懺悔:何故私は表現活動を続けてしまうのか~巻ノ7~
3週間で10万字を書く。なぜならP社のレギュレーションがそうだったからだ。レギュレーションとマニュアルには従う。なぜなら社会人だからだ。社会人は小説なんて書かなくて良い。なぜなら仕事があるからだ。ではなぜ書くか?それがわかっていたら30歳過ぎるまで声優なんてしてなかっただろう。
小説を書き始めて3ヶ月。小説には『プロット』という物があると便利だと知った。しかしプロットなんて書き方がわからない。筋書きなんて書いていたら心の中の表現が火を吹きあっという間に4万字程度になった。だったら10万字を2回書くほうが効率的では?しかしそんな時間はない。一度書いたプロットを脇において登場人物だけ一気に書き上げる。メインキャラの性格付けをする。主人公、自分自身、声優専門学校でただの傍観者として何もできなかった人間。悲しいことにそれが全てだ。周りには魅力的な人が山ほどいた。登場人物を作れば作るほど自分自身に欠けていた魅力や足りなかった能力が浮き彫りになる。よくもまあそんな状態で10年もプロとしてできた物だとため息が出た。
思い返せば私は何もできなかった。何も残せなかった。声優として秀でた部分は本当に無かった。全くの無個性。声、演技、見た目、全てが平凡またはそれ以下だった。それでも生き残れたのは生き残り方を考え、外交にステータスを全て叩き込んだからだ。少ない仕事の時はディレクターが手がけた作品を全て記憶し、雑談の中でその監督がインタビューで話した事を自分の考えのように話し『こいつわかっとるな』と思わせたり、ゲームなどの仕事に行けばそのメーカーが出したゲームをやりこんだように見せかけ『こいつ本当にうちのメーカー好きなんだな』と思わせる。そんな綱渡りの嘘の上で生きてきた。本当の実力では周りに太刀打ちできない。だからこそイミテーションの力で乗り越えてきた。私ができる声優的技は声優なら誰にでもできる。私の技はシロウトしか騙せない。
結局何も積み上げてこなかった人間が少し勢いづいた小説で人生逆転を狙う愚かな算段でしかない。結局は今回もイミテーションだ。書けている風だ。読んできた作家の文体を上手く抜き出し、少し変わったシチュエーションを書いているだけだ。
結局私は表現の世界にいながら何一つ自分を表現することができなかった。いや、表現することがなかった。それだけの熱意がなかった。なによりも勇気がなかった。本気でやると死ぬからだ。死ぬともうできないからだ。一か八かの大博打なんて意味がわからない。死ぬともう張れない。そんな状態で生きながらえただけの10年だった。
プロットを読み直す。『人に読まれる事を前提に書いた文章』だ。結局は自分が書きたいこと、伝えたい事が何もない。折角の題材、自分自身の過去を書く。自分自身の一番プリミティブな部分を書こうとしているのにそこはイミテーションで塗れた20年程前のバンコクみたいな景色が広がっていた。一本裏道に入ればもうどうしようもない。
イミテーションにこだわるか
全てをさらけ出すか
イミテーションだ。ニセモノでもやり続けたら、やり続けたら誰か勘違いしてくれる。それに文章の初心者だ。何をやっても良い。何度も何度もやってその上で判断すればいい。受けるダメージを最小限にして攻撃を繰り出す。どうせ死ぬとしても今死ぬのはもったいない。そうだ。そうしよう。まだ初心者だ。何があっても殺されることはない。殺されるとしてもそれは自分自身だ。自分自身の表現を殺すだけだ。しかし、それは絶対にやっちゃいけない。
まだ、まだ間に合うのかもしれない。32歳になっていた。もう色々と終わっている。何が間に合うだ。俺はまだ表現で生きようとしてしまっているのか?それができなくて今がある。なのにどうして進もうとしている。あの不安と恐怖の中に戻りたいのか?静かに暮らそうよ。前に出るとお前を殺す存在が増えるよ?ゆっくり毎日の楽しみでやれば良いじゃないか?誰もお前を殺さないんだ。お前は毎日をそれなりに楽しく過ごし、仕事で多少でも金は稼げるじゃないか。この生活が欲しかったんだろ?
たった二年で、以前愛した女、馬鹿にした女が芝居を続けているのがそんなにショックだったのか?お前が馬鹿にした人間はまだ表現の世界で前を向いて生きてるぜ。お前は諦めたんだよ。なあ、もうやめとけ。そこ止まりだったんだ。
外的な要因によって意志が止まることは少ない。自分を否定するのは他人ではない。自分自身だ。なぜ自分を否定するのか?自分が嫌いな訳ではない。痛いからだ。人間は転びそうになると自然に腕で庇う。風邪をひけば体が苦しみを緩和するために治そうとする。骨が折れたら脳から物質を出して痛みを緩和する。所詮は脳と血袋の生命体。心にもそのロジックは組み込まれ、抗い難い工程を目の前に並べる。その工程に乗れば苦しみは最小限になる。悲しみも忘れ去ることができる。苦しみ、悲しみ、ネガティブな思いを涙と共に笹舟に乗せて忘却の海に出航させる。それが人間の強さだ。
その強さを否定するのは人間の弱さだ。私は逃げた。弱さで逃げた。そして今、この船に乗ってまた忘れてしまったらどうなる?幸せに生きることができるだろう。忘れるのは強さだ。リセットできる強さだ。壊して忘れて新しい何かを作る。ビルドアンドスクラップアンドリビルド。そのエネルギー、パッション、意志力。その強さがあれば何度でも立ち上がれる。
私は、その強さを裏切った。
忘れてなる物かと裏切った。私が一番輝き魅力的だった時間は20~30歳までの間だけだ。そこを忘れて新しい何かなど作れる物か。夢の残骸には多くの死体と瓦礫が折り重なっている。その残骸の上で1人座り使える物だけを拾い上げる。たまに綺麗な石を見つけてはポケットに入れ、「昔は良かった」と独りごちる。どこまでも敗北、負け犬の極北。慚愧の道。後悔の道程。しかし、この瓦礫と死体を私以外の誰が掘り起こせるのだ。誰が守れるのだ。どうせ私は忘れる。嫌でも忘れる。それは自然の流れで脳内で起こる淘汰の果てだ。
僕はあの時何をしていたのか。
それを掘り起こさないと過去を殺せない。忘れることができない。蓋をするだけじゃダメだ。私が進むには結局は過去にとどめを刺さないといけない。まるで吸血鬼だ。心臓に杭を打ち込まねばならない。思い出は何度でも蘇る。自分の力で殺さないからだ。とどめを。とどめを。とどめをハデにくれてやる。今の自分に何が表現できるのかはわからない。しかし、せめて自分自身の過去を殺してやらねばならない。白日のもとに晒して全てを灰にする。それを多くの人の目に映し、完璧な敗北を実感する。
まだ負けてないと思っている。まだ負けていないと感じてる。まだ負けてないと信じてる。
こんな絶望的な毎日の中で過去を肴に酒を飲めるってことがその証左だ。
キャラクター作りも途中で止めた。誰かに見られることを考えたキャラクター、筋書き、ストーリー。それらを作るのを止めた。まずはオチだけ考える。2年間の声優専門学校生活。オチは1年目最後の発表会で良い。オチは決まった。後はオチに向けて10万字書けば自動的に終わる。
ただ思い出す。昔の写真、授業の時に使ったノート、教材、下手くそな録音。残骸は多く転がっている。死骸も多く埋まっていてくれた。少しずつ集め意志力で燃やす。長年放置されていた死骸がやっと炎で包まれる。次から次に炎に投げ込む。何も考えなくて良い。考えると止まる。機械的に残骸を燃やし続ける。火の粉が顔にかかっても立ち尽くせばいい。どうせいつか燃やさないといけなかった。
ひたすら文字を打ち込む。打ち込み続ける。四時間ほど書き続けたら1万字程になった。読み返して見ると何が書きたいのかがわからない。どうしてこんな形になったのかがわからない。書き直す気はなかった。またイチから火を点けると火力が弱くなる。納得いかないならもっともっと炎に投げ込めば良い。これは葬式だ。儀式だ。生贄だ。
みんな元気でやっているのだろうか。楽しく生きているのだろうか。俺は今が最高だと思えてしょうがない。
何も考えずに書き続ける。書き続けて5日目。文字数は7万字を超えていた。読み直すの完成したからで良い。小説としての体は成しているのか?書き方は正しいのか?ありがたいことに正解を知らない。それは『間違いが存在しない世界』で書ける唯一の方法だ。成長してしまってからでは使えない方法。純粋な子供に包丁を持たせている。人を刺せば人は死ぬし、自分を刺せば自分が死ぬ。誰にでも分かる過程と結果がわからない状態。死んだとしても気が付かない。死を認識しない限り死にはしない。生きているのか死んでいるのか、生きたいのか死にたいのかわからない状態でひたすら書き続けた。
考えたら終わる。考えたら終わる。書く事だけ続ける。指だけ動かせ。モニターも見ない。誤字脱字はどうでも良い。あったこと、過ごしてきた毎日、溢れ出す欲求を叩きつける。
最後の数千字は終わりたくないと思いながら書いていた。この世界が終わる。私の過去が燃え尽きる。私のコアが砕け散る。この作品を書いてしまったら私には何もなくなってしまう。何もかもがなくなってしまう。
書き始めて10日、気がつけば11万字に到達し、『~完~』と書いていた。
小説という物を書きはじめて3ヶ月後のことだった。
~続く~
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