懺悔:何故私は表現活動を続けてしまうのか~巻ノ3~
「良いよ。久しぶりに会いたいし。でもまだやってたんやな」
「まだって何よ。私、ずっとやってたけど後藤君が見に来てくれへんかっただけやんか」
「やっぱりやってる時は見に行きたくない気持ちあるで。じゃあ、19時の部で1枚」
「ありがと~! 仕事大変やと思うけど頑張ってや」
「雛子も無理せんときや」
声優専門学校時代の仲間が出演する舞台に私を誘う。普段全く連絡をよこさない奴らが舞台の時だけ声をかける。そんな状態になった自分を「ノルマ野郎」と呼び、共に研磨した仲間からそんな時にしか声を掛けられなくなった現状を思い知る。
彼ら、彼女らからすると私には価値が無くなったのだ。共に芝居をやる訳ではないし、私がおいしい仕事やコネクションを紹介することも無い。舞台などをやる時に自分のノルマを一枚分だけでも緩和する事ができる相手。人間以下の扱いになってしまっているのが正直な所だ。
「後藤に見て欲しい」
「成長を感じてほしい」
「私の集大成」
昔の仲間が多くの妄言で私を呼ぼうとする。普段一つの連絡もよこさない奴らが。
先程の電話の相手は雛子という声優専門学校の同期だった。18の時に出会ったので干支一周と少しの付き合いだ。10ヶ月程、私が32歳の誕生日を迎えた時にたまたま雛子から連絡があった「誕生日おめでとう~!昔の手帳見てたらたまたま後藤くんの誕生日だった笑」たったそれだけの連絡がきっかけだったが、雛子と週に1度くらいはメールをするようになった。私が芝居から足を洗ったことも伝えた。雛子は小劇場を中心に芝居を続け、生活のためにスナックで働き続けて在店8年目のベテランになっていた。そんな雛子から芝居を見に来ないか?と誘われた。普段ならにべもなく断る所だったが、なぜか妙に気になり見に行くことに決めた。劇場の場所が家から自転車で行ける江古田だったのもあるかもしれない。
なぜ人の芝居を見に行けなくなったのか。理由は簡単だ「私の方が上手くできる」その思いがあるからだ。出来事だけを詰め込んだ先の読める台本、正面を向いて大きな声を出す陳腐な芝居、『ここで泣け』と言わんばかりにフェードインする流行歌、終演後にはチケットノルマ共同体とも言える演劇繋りの人間があふれかえるロビー。
いずれアポトーシスが起きる場所に興味を無くし、いつしか足は遠のいていた。小劇場とその場所に集う人間が纏う自意識ほど醜い物はない。一生失敗を続けて練習を重ねていろ。そこまで同胞を憎んでいたが、自分が輪廻から解き放たれた今、「後藤は芝居を見に来ない」との情報が流布された今、サラっと誘ってきた雛子の芝居を見ることにした。
芝居の当日、18時定時の仕事を終えて西武池袋線に乗る。何度も洋画の吹替えを行ったスタジオがある椎名町を超えてしばらくすると江古田に付いた。日大生だろうか?早速芝居の話をしている若者がいる。話題は商業演劇の批判だ。あまりにもお誂え向きな空気に背を向けて小さな劇場へ向かう。開場はしているがまだ開演はしていない。劇場の外に作られた簡易喫煙スペースで一服する。この瞬間、開演までの間、雛子は何をしているのだろうか。学生時代のように三角座りでうつむき、お題目のようにセリフを反芻しているのだろうか。それとも体を動かしアップしているのだろうか。
私は自分が役者として舞台に出演する時、最初に登場する役の状態に体を合わせていた。息切れして舞台に走り込んでくる役なら非常口の階段を昇り降りし体と精神を役にリンクさせる。板付きで重苦しい言葉を言う役なら楽屋で一言も発さずに出番を待つ。何か起こしそうなエキセントリックな役なら思考を垂れ流して突飛な想像を繰り返す。完成された物以外は舞台に出してはいけない。客から金と時間を奪うのだ。それは生命を奪うことと同意だ。
2本タバコを吸った。スタート5分前。受付で雛子の名と予約してある私の名を伝える。雑なデザインにけばけばしい色のチケットを受け取り日高屋のレシートまみれの財布に滑り込ませる。このチケット文化もハッキリ言って無駄だ。プロっぽいムーブをするために、役者であることの自己催眠のために行っている行為だ。こんなところに無駄な金をかけるのならチケット料金を少しでも下げるべきだ。
正しいこと、正しくないこと、その全てをなぞり成長しない演劇の世界を嘲りながら固く座りごこちが悪い椅子に座る。背中を預けるとキイキイと耳障りな音がして集中できない。90分近く人間を便所にもいかせずに軟禁するのなら、こういう場所に力を入れろと心で愚痴る。
象徴的なバイオリンの音が大きくなり、それに合わせて照明が落ちる。そう言えば今日の演目も雛子がどんな役をするのかもわからない。パンフレットに目を落とそうとした時、世界は闇に包まれ舞台の上で神が蠢きはじめる。
蛇蝎のごとく嫌った彼らが急に美しく感じる。結局この場所に座っているのも、私の中で仲間を見る目がまだ生きているからだ。この思いを消さないでくれ。俺を驚かせてくれ。その願いが届いたかのように舞台に薄い光が下りていく。
結局は悲しい気持ちで舞台を見終えた。先の読めるストーリーにアクセントを間違える役者。実生活ではしないだろうコミカルな動きに関係者だけが笑う内輪向けのメタネタ。雛子は学生時代のイモ臭さが抜けていた。キャバ嬢の役だった。髪を金色に染め、猥雑なことばを喚き散らし、場を笑わせるタイプの役だった。雛子の芝居の癖は何一つ変わっていなかった。自分のセリフを言う少し前からまばたきが増え、セリフを言う直前に首を一瞬動かす。どこでどんなシーンだろうと雛子が何かアクションを起こすのが分かると興ざめだった。それに演出もひどい。これでもかと有名な洋楽をバックにならし、音楽の力に頼った感動的な言葉の連呼でカタルシスを作ろうとする。最後の最後に流れた曲がオアシスのGo Let It Outだった時、悪い夢でも見ていたんじゃないのかと頬をつねりそうになった。
「役者との面会はロビーでお待ち下さい」
どうにも消化しきれない気持ちを抱えた私は足早に劇場を去ろうとしたが、座っていた位置が悪かった。狭い劇場に無理に客を詰め導線も考えずに補助椅子を置く。役者や主催者の都合だけが考えられたいびつ な場所から早く出たくて仕方がない。やっと出口が空いてきた。仕事の資料などが入った重いカバンがより重く感じる。
ロビーはさっきまで舞台にいた役者達があっちこっちで自分が呼んだ客と話している。もっと、もう少し夢を見させてくれ。気に入らなかったとは言えさっきまで神として私たちの前で演じていた人がもう地上に降りるのか?早すぎやしないか?
以前、劇団に所属していた時に「客出しは辞めましょう」と提案したら「客に失礼だ!」と説教を食らった。それで失礼だと思う奴なんて客じゃねえよ。アフターフォローはてめえがやれよ。
人を掻き分け劇場を出ようとすると、雛子に声を掛けられた。金髪はウィッグだったようで小さくまとめた髪の小さな女が立っていた。
「ほんまに見に来てくれたんや。ありがとうな」
「久しぶり。ええよ。また誘って」
「どうやった?」
「何が?」
「芝居に決まってるやんか」
雛子の顔付きが学生の頃に戻った気がした。その目には年を取り衰えた私が映っている。
「良かったよ。面白かった」
「……そう。良かった。またメールするな」
雛子と軽く握手を交わし劇場を出る。今日は木曜日、明日も仕事だ。江古田から自宅まで歩いて30分程。適当な店で一杯ひっかけ今日の出来事を振り返る。何をどう考えても私が出るか演出する方が良い物が生まれたと考える。観客は身勝手でその身勝手で最たる物と言える役者。さらに平等の立場として意見も言えない元役者の私はノートを取り出し、今日見た芝居の乾燥を書く。舞台セットを書く、演出プランを考える、頭に残っているセリフを改稿する。
昔から舞台を見た後はそんなことを繰り返していた。その舞台、芝居が持つ可能性を広げられるだけ広げ、新しい可能性の中で自分を演じさせる。共演者は自分が好きな役者。都合の良い想像で都合よく拍手喝采を想像する。
もう、舞台に立つこともない私が。
次の日は普通に仕事をした。土日はダラダラとゲームをして過ごした。また新しい週がはじまり、カタログの締め切りに向かって作業が山積みになる。
昼休み、
釈然としない気持ちでスクロールすると、明らかに手打ちの文字列があった。
「後藤君、あんまり舞台気に入らなかったやろ?ロビーで話した時わかったで。昔と全然変わらんかったから今でも思い出して笑ってしまう笑 ほんまに来てくれてありがとう!今度飲みに行こ☆」
私は、私はありがたいことにまだ変わりきれていないらしい。朝でも夜でもない半端な世界に生きている。トドメを刺したはずだと思っていたのにまだ思っているだけだった。
金色のスープを啜り小さく息を吐く。今までより、少し気が楽になった。視界の隅で異形が座り微笑みかけてくる。
「思い出した?」
素知らぬ顔で
~続く~
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