懺悔:何故私は「お前、才能ないよ」と言えなかったのか~巻の1~

 Tは18年間声優を目指している。現在38歳。独身。私とは声優専門学校からの付き合いだ。Tはコンビニのバイトを続け、たまに声優志望者仲間と集まり練習をしている。

 私は36歳。22歳で俳優としてデビュー、25歳で声優事務所に入り声優デビュー、その後は将来の不安に恐れをなして社会人として働いている。


 「才能が無かったんだ。努力もしなかった」


 これは私が周りの人に伝えている声優を辞めた理由だ。


 需要がない。ただ時間だけを浪費して、声優として生きていく。少ない仕事を頼りに大量のバイトをこなして毎日を過ごす。


 声優の仕事があるかどうかは17時ごろに電話で伝えられた。

「後藤さん、お疲れ様です。来週土曜日収録です。資料をメールします」

 この一言を一日千秋の思いで待ち続ける。もちろんこちらからもアプローチをする。新しいボイスサンプルを作りマネージャーに渡す。先輩に指導していただき新しい武器を作る。期待されたオーディションを落ちる。オーディションが無くやらせてもらえる仕事は全力でやる。


 年齢と共に心が折れそうになっていく。自分より上手い後輩が生まれる。追いつこうと必死に数年やってきたが、気がつけば追い越されないように必死で走り出している。自分が何をしているのかわからなくなる。

「声優として最高の演技がやりたいのか?」

「この世界で生き残りたいのか?」

「やめる勇気がないだけじゃないのか?」

 その全てだ。現役時代には消化できない思いが常に心から生まれ、常に心が死に、常に心が蘇る。過剰な代謝が生み出すのは焦燥、消耗、諦観。


 私には乗り越える才能がなかった。簡単に言ってしまえばそれだけだ。それだけの理由で走れなくなった。拙作「ばあれすく」を読んでいただいた方には信じられないが、本当にどこにでもある理由で私は途中下車をした。

 ただ、後悔はない。やれることはやった。そしてやった上でダメだった。もちろんもっと他にやれることはあったに違いない。しかしその瞬間に思いついたことは無理なことでもやった。そしてダメだった。ションベンの色が鈍色になるまで追い込む。練習のために睡眠時間も削る。光り輝くあの場所に立つために暗闇の中で幾度となく叫び声をあげた。


 だからこそ私は全ての呪縛から解き放たれた、尤も、こんな文章を書いている時点で真の意味で解き放たれてはいない。


 夢は呪いだ。夢が人を殺す。


 上を向いて歩いてぬかるみに足を取られる。夢を見ている限り自分が危険地帯に居ることに気がつくことはない。絶体絶命の危険地帯ですら自分自身で「これは大切な試練なのだ」と納得してしまう。


 夢は本能、理性、経験から作られる方位磁石を完全に狂わせる。また、全てが噛み合った時にはより正確な精度を示してくれる。全ては結果を確認してから正誤判定される。


 結果は残酷に結果だけを示す。だからこそ結果を受け入れ、結果に従うことができる。イエスノー、○×、中間はない。どれだけ迷っていても、どれだけ心に決めていても必ず結果を伝えてくれる。結果に従う。時に抗う。どの方向に進むにしても背中を押してくれる。


 その結果を見ることができければ?

 その結果を先に伸ばし続ければ?

 その結果が生まれない選択肢を選べば?


 もちろん常に続けることができる。それはいつまでも無限にだ。


 この物語は、終わった男が途中の男に過剰なお節介をブチかます友情の物語である。

~続く~

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