懺悔:何故私は表現活動を続けてしまうのか~巻ノ1~
結局は空っぽで空虚なのだと感じています。空の容器に色の付いた空気を入れる。それは焚き火で温める事で蒸気となり数滴だけが容器に溜まる。
色の付いた空気はあなたの「願い」です。
焚き火はあなたの「意志力」です。
私は声優として10数年活動した後にあまりにも食っていけないことや将来に広がる暗雲with光化学スモッグに季節の絶望を添えた何かに心が完全にやられて声優を辞めました。事務所を辞めて1年はフリーとして活動を続け、年間6本のトークライブを開催しましたが嵩む赤字に減るお客。同じ
業火に身を焼かれながら踊り続けた私は心が
「もう表現はやめよう。食っていけなきゃ意味がない。食っていくために社会人として生まれ変わった。この不況の世界、職を得られたのは宝だし、社会人は社会人として毎日が面白い。社会人と表現者、どっちが上なんてなかった。どちらも自分を使って銭を稼ぐ。それで良いんだ。むしろ毎日嫌な事があっても働く社会人の方が高難度だ」
そう言い聞かせることで毎日を過ごしていました。声優時代に培った要領の良さやトーキングスキルで順調に多くの仕事を任せていただけるようになりました。万事順調。これで良いのだ。これが良いのだ。毎日に不安がない。朝起きて仕事に行き日高屋で
私は夢を見ていた。何度も見ていた。似た夢を見続けていた。それはおぼろげで不確かだが一番恐れていた夢だ。起きると思い出せない。思い出せないままに恐怖に包まれ朝起きて仕事に行きを繰り返していた。絶望。完全な絶望で目が冷める。しかし、その夢を見たあとは心になにか熱い燃えカスが残っていたのです。誰かが死ぬような夢じゃない。誰かに殺される夢じゃない。では一体何か?
今日も大量の紙に囲まれて過ごす。毎日を過ごす。ツイッター上では多くの漫画家、小説家、バンドマン、俳優、声優が呟いている。毎日が大変そうだ。こんな昼間にゲームしてるなんてお前らは無職だ。だけどその気持ちわかる。わかりすぎる。不安を口に出して具現化することで目に映そうとしているんだろ?陰陽師だ。呪をかけて形を作ることで認識する。認識した物とは戦える。認識さえしていれば例えそれが金属バットを持ったケビン・ランデルマンであっても立ち向かうことができる。もちろん命の保証はしない。
形にした所で勝てないのなら形にしなければ良いのではないか?残念だがそれはできない。形にしないと知らないうちに取り憑かれて操られ殺される。事故死を装って崖から飛ぶ、火炎放射器を使ってリストカット、地下格闘技場に『天下無双』と書いた旗を抱えて飛び込み自殺。目に見えぬ不安はあらゆる手段で殺しにくる。
私にはその不安がまだ形になっていなかった。もう不安に襲われる因果から脱したはずなのにどうして不安になってしまうのか?不思議で仕方なかった。数ヶ月働くことで小さな蓄えもできた。毎日仕事だから無駄に遊んだりしないからだ。社会保険料も初めて収めた。厚生年金にも加入し、やっと社会に入り込めた実感があった。そんな順風満帆な毎日に何を恐れる事がある?
まさか声優業界に身を浸しすぎたことで不安が抜けなくなってしまったのか?そんな事はない。ほぼ毎日玄関の鍵を締めたのかが通勤中に不安になり、わざわざ自宅に戻り鍵をチェックするがそれは私の性分だ。何か心に抱えてしまっている訳ではない。
「頼むよ、邪魔しないでくれよ」
何に向かって言う訳でなく独りごちる。毎日の仕事の中でも夢の事を思い出す。一体なんの夢だ。あの夢を見るとどうにもこうにも悲しくなってしまう。
その日も仕事を終えて帰宅する。妙に飲みたい気分だった。ビールを買い込みインターネット。無料動画サイトで東南アジアの屋台動画を見る。酒の肴は
満たされた気持ちになるのは当然のはずだ。だがその当然が一切感じられない。一体アルコール由来の高揚感はどこに消えてしまったのか?どこに迷い込んだのか?俺は世界の迷子。ituneを起動し、イギーポップのPassengerを聞く。迷っている。まだ迷っているのか?俺は決断したんだ。この毎日は10数年遊んだ事への懲役だ。懲役だなんて思っていたのか?やっと掴んだ安寧を懲役、苦役、罰則として捉えているのか?違う、そういう意味じゃない。じゃあどういう意味だ。お前、まだ諦めてねえだろ。諦めたさ。声優にはもう戻らない。仲の良かったディレクターにも『二度とやらない』と伝えたのは覚悟があったんだ。違うよ。お前さん、勘違いしてるよ。してない。してるさ。まだ、まだ俺が見えないか?俺は不安なんて一過性の物じゃないんだぜ?もっと、もっとお前の根底にあるもっと嫌な存在さ。怖い。帰ってください。川越の喜多院で購入した門札は効果ありますか?残念ながら無いんだよ。だって俺はお前の中から語りかけているんだ。なあ、聞こえてるんだろ?俺に会いたいんだろ?わかってるさ。たまには顔を見せてくれよ。俺を作ったのはお前なんだから。なあ、俺はお前の味方なんだ。少しで良い、少しで良いんだ。ただ一言発しておくれ。
『やりたい』
って俺に向かって言ってくれよ。
夢を見ていた。私は走っている。場所は虎ノ門だ。どうして虎ノ門に?仕事で行くなら飯田橋とかその辺りのはずだ。虎ノ門なんてただのオフィス街で声優の収録スタジオがあるくらいじゃないか。
待てよ。だめだ。行くな。おい、時計を見るなよ。時間は遅れているのか?どのくらい遅れている?分からない。私は寝坊をしてしまった。事務所に電話をかけてもマネージャーに電話を掛けても誰も出ない。その日収録に行っている先輩に電話をしてみる。多分、マネージャーが付いているからだ。出ない。汗が止まらない。走っている。走っている。スタジオが近付く。エレベーターが48階で止まっている。そんなビルで収録なんてするかよ。でも違うんだ。恐怖が大きくなってくる。心が張り裂けそうになり私は階段を駆け上る。いくら上がっても壁に掛けられた回数表示が2Fから変わらない。どうしたら良いんだ。辿り着けない。辿り着けない。叫び声をあげる。恐怖から出る叫び声。それは声にならない。声が出ない。それでもがむしゃらに叫ぶ。「助けてくれ!」言葉にならない。誰も助けに来ない。錯乱し、涙と鼻水でどろどろになりながらドアを開ける。
そこにはスタジオが広がっていて関係者が冷たい目で僕を見ている。
「今何時だかわかる?」
「申し訳ありません!!」
飛び起きると汗だくだ。小さく震えている。ゆっくり目を開くと狭い自室が広がっている。もしかしたらこれは自室じゃないかもしれない。ゆっくり立ち上がる。パンツが寝小便を垂らしたようにぐしょぐしょだ。水を一杯飲もうと台所へ向かう。シンクに叩き込んだフライパンにコップから溢れた水が溜まる。油と野菜クズを浮かべた汚い水はしょぼくれた私を比喩虚構なく映し上げる。
勢い良く水を出し、フライパンに映る像を消した。部屋に戻り時計を見ると午前4時。
早鐘を打つ心臓と、自分の中にもわりと湧き上がる赤い空気を感じた。それと同時にそれは『表現』と名を変えて私の肩に手を置いたのだ。
~続く~
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