懺悔:何故私は「お前、才能ないよ」と言えなかったのか~巻の2~
「俺、才能無いよ。絶対に無い」
「そんな事ないって!後藤は頑張ってるし、僕は後藤の芝居好きだよ」
声優専門学校2年目、残り3ヶ月で卒業。Tは声優事務所の所属オーディションに落ちまくる私を慰めてくれていた。Tは「そのオーディションに落ちると時間的に後がない」事務所一本に絞り毎日練習を重ねていた。
誰もがTの考えを無謀と言った。普段進路についてはアドバイスをする程度の講師ですら「もっと多く受けろ」と何度もTに伝えていた。Tはキラキラした笑顔で
「僕の……夢だったんだよね。あの事務所に入るのは。だから自分の力を信じてやってみるよ!後悔したくないからさ……」
と、遠い目で新大阪の灰色がかった空を見つめてつぶやくばかりだった。
私はそんなTが羨ましかった。私が持つことができなかった、あの頃から18年経った今も持つことができていない「自信」を持っていた。もちろん、本心は分からない。しかし、自信があるように擬態しきるのも自信がある故だ。
Tには危うい所があった。目標に対して一直線なのだ。ただただ猪突猛進。どんな困難や難題にぶち当たっても真っ向勝負で進もうとする。私は真逆だった。困難があれば裏から周り、難題は避けて通った。
また、Tはどんな状況でも自分の判断を大切にし、他の人の意見には耳を貸さなかった。私は逆に人の意見から折衷案を抜き出して用いるタイプで、Tから「もっと自分を持て」と言われることもあった。
表現に従事する人間が一番言われるであろう言葉は「自分の意見を持て」だ。自分自身を売っていく世界、自分が商品、当たり前の言葉だ。しかし私は自分の意見を持つことが出来なかった。声優を目指してまだ2年も経ってない。そんな状況では信じるべき自分自身も固まっていない。
だからこそ、自分の意見、考えを持つTが眩しく見えた。私はTや他の人の意見も聞きながら事務所オーディションを受けた。そうすることで、準所属とはいかないが、それに近い待遇で拾ってくれる事務所が見つかった。
声優専門の事務所ではないが、俳優方面にも強い事務所で、多くの演技を学び「信じるべき自分」を作るためにその事務所に決めた。
自分自身が安全圏に入ると、途端にTのことが心配になった。Tは本当に無謀なことをしているのではないか?いや、あそこまで自分に自信があるTだ、何かひと波乱起こすのではないか?しかし、Tに対しての周りの評価は芳しくない。
・変にアニメっぽい
・役に合わないことをやりたがる
・他の人のセリフを聞いてない
割とボロカスに言われてはいるが、私達はこの時点ではまだ声優の原石、固まってしまった人間よりも何かぶっ飛んだ人間の方が目に付く。だからこそ、少し変わっているTが目に付くのではないか?しかし、その事務所を狙っている人間は実力者ばかりだ。既に小さい事務所で所属待遇で決まっている人間や学校が「こいつを売る」と決めている人間も受ける。講師に至っては「T君はそこに行っても仕事はないよ」と言い切る人もいる。
それでも持ち前の明るさでただ前を向いて、上を向いてやりたいことやるT。薄ら寒い何かを感じる前向きさ。しかし、それが彼のエネルギーの源泉なのだ。その力で大逆転劇をカマしてくれるかもしれない。
ついにその事務所のオーディション当日がやってきた。Tはいつも以上に気合が入っている。私が話しかけても何か違う。
「落ち着いて頑張りなよ」
「ありがとう、僕は……僕だからさ」
「どうした」
「いや、別に……たださ、夢見た場所に来れたなと思って……」
「がんばってくれ」
「ありがとう、ま、やれるだけやるさ」
これは物語ではない。実社会でこんな言葉を掛けられたなら、今では即ツイッター送りで嘘松認定だ。しかし本当にそう言ったのだ。そう言う人間が集まる場所が声優専門学校なのだ。
2年目にしてその深淵を知った私は見守ることしかできなかった。オーディションを受けるために別の教室に移動を開始する実力者達。実力者は見た目も良い。流行のファッションを取り入れ、人によってはモデルのようだ。Tはバンダナを両腕と頭を合わせて5本使用する斬新なスタイルで教室を後にした。
「後藤君には先を越されたけど……ま、東京で美味い飯屋見つけたら案内してくれよ」
「来年、絶対に来いよ」
「どーだかねー……ま、俺はやりたいようにやるよ。これからも……さ」
「大丈夫か?」
「何が?僕はいつだって僕だよ。ほら、新幹線来るぞ?」
「じゃあ、また近いうち。ゴールデンウィークにでも遊びにきてよ」
Tはいつも通りの笑顔で私を見送った。少しは心にダメージを食らっているのかと考えたが、それは気のせいだった。
思えば彼の心はこの時には崩壊していたのかもしれない。
懺悔録 ポンチャックマスター後藤 @gotoofthedead
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。懺悔録の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます