかのように高等部の校舎に戻ると、校舎の入り口で四人の男女が彼女を待ち構えていた。


「待たせたな!」


 ミコトは口ではそう言いながらも、全く悪びれる様子も無く、むしろいつも通りの尊大な態度で四人の前に立った。


「ご苦労さんだったね、ミコト」


 長い黒髪の女子学生が苦笑いを浮かべてミコトを労う。スラッと背の高い、抜群のスタイルを持つ彼女……。ミコトの幼馴染みで、箱根京華はこねきょうかと言う。


「あの子がミコトちゃんの弟さんなんだねぇ~」


 のんびりとした口調でそう言ったのはセミショートヘアの女の子。背はそれほど高く無いが、ミコトに比べれば上である。柔和な顔のその女の子は箕面瑞木みのおみずき。ミコトたちが中学に入学する時に大阪からこの街に引っ越して来た子だ。


「オレも初めて見たが、もやしっ子って感じだなぁ。オレが鍛えてやろうか?」


 そう言ったがたいの大きい男子学生の膝をミコトはすかさず蹴飛ばす。彼は、


「うごぉっ!」


 と、呻き声をあげて蹴られた膝を押さえた。


「あたしの弟の悪口は言うな! あいつに手を上げたり、罵ったり出来るのは、あたしだけだ!」


 ギラギラした目で屈み込んでいる彼を見下ろす。

 ツンツンした短髪の、この図体の大きな男子学生は羽黒鉄平はぐろてっぺい。彼も中学からの付き合いになるが、その体躯からも想像がつくように、スポーツや喧嘩は人一倍得意としている。が、勉強の方はからっきし苦手で、言わば運動バカという奴であった。

 そしてもう一人……そんなやり取りを無言のまま、弱々しい笑みを浮かべて見守っている男子学生。身長も一六〇センチくらいと小柄で、ちょっとボサボサした髪の大人しそうな少年。

 彼は浅間八雲あさまやくもと言い、京華と同じくミコトの幼馴染みである。

 勉強はかなり出来る方だが、いかにも地味で目立たない学生であるため、クラスでも彼がクラスメイトである事に一年間全く気付いていない生徒も居たほど影が薄い少年であった。


「八雲、相変わらず元気無いなぁ」


 そんな八雲に、ミコトは腰に両手を当ててズイッと迫る。


「そ、そんな事無いよ……」


 やはり蚊の鳴くような声であった。


「ほれ、男なんだから、しっかりしろ!」


 ミコトは彼の背中をバシッと平手打ちした。

 頼り無い八雲をミコトは昔から、なにかと気に掛けている。が、不器用というか、やり方はいつだって乱暴であった。

 ミコトを中心とした五人のいつもと同じやり取り……。この仲間たちがミコトが親友と呼べる、ミコトにとって数少ない気が置けない者たちであった。

 とはいえ、鉄平や八雲に対しては、若干、下僕のような扱い方となっている。


 ミコトたちは教室で高等部での簡単な説明を担任教諭から受けた。中等部から高等部に上がる際は、特にこれといった入学式のような事は行われない。中等部の入学式と同日に全校生徒の始業日となっているため、始業式は入学式の後、同じ体育館で行われることになっていた。

 ミコトは一学年の二組となったが、どういう偶然か、はたまた学校側の狙いなのか、ミコトを含めた五人の仲間たちは同じクラスにされていた。厄介者のミコトを抑える要として彼らを全て一緒にしたという噂もあるが、まあ、ミコトにしてみれば親友と呼べる仲間が同じ教室にいつも勢揃いするわけだから、願ったり叶ったりだ。

 担任教諭からの説明が終わり、始業式までは二十分ほどの休憩となった。

 ミコトは早速、席を立つと、


「中等部の校舎に行く!」


 と、仲間を集めて、足早に教室を出て行こうとする。


「はぁ? なんでまた?」


 京華の質問に対しミコトは足を止めるでもなく、大股に歩きながら後ろを振り返り、


「あたしから新入生に、ちょっとした注意事項だ」


 光る八重歯を見せ、不敵な笑みを浮かべた。


(ああ、今年もですか……)


 四人は心の中で同じ事を呟いていた。

 毎年、新入生には自分の存在を知らせておき、恐怖によって抑え付け……いや、ミコトに言わせれば悪事を未然に防ぐ……といった手法を取っている。

 ミコトはそんな事を大まじめに行っているのだが、四人は半ば呆れ顔で彼女の無茶苦茶なやり方を見守っていた。もっとも、彼女に強く反発出来ないという理由もあるにはあるが……。


「しかしよぉ……高等部に上がっても続けるたぁ、ご苦労なこったなぁ……」


 鉄平が腕組みしながら面倒臭そうに呟くと、ミコトは「チッ、チッ」と人差し指を立てて、


「今年は特別だ」


 いつにも増して、使命感を帯びた表情を見せた。

 高等部校舎と中等部校舎を繋ぐ連絡通路を颯爽と通り抜け、中等部校舎の昇降口付近まで来ると、ミコトは何も言わず、突然足を止めた。そして掲示板に貼り出されたクラスの振り分け表を、まるで親の仇でも睨みつけるかのような目で見上げる。

 ミコトの探している名前はすぐに見つけた。


「四組か……」


 誰とは言わなかったが、ミコトのその一言に幼馴染みの京華は、彼女の狙いが何であるのか、言われずとも大体のところは把握することが出来た。

 他の三人が今ひとつ理解できていないでいる中、京華だけはスンと鼻を鳴らし、黙って頭(かぶり)を振っている。


「京華、どういう事?」


 京華だけがミコトの狙いに気付いていると悟った八雲が小声で尋ねると、


「鉄平と瑞木が気付かないのは分かるけど、あんたは幼馴染みなんだから、すぐに気がついてもおかしくないんじゃない?」


 鈍い男だとでも言いたげに、一年四組の生徒一覧を指差す。

 八雲はその一覧にしばらく目を通すと、やがて「あっ!」と声をあげた。

 京華たちがいつまでも組分け表の場所で立ち止まっている事に気付いたミコトが、


「ほらぁ! おまえたちもさっさと来ぉ~い!」


 と、両手の拳を振り上げて急かした。まるっきり絵に描いたような急かし方だ。


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