狂犬の苦悩にキツネは笑いけり
夏炉冬扇
プロローグ
「ママ、お化けって本当にいるの?」
そんな幼気な質問を投げかけたのは、五歳くらいの小さな少女であった。髪を赤いポッチリの付いたゴムでサイドテールに束ねた可愛らしい女の子。その女の子が無垢な透き通った瞳で母親の顔を見上げる。
「そうねぇ……」
母は些か困った表情を浮かべた。
どうも現実主義な彼女は、こういった質問に対して、どのように答えて良いものか、ある種の苦手意識のようなものがある。さりとて、こんな幼い娘の夢を壊してしまうのも大人として、親として如何なものかと思う。
だからこそ、この手の質問にはいつだって答えに詰まってしまう。
「お爺ちゃんだったら、よく知ってるんでしょうけどねぇ……」
そう言ってはぐらかすのも、最近になって覚えてきた。
ふ~ん……。
そんな曖昧な回答に何の疑問も持たない娘がなんともいじらしい。
「じゃあ、お家に帰ったら、お爺ちゃんに聞いてみる!」
期待を込めた顔で楽しげに答えると、女の子は母親の一歩先をスキップしながら進む。足取りも軽やかで、まだ、物事になんの疑いも持たない年頃……。
そんな無邪気な娘を母は少し悲しげな目で見つめる。
(この子はお父さんの顔も覚えていない……。父親を亡くした事に何の疑問も抱いていないのね……)
それは良くもあり、悪くもある。
昨年、自動車事故で父親を亡くした事が幼い娘には、まだよく飲み込めていない。それ故に不憫でならなかった。
(こんな質問を投げかけて来たとき、父親がいれば違うのかもしれないけど……)
そんな風に、ついつい弱気になってしまう自分もいる。
幸い、自分の義父……つまり、この子にしてみれば祖父にあたる人物と一緒に暮らしているため、彼が父親代わりにもなっているが、この先、色々な事がわかってくる年頃になると難しいかもしれない……。
それが不安材料でもあった。
「ママ、どうしたの?」
母の表情の変化に気がついたのだろう。女の子は頸を傾げ、母の顔を覗き込む。
ちょっとした変化にも敏感に反応する。聡い子だ……と、つくづく思う。
「ううん。なんでもないわ……。それよりも、本当にお化けがいたら、どうするのかしら?」
すると女の子は、しばらく宙を仰ぎながら考えると、
「う~んと……、お友達になるの!」
朗らかな笑顔を見せて答えた。
「まあ! 恐くないの?」
「う~ん……わかんない……」
ブンブンと首を横に振る娘に対し、母はクスッと声をひそめて笑う。
お化けと友達になりたいなどと言う子供も珍しい。頼もしいと言うか、変わってると言うか、普通の子と感覚の異なる我が子を母親は、この先、楽しみだと感じていた。
親バカかもしれない。しかし、この子は特別な何かを持っている……。そんな気がしてならなかった。
それから十年あまりが過ぎた……。
まさか、こんな事になろうとは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます