懺悔:何故私は収録帰りに安焼酎を飲んで荒れたのか~巻ノ1~
「やってられるかアホンダラア!」
そう叫びながら、もちろん心の中でです。心の外で叫ぶと最悪の場合は処置入院などが待っています。そういう場所ってよく知らないのですが、シャッターアイランドみたいな感じになっているのでしょう?知ってますよ。私は詳しいんだ!何が◯◯警察だ!転び逮捕ばかりしやがって!
落ち着きましょう。
声優なんて因果な仕事をやっていた時代にはこの世界の呪いを一身に受けたような心持ちになることがありました。
呪いは内なる衝動、しかし世界は呪いでできている。そんな内なる衝動を懺悔すべくこの度、筆を取りました。
声優行為を続けていた時、どんな仕事でも心にズギューン!と衝動が巻き起こり、そこから先は緊張の連続でした。
それはまるで格闘技の試合の様に。その日にちに収録が決まるともう逃げることができなくなり、体中の細胞は「収録」に向けて最適化されていきます。大抵は二週間ほど前に収録が告知されました。
まずはボクサーが減量するのと同じ様に食事が変わります。体重をどうするのかではなく、「ベストな声が出せるのか」にフォーカスを絞った食事になります。渡しの場合は収録中に腹痛などが起きると嫌なので、生物を一切口にしませんでした。
そして、「これなら腹も壊さないだろう」といったメニューばかりになります。その一例をあげると。
・うどん・そば・ラーメン(自炊ではなく店やインスタント)
・ハンバーガーなどのファストフード
・カロリーメイトなどの補助食品
そんな感じになります。私の場合は味とかはどうでも良くて「コレ食ってりゃ短期的には体調は壊さないだろう」を念頭に置いたメニューになっていました。
それだけ体調不良が恐ろしいです。もちろん気にしなくて良い人は沢山いますが、これは性格+ゲン担ぎなので私だけの行動かもしれません。
体調不良になった所で、その状態での声の出し方や演技方法、パワー配分などもあるのですが、できれば頼りたくないので事前にベストの状態を作り上げます。
起床時間を収録時間に合わる事もスタートします。尤も、収録が連続してあるナイス声優であるならばそんなこと考える必要も無く、収録が日常に組み込まれてグッド収録ができるのでしょうけど、仕事の少ない新人だとそうも言ってられない。
新人は所詮代打です。私じゃなくても良いのです。私じゃなくても良い仕事に対してマネージャーや事務所が気合と期待を賭けて回してくれるのです。失敗は許されません。ワンミス死刑です。
一度コケると次の信用を得るまでに何をすべきか?それは別の懺悔でやっていこうと考えています。
状態を収録に合わせていくのは何故か?代打はホームラン以外意味がないので必ずホームランを打てる形を作らねばなりません。ヒットや四球ではディレクターなどの記憶に残らないのです。安牌を切るなら五体爆散するレベルのミスをする方がマシな場合もあります。
その為に全てを費やします。自分ができる芝居、自分が生きてきた証、自分が叩きつける人生、自分が切り開く道、早ければ15分程度で終わってしまう収録に全てを出し切る。そのためには自分の生活などをベットする必要があります。
そして私は台本を受け取りに事務所に向かいました。自分自身の未来を運命づける収録かもしれません。とあるオンラインゲームのボイスでした。ザコが数キャラ、名前付きの中ボスもあるとのことです。
「おはようございます!」
「お疲れ様ですー!後藤さん、これが今回の台本です」
「ありがとうございます」
台本をめくると多くのキャラクター、そして多くのセリフ。私達声優は多くの人が作り上げた作品の一つである声を担当します。声の良し悪しで作品の全てを否定される世界。私達がすっ転ぶと、全てのクリエーターが批判されます。
声を当てるというのはそんな多くのクリエーターの今後も左右するのです。
「声優がクソ」
というレビューを見たことがありますよね?その状態は絶対に避けねばならない。耳に入る部分、音声は思っている以上に残ります。そしてその印象が他の多くを否定的な目で見てしまう部分になってしまうのです。
高まる気持ちを押さえページをめくります。すると声優に向けての「このキャラこんな感じでお願いします」ってのが出てきます。
「◯◯さん(超大物声優)そのままの芝居でお願いします」
え。
マジで?
そのまま?
自分じゃなくても良い。これはめぐり合わせだ。しかし、しかしのっけからコレか。いや良い。やってやる。この仕事が来るってことは◯◯さんが持っている匂いを私にも感じてくれたのです。
だったら、ギャラが数分の一である私がカツーッンとやってやろうじゃねえか。ガッツだぜ。Do the ド根性だ。やってやる。
「後藤さん、◯◯さんの物真似できます?」
「やってみましょう。どうも!◯◯です!本日はよろしくお願いします!」
「喉よりも腹から押し出す方が似ますね」
「どうも!◯◯です!本日はよろしくお願いします!」
「あ、大分近い。良いですね。どうやりました?」
「力の配分を少し変えて、鼻腔もちょっと使いました」
「なるほど。近いですね。多分大丈夫です」
「うまくやれるかわかりませんが、がんばります!」
「がんばらなくても良いです。やってください」
「え?」
「必ずやってください。できないなんてこの世界には無いです」
「だ、大丈夫です!もしもの時は責任とります!」
「だから【もしも】なんてないです。後藤さんはやるんです。それに責任なんてとれないです。とれるとしたら完璧にやるってことだけですからね」
「御意」
吐き気を押さえきれずに事務所から出て植え込みにゲロファイヤーをぶちかマシンガン。大きく育てと未消化のハンバーガーを仏の気持ちで分け与え、潤む目で空を見上げました。
いつもより濁って見えるのはこれから先を暗示しているのでしょうか。
やるしかない。殺される。俺は殺される。
しくじったら殺される。
ワンミス死刑。俺は甘かった。本当に殺される。社会的に殺される。
その概念が冷たい微笑と共に私の手を握った瞬間でした。
~続く~
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