懺悔:何故私は収録帰りに安焼酎を飲んで荒れたのか~巻ノ3~

 眠れない。日が変わると収録日です。


 眠れません。ずっとずっとそうでした。

 

 眠らないと体力が持たないかもしれない。

 眠らないと大きなミスをするかもしれない。

 眠らないと睡眠時間が足りなくて寝坊するかもしれない。


 しかし


 眠らずに考えることでより良い表現が生まれるかもしれない。


 そう考えると眠るのが怖くなります。私はなりました。本番前になると台本なんて必要なくなります。洋画の収録であったとしても、台本は喋りだしのキッカケを確認する程度になります。


 汚く薄い布団の中で何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も


 何回も


 何回も反芻を繰り返します。


 まだやれることがあるんじゃないか?まだ完璧ではないのではないか?まだ何か気が付いていないことがあるのではないか?


 数多の「まだ」。数多の「不安」。数多の「希望」。数多の「苦しみ」


 そして自分がマイクの前に立てる恍惚。


 その全てが弱く脆い心に降り注ぎ、もう最高にすべてが「高まって」きます。この気持ちは宝物です。この気持ちは現役を長く続けていると薄くなり、そして消えてしまいます。


 足りぬ者。足りぬ物はどうあがけば良いのか?この不安をどう潰せば良いのか?答えは一つです。


 「努力」


 これだけです。努力とは何のためにするのか?自分の能力を上げるためでしょうか?もちろんそうでしょう。しかし、それは一番上、命題ではありますが、目標とは少し違うのではないかと考えています。


 私は「努力とは不安を打ち消し、やってきたことを100%だす為の行為」と考えています。


 どれだけ頑張っても実力以上の物は出せないと考えています。しかし、実力を100%出すことができれば大抵なんとかなってしまうのです。それができてなかったらプロになることはできないのではないかと考えています。


 ということは、努力はやらなくても良いのです。努力を必要とするのは劣っているからなのです。悲しいし認めたくないのですが、私はそういうことと定義しました。


 余裕でガンガンに寝て何も迷わず、実力をバキバキに出している同年代もいました。そんな人の影で私は仕事に怯え、自分に不安を抱き、演技に自信を持つことができませんでした。

 そんな弱い心を殺すための努力。それをひたすらに行なっていました。


 「俺はやらなくても良いことやっている。無駄だ。しかし、それを有に変えてこそが役者や。やるんや。努力は俺の力を最大限に出してくれる。支えてくれる杖なんや。必要ないのはわかっとるけど俺は離さんぞ。武器に、もっと演技を高める武器として努力を活用してやる。よう見さらせや実力者共。足元にも及ばない俺が地中より挨拶申し上げる。お前らを抜いてやる」


 すべての言い訳は武器になり、すべての思いは武器になる。心持ちを変える。すべてを納得させる。納得は安心を生み、安心は日常を作り、日常は心に余裕を湧き出させる。

 それをすべて引っ掴んで叩きつける。この収録は数分で終わるかもしれない。それはそれだ。何がどんな量でも良い。マイクの前に立って誰かがそれに金を出す。命と心を差し出すために他の理由がいるか?


 この世界の多くの物には値札が付いている。値札よりダメなら二度と手に取られることはない。私は自分に値札が付いていることを再確認し、ありがたいことにその値段を自分で上げ下げできる揺れ幅に鉄槌を食らわすべく磨いて鍛えて差し出すのです。


 「俺は完璧だ」


 呪文のようにその言葉を吐き出し、小さな夜を殺して大きな朝に蘇る。


 今日は収録です。頭ははっきりしている。口は回る。セリフは入ってる。完璧だ。朝食はカロリーメイト。便意が無くともトイレに数分。服を選び、携帯のカメラを起動して室内を録画、そして玄関を出て扉を締めるところまで撮影して映像を再確認。


 収録ですべてを叩きつけるために不安を消します。上記の儀式は「もしかして電気を消し忘れてないか?窓は閉めたか?自宅の鍵を閉め忘れてないか?」を頭の中でなく、認知して確認して安心を生み出すためのライフハックです。


 電車を調べる。遅延していたら違う路線を使うために。それも遅延していたら?問題ありません。収録まで3時間あります。自転車、バス、タクシー。最悪徒歩だとしても時間までに辿り着くことができます。


 安心を生み出す行動が平穏をプレゼント。不安にまみれた毎日をガジェットで洗い流す。


 一歩一歩進む。恐怖の上を進む。この一歩が何よりも欲しかった。そしてこの一歩の恐怖と喜びを噛み締めて歩く。夢を叶えるってそういうことだと思う。


 その日は曇っていた。雨を食い止める慈愛の雲なのか、太陽を隠す悪意の雲だったのか。

 俺はやる。やりぬくのだ。


 叩きつけて砕け散ってこい。


~続く~

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