懺悔:何故私は収録帰りに安焼酎を飲んで荒れたのか~巻ノ2~

 武士道とは死ぬことと見つけたり


 声優は死んだら終わりです。死ねば終わるのです。だって…オラは…人間だから…


 収録が決まりました。それは喜び勇んで昇る天国への階段なのか?それとも死刑台への13階段なのか。決定付けるのは収録までどのように生きるかです。


 収録さえ成功したらスターダムへのステップアップからノーモラル電流爆破性交デスマッチ立場を活かした性行為(90分35,000円 フリーオプション:ストッキング破り・電動マッサージ機・ビンタ・耳かき・◯◯◯舐め・唾吐き・黄金水・コスプレ(この場合のコスプレはドンキなどで買った「それがコスプレかい!」と月に向かって吠えてしまうようなテイクオリティーな物なのでかなり許せない(しかしあのコスプレのモデルは普段何をしているのだろうか?派遣社員だろうか?それとも時空の狭間で闇に生きる悪魔を殺しているのだろうか?世界は混沌の中で蠢き、ドンキの安コスプレは空と君との間にあるのだ。)))・DK・パイズリ)を開催できるチャンスが訪れるかもしれません。私の、私だけの後楽園が見えるのです。いや、新木場でも有明でも良い。わんぱくだもの。ハムをください。


 さて、巻ノ1でも記した通り、収録が近くなれば食事の質が変わるとは書いたとおりです。しかしそれ以外にもやる事があります。


 役作りです。


 正直モブと中ボスなので勢いとかノリでやってやれないことはないのです。しかし、それはダメなのです。それはヒットを打つ行為であり、新人声優に課せられた

 「ホームラン打たないともう試合出さないよ」

に立ち向かうためにも、そして何よりも自分の為にも役を作るのです。


 とは言え役の背景や人生とかがあまり反映されない叫び声などが多く、キャラっぽい言葉(例えば鬼ならオニー!オニオニー!)が多く、どうやって行こうか迷ってしまいます。


 そんな時は役の中身を考えるのも重要ですが、バリエーションを考えるのがより重要です。ここで私が実際に考えたバリエーションを少し書かせて下さい。


■声のバリエーション

・腹からやる

・胸郭を使う

・背中を使う

・口内を使う

・鼻腔を使う

・口の形を使う

・腹、胸郭の力の入れ具合のバリエーション

・ファルセット

・デス声

※上記を声の高い、普通、低いの3パターン作る


■キャラバリエーション

・怒ってる感じ

・泣いてる感じ

・天然っぽく

・冷酷っぽく

・天真爛漫に

・きちがい

・オカマ

・貴族っぽく

・下卑た感じ

・いわゆる「それっぽく」な感じ

・エロく

※上記を年代ごと、少なくとも「子供、青年、壮年、老人」で作る


 一例ですが、これらを組み合わせて「どんなオーダーが来ても即対応」できる形で役を組み立てていきます。背景や生き方とかも考えますが、それだけでは役を上手くコントロールできません。


 ここで疑問に思われるのは「役って降りてくるんじゃないの?」ってことだと思います。降ろせる人は降ろします。しかし、私はそれが中々うまくできなかったのです。


 「降りるかわからない役に頼るならロジックで固めてやる」


 そんな考えを、宗旨を持っていたのでロジックで役を攻略するやり方を取っていました。それが正解かどうかはわかりません。今、このように声優を辞めて文字を書いているという事は失敗だったのでしょう。しかし、他の人がこのやり方をやっていたら大成功しているかもしれません。

 いずれにせよ私は長期的な賭けには負けています。


 話を戻しましょう。


 なぜ多くのバリエーションを用意するのか?それは「オーダーに答えるため」です。

 一つだけ最高に良い演技ができたとしても、それが合わなければ意味がありません。この場合の「合う」は作品、役、そしてディレクターの意図です。

 そう、自分ひとりが気持ちの良いお芝居をしていても、それは他の人から見たら全然ダメ。ダメっこ動物の可能性が非常に高いのです。更に多くの場合は「念のため」に幾つかのパターンを録音します。現場で「僕、これしかできません!」とか言った日にはもう終わっています。漫画とかならそこからその芝居一つでのし上がる事があるかもしれないですが、現実には絶対に無理です。


 ベテランなら話も違うでしょう。その人のとっておきの武器を期待してオファーをするのですから、しかし新人は別です。新人なんて誰でも良いのです。残酷な「誰もでも良い」から一歩踏み出して「お前を今度も使ってみるか」にたどり着くために「俺はここまでやれるんや」の精神で「いつ何時どんな芝居でもやってこます」のファイヤーソウル・イノキ・フェノミナを心に纏ってドンと構えなければならないのです。


 そんな役作り、一回やって終わりではありません。収録まで2週間あるのです。毎日何度もやり直し、その中でベストのバリエーションを残し、そしてそれらを「いつでもできる」状態に持っていかねばなりません。


 声優は再現の芸術である。


 誰かがそう言いました。私もその通りだと考えています。再現できなければなりません。マイクの前でベストを再現する。練習したこと以上なんて起こりません。だからひたすらやって奇跡のような一回が生まれたなら、それを何百回も反復して自分の体に染み込ませるのです。


 そして何度も何度も何度も否定します。


 「もっと良くなるはずだ」


 その思いに疑いを抱かず、浮かんだ役を疑い続けます。本番直前までその作業は続きます。それらは全く辛くないのです。楽しいのです。この過程が辛いと思った瞬間、私はもう辞めるしかなくなったのです。この話はいずれ書くでしょう。


 話を戻しましょう。


 何度も何度も繰り返す。バイトの最中も眠る直前も。湧き出す不安を抑えるためにも練習をします。天才はやらなくても良い努力をやります。


 努力


 また人間を惑わせるキーワードが出てきました。それについては次回の懺悔で細かく語ろうと思います。


 役作り、努力、そして本番。その階段の先は天国か地獄か。どっちになるのも己次第です。しかしどちらに進むにも自分の足で進むのです。


 声優はいつも孤独に他人に成ろうとする。


 それが望んだ道だから。


~巻ノ3に続く~

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