懺悔:何故私は表現活動を続けてしまうのか~巻ノ4~

 頭の中にステージがある。そこに多くの駒を置く。手を叩くと一斉にドラマを作り出す。多くの観客が見ている。私は劇場の外で声だけを聞いている。

 自分自身で都合よく作り出したステージは見ることができない。見ることはできるが、自分自身にだけ違う形で見えるのだ。それは時にダイヤモンドであり、時にダイヤモンドを掘り出す労働者が割った酒瓶の欠片にもなる。


 雛子の舞台を見てから頭の中で舞台演劇が再生され続けていた。気に入らなかった作品を頭の中で何度も何度も再構築する。再構築して上演するごとに洗練されていく。頭の中で独りよがりに何の責任も無く世界を作る。雛子をはじめ演劇をやっている人間に比べて圧倒的に背負っている思いやリスクが少ない。1人だけの世界で何のリスクも背負っていない。ただ空虚な時間を消耗するだけだ。


 私は働くのは懲役刑だと考えている。働くことを最初から望んでいた方はそれが目的であり、崇高な人生の目標である。私の目標は声優・役者として表現の世界で生きることだった。10数年それを続けて飯が食えない恐怖や同年代が出世していきマイホームを購入したりする光景に恐れを抱き逃げてしまった。


 逃げた私が戦っている誰かを安全圏から批判している。現役だった頃はそんな奴が一番嫌いだった。せめて自分と同じ立場にあがってきてから言えと感じていた。時間は進む。嫌でも進む。例え私が死んでも進むし、世界そのものがなくなったとしても進み続ける。

 秒、分、時間、人間が勝手にカテゴライズした概念ではあるが時間やそれに変わる概念は進みつづけ動き続ける。それなのに私は過ぎ去った時間ばかりを気にしてしまっている。


 後悔は無い。10数年遊んで暮らした。その分の責任を果たすために今働いている。楽しくなくても良い。苦しくても良い。それだけの時間を味わい尽くした。やれることをしっかりとやり、責任を果たす。それだけで良い。もう表現なんて恐ろしい世界に戻りたくない。しかし何かが燃え始めていた。それは美しい真紅ではなくどす黒い炎だ。ドロドロのマグマが表面を冷やされ黒くなり、ところどころ赤いマグマが走っている。シンゴジラ最終形態をもっと醜く汚した何かだ。


「俺の方があいつらより良いのに俺はもう何もやっていない」


 不遜この上ない。どこまでも失礼だ。リスクを背負って生きている人間への侮辱にこれほどの言葉はない。どもまでも落ちてしまった。成りたくない自分になってしまった。今日は日高屋には行かず会社の近くの公園でコーヒーとタバコで健康的な昼食を摂る。


 今、もし今もう一度表現をするとなるとどうなるのか?いや、まずは表現をしたいのか?演劇とバンドを続けてきた。バンドは完全に趣味と割り切っている。金を支払い大きな音を出して陶酔する。観客がどう思うなど考えていない。私にとってバンド活動はエンターテイメントフューチャリングマスターベーションwithスーパーモンキーだ。表現までパッケージングされない『表出』を楽しんでいるだけだ。

 グツグツと粥を煮込む時に聞こえる音が体内から聞こえる。たまに鍋の蓋を押し上げボンと鳴る。少し離れた場所にいる私は不意の大きな音に驚いたりしている。


 何かはしたい。したくなってきている。しないと私が気に入らない世界に言葉を伝えることができない。観客は感想しか伝えられない。今後、平均年齢まで生きるとして40年以上この思いを持ちながら生きねばならないのか。何かをやりたい。しかし何もできない。今から何をするんだ?頭を下げてまたすぐ芝居に戻るか?無理だ。じゃあ何をする?Twitterの住人みたいに漫画でも描くか?そうだ、今はヘタウマが受ける。一緒描くか。だめだ。ヘタしか生まれない。


 ため息を折り重ね毎日を生きることに決めた。


 とある時、バンドの仲間と出会い色々と話す内にとあるweb漫画の話しになった。

「高井戸人格読んだ?」

「読んだ。衝撃だった。すごすぎる」

 高田馬場の居酒屋、キンミヤ焼酎が2本目に差し掛かった頃、Twitterの話しとなり、彼らがフォローしている人の表現活動を聞き、その場で検索。なんだかとんでもない、見たことがない世界が広がっている。男性器名称を叫ぶアカウント、スクリーンショットを撮りキテる人を紹介するアカウント、薬物乱用をアピールするアカウント、毎日をため息の中で生きていた私は狂気渦巻く世界が気になり今はもう凍結されてしまったアカウントを作成した。


 誰もが自分の思うままに叫び、ほたえ、狂っている。どこまでもアバンギャルドな表現空間がそこにあった。仕事の合間に私も真似をして男性器名称をツイートし、乾いた笑いを浮かべることで味気ない毎日をごまかしていた。


 同時期、専門学校の後輩の家に遊びに行くと「小説を書いている」と言う。どこの事務所にも受からずにとりあえず東京に来た後輩は昔から好きだった小説を書いていた。嫌がる後輩を酒で懐柔しその小説を読ませてもらう。あまり小説を呼んでこなかったのでわからないが、『超人が集まる学校に転校してきた古龍の血を引く主人公が色々戦う』感じだった。設定やキャラクターの絵は沢山書いているが、文章自体は少ない。その事を尋ねると「今はまだ構想段階なんですよ」と苦笑いを浮かべる。

 小説なんて誰も読まないだろうし稀有な奴だと流し、適当に酒を飲み帰る。その時、私は自分自身が文章を書くなんて考えていなかった。なぜなら文章は面白くないからだ。文字が紙やキーボードに踊ることがあっても、そこから抜け出すダイナミズムは感じない。私がやってきた芝居やバンド活動の方が表現としてはパッケージングされていると感じていた。


 考えてみれば表現なんて山ほどある。芝居、音楽、漫画をはじめファッションやフェティッシュ、造形、絵画、自分が『これをやりたい!』と感じた瞬間それは表現としての特性を手に入れる。


 何がしたいのかわからない。だけど何かがしたい。気がつくといつの間にか心から湧き出る『表現』を待ちわびるようになっていた。待てども待てども現れない。何もなくなった私が怒りからとはいえ動きたいと念じた瞬間に心から表現が消えていた。理由は簡単だ『やれることを探している』からに尽きる。やりたかったら理由を問わずやれば良い。それが自分自身の人生だ。何を恐れることがある。先にあるのを恐れる愚かさは宝くじが当たったら何を買うか考えることと同じくらい愚かだ。当たったら当たってから考えれば良い。やりたかったらやってから考えたら良い。そこに到達できない=『やる』という形を求めてしまっているだけだ。

 自分がやりたいからではなく、何もできない自分を殺すために何かをはじめようとする。完璧に間違ったスキームだ。そんなので何かできるはずがない。私が声優をシていた頃は何も考えずにぶつかっては大怪我をしてまたぶつかっていた。THRASHERのTシャツを着て派手にすっ転ぶスケボー野郎の勇気だ。何度も何度も同じ技を練習する。足や腕が折れる。治るとまたやる。やり続けてやれるようになる。

 その熱意、意志力。それがまだ湧き上がってこない。何をしたいかわからないからだ。意志力は推進力だ。だからこそ方向性が決まっていない限りはろくなことにならない。同じ場所をくるくる回るか壁に激突して死ぬか。またはそもそも動かない。


 自分が失敗する様子をただただ冷笑することで毎日を過ごしている。時間が過ぎ続けている。他人を笑っているだけならまだ救いようがある。それは自信の発露の可能性もある。自分を笑うようになってしまっては終わりは近い。何もできない自分を笑うことでチャンスを放棄し延々と無駄な時間を過ごし続ける。恐怖を笑うニヒリズムと自覚した所ではたからみれば根性なしの暇つぶしだ。


 親孝行したいときには親はなし。表現もしたい時にそのフィールドがない。フィールドを探す時点でもう不純だ。純粋な表現じゃない。襲いかかるような。私が現役時代に求めていた最大の表現は「俺を見て芝居をやめる奴がいてほしい」だった。それだけ圧倒的な形を作り、牙を剥き、対象を殺す。そこまで純粋な攻撃力を持った表現を求めていた。一撃で殺しに来る表現。私は芝居以外に知らなかった。


 またバンドの仲間と合うと多少名前が分かるようになったクラスタの話しをしている。何が面白いのかを聞くと、とある人の小説が面白いと言う。小説なんて文字の羅列の何が面白いのか。聞き流していると、仲間同士で盛り上がりはじめた。その人の作品で何が一番面白いのかを話している。

 話に加わりながらも蚊帳の外にいる実感は拭えない。適当に相槌を打っていると仲間の1人が言う。

「あの、食人の話。あれめちゃくちゃ面白いよね」

「あれ凄い。本当に凄い」

 食人の話?そんな小説があるのか。小説と言えば少年少女が頑張ったりリナ=インバースがドラゴンをまたいだりする作品じゃないのか?妙に気になりその作品がアップされているURLを教えてもらう。


 思えばこの時が出発の瞬間だったのだと考えている。


~続く~

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