懺悔録

ポンチャックマスター後藤

懺悔:何故私はパグの顔面を蹴ったのか?

私は6年前にパグの顔面を蹴り飛ばしました。それはもう見事に蹴り飛ばしたのです。その時パグは「ゴビョワ」と鳴きました。


私が幼稚園年長組の時でした。関西の中核都市で育ち、自宅から歩いて40秒でラブホテル街に到着するハードコアな街でしたが、地域の名産品を取り扱う商店が並ぶ長閑な街に住んでいました。幼い私は補助輪付き自転車に乗り街を散策するのが好きでした。500年以上の伝統がある神社を通り商店街に出る。顔なじみの魚屋さんにタコの足の切れ端やうどん屋さんの余ったおはぎ等を貰い何不自由無くたくましい体と強い心を育む事が出来ました。


そんな私が何故犬の顔を、パグの顔を蹴り飛ばしたのか?100円の小遣いを貰ったら神社で鳩の餌を30円で買い、チョコバットやもろこし屋さん太郎を食べながら鳩に餌をあげる優しい子供でした。動物を愛していました。

捨て猫が居れば家に連れて帰り、両親から「家では飼えません!」と怒られたので、幼稚園に持って行く事飼い主を見つけたりもしました。

私が動物好き中年だと言う事は幼少から決まっていたのです。そこに間違いはありません。

しかし心に暗い影が落ちる出来事がありました。今でも覚えています。補助輪付き自転車で街を散策していました。補助輪が軽快な音を立てて自転車は進んでいきます。その音を聞きながら町の景色がめまぐるしく変わるのが本当に美しく刺激的でした。その大好きな音の遠くから「チャッチャッチャッチャッ…」とハイペースな、小室のジャングル系曲のハイハット音の様な音が近づいてくるのを感じました。


「今日は補助輪の音にハイハットまで。これはダンサブルだねえ。凄く良い感いたあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁい!!!」


小汚い耳のたれた茶色の犬が私のアキレス腱、丁度くるぶしの後ろ辺りを噛んでいたのです。チャッチャッチャ…と言う音はハイハットでは無く、獲物を仕留める時の足音だったのです。


そこから先は余り覚えていませんが、従兄弟の次利兄ちゃんが言うには「凄かった。犬がお前を自転車から引きずり下ろして引っ張ってた。俺は何かちょっと面白くて笑ってしまったよ。」と話していたのを覚えています。

この従兄弟、思い出すだけでイラっと来ますが私が成人するまでお年玉をくれていたので許そうと思います。


そう、愛していた動物、それも大好きだった犬に足を噛まれたのです。傷は案外深く、少しだけ犬に食われていたのです。何と恐ろしい。私が可愛がっていた犬と言う生物は捕食者として私を食おうとしていたのです。こんな恐ろしい事はありません。ちょっと考えたくない。泣いちゃうレベル。


その時から犬が怖くて仕方なくなりました。大人になった今でも大きな鳴き声の犬はマジで無理です。背筋が凍りつきます。


そして、この出来事がパグの顔面を蹴り「ゴビョワ!」と泣かせた事の遠因と成っているのは間違いないでしょう。歴史に置いてifの話しは良くないとは思いますが、もしこの経験が無かったら私はパグの顔面など蹴る大人になっていないと思います。

30歳の私は自転車で新宿歌舞伎町を走っていました。景色は違いますが幼少の時に感じためまぐるしく風景が変わる事と言う事は同じです。風を感じながら友達の家に向かっていました。


時間は午前3時位だったと思います。のんびりと自転車を走らせ、ミッシェルガンエレファントのフリーデビルジャムを口づさんでいたと思います。その時に聞き覚えがある音がしました。「チャッチャッチャッチャッチャ…」「あ!帰ってきなさい!!」と声もしました。


ここは歌舞伎町、何があるか分からない街です。その声の方向に目をやると女性がこちらに駆け寄ってきて居ました。そしてその前を灰色の小さい塊、パグが走っていました。


深夜の歌舞伎町、人はまばらな中、パグは私をめがけて一直線に走ってきます。物凄い声で鳴いて居ます。これは甘えるとか遊ぶとかでは無く捕食者として獲物を狩る時の状態だと捕食者である私は直感したのです。


「あ!パグ!可愛い!!撫でたい!でもめっちゃ向かってきてる!俺の足を狙う?アキレス腱を!?あの時と同じ様に?甘えるんじゃない!俺はあの時の俺ではない!!」


私は大きく足を振り上げました。パグは後ろから迫ってきます。私はつま先の方向に足を大きくあげました。足音、鳴き声、すぐ背後に迫ってきています。私には迷いは無い。私はこの足を振り下ろすだろう。ここでまたやられては人間として負けなのだ。幼かったあの自分の為にも勝たねばならぬ。いや、これは勝ち負けの問題では無い。男しての問題なのだ。俺はただ無心に機械の様に敵を殲滅する。パグを。このパグを。


私の足は半月を描く様に後ろに振り下ろされた。丁度踵が半分を過ぎようかと言うタイミングで柔らかいが中に芯がある何かが踵に接触した。迷いは無い。俺は男なのだ。思い切り振り抜いた。


「ゴビョワ!!!」


「キャー!!!チョコちゃん!?」


二つの声がした。私は振り返らなかった。振り返るまでもなかった。パグが立ち上がろうとも敗走しようとも私の戦いはそこで終わっていたからだ。


勝ったぞ。幼き頃の俺よ。お前はこうしたかったのだろう?人として生まれ犬に敗北したあの時からこうしたかったのだろう?そのはずだ。だから俺はあの時足を振り上げ思い切り振り下ろしたんだ。おい、俺よ、幼き頃の俺よ。何か言ってくれ。俺はお前の為に犬を、パグの顔面を蹴り飛ばしたのだ。お前に褒めてもらわねば俺はどうしたら良いのだ!おい!


幼き日の私は何も答えなかった。ただ踵に若干の熱さを残して歌舞伎町の喧騒の中に飲まれていった。そして楽釜製麺所に飲まれた。かけ大を食べた。うまかった。勝利の味だった。だが、むなしかった。


以上が「何故私がパグの顔面を蹴るに至ったのか?」です。人として、男として戦った先には何もありませんでした。だけどもそれが戦いで有り男であると言う事なのです。男は求めない。男は望まない。ただただ男として無常を感じ、そして心の何処かでパグに謝り続けたいと思います。


これが私の懺悔です。ありがとうございました。

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