懺悔:何故私は泡泡プールパーティーに行ったのか~後編~

 運河はなぜ作られるのか?それは人間がより良い生活を営むためだ。運河の近くは街が栄える。スエズ運河、キール運河、パナマ運河。命の水が乾いた大地に入り込み、瑞々しい命が生まれる。それはここ「新木場」もそうなのです。

「後藤さん、音が聞こえます。もしかしたら首刈り部族が人を殺しているのでは?」

「Bよ、ここに来て何を恐れるか。我々は赤羽で聖水キンミヤを浴びてきた。悪鬼羅刹、百鬼夜行、スパルタ兵、全てが束になってかかってきても私たちを打ち倒すことは叶わぬぞ」

「この運河を隔てて世界は隔絶されております。我々の世界。霊的世界。そしてここは性的世界なのでしょうか」

「やんぬるかな」


 現世と幽世を分けるのは一本の橋でした。普段なら新木場という場所柄多くの働く車が毎日を豊かにする品々を運んでいるのでしょう。よく頑張る道だ。飴をあげようか?ポイ捨てになろうとも?笑顔でいたまえ。胡乱な事を考える15時半、太陽は上り、世界は光に満ち溢れている。覚悟完了、燃やすぞ命。夜はこれから歩けよ泡泡プールパーティー。


「入場料はお前の耳だ」

「え!?」

 げに恐ろしき新木場アゲハ。我々がパーリーピープルではないことをいち早く見抜き耳を要求するとは。なるほど、この建物は耳御殿という訳だ。音を司る御殿は文学に生きる我々の耳でできている。先日神保町で耳がない方を見たが。あの方もここ新木場アゲハで耳を差し出したのだろうか?

「IDチェックのために写真付き身分証を出していただけますか?」

 緊張で聞き間違えてしまった。「お前の耳」「写真付き身分証お前の耳」なるほど、聞き間違えるのもしょうがない。

 私たちは身分証を差し出し建物に侵入した。次は受付カウンターだ。

「入場料はお前の鼻だ」

「え!?」

「3000円になります」

「あ、あわわ、あわ」

 私の財布はマジックテープで留めるタイプの財布である。その財布がバリリと鳴り空気を切り裂く。新木場は、丁度鉄火場でございましょう。

 ドリンクと交換できる魔法のチケットを手に取り、今度はまた建物の外に出る。はて?外?まさか野伏せりが待ち構え我々を殺そうとしているのか。Bの顔面は蒼白だ。長物は自宅だ。今、斬りかからるとひとたまりもない。石でも探そうかと周りを見渡すとアスファルトジャングル。進退窮まってしまった。

 ギラギラした目で数十歩。コインロッカーが並んでいる。歩くごとに音が大きくなる。

「ショ!ショ!ショ!ショ!ショ!!!ショ!ショ!ショ!ショ!ショ!!!ショ!ショ!ショ!ショ!ショ!!!エベバーディ!」

 世界を開く音が聞こえる。コインロッカー通りを通り抜けるとそこはダンスフロアでした。


 ダンスフロアに揺れる乳と尻、僕をそっと包むようなEDM。


 新木場、アゲハ、神様がくれた。エロいエロい泡パーティー。


「良くなくない!?良くなくなくなく良くなくない!?」

「後藤さん。お気を確かに、ここに仁丹があります」

「なんやこれ!なんなんやこれは!説明しろ!!」

「後藤さんが説明してください」

「水着ギャル、エグザイルみたいなアニキ、音楽、太陽、ステージ、花、夢、将来なりたかった自分、悲しみを抱える現状、心の旅」

「ああ、後藤さんがショックのあまり自我を崩壊なされた」


 私は目を疑いました。先程まで赤羽の蓮池のふちをぼらぼら歩いていた私たちには信じられない光景が広がっていました。私はこの夏、いや、数年ぶりに網膜に水着ギャルが映ったのです。それはそれは輝かしく美しく。ギャルはダサい水着ではなく、肛門と陰部を隠すのみの水着でいるのです。それも大量に。そのギャルやメンズが音に合わせて飛び上がり、手を上げ、飲酒し、最高のピースフルワンダフルメガデス空間を形成していたのです。

「やあBよ。涅槃で会おうと誓ったがここがそのようだ」

「後藤さん、女性がいます。赤羽にはいなかった女性です」

「世界はタンパク質と有機化合物でできている。アルコホルを摂取して心を取り戻しましょう」


 ドリンクカウンターに並ぶと目の前に水着ギャル。後ろにも水着ギャル。人生で水着ギャルとここまで近づいたことはありませんでした。私はギャルに近付くと全身が溶けてしまう呪いにかかっていたのです。それがいつのまにか解呪され、この天国に足を踏み込むことを許可していただける身分だと気が付きました。

 お互いに無表情で乾杯をし、キンミヤ義理人情ガソリンで温まっていた体に冷たいビールを流し込むと少しは思考回路が回復した。周りを見渡すと小さなダンスフロア、メインのダンスフロアが見える。まずはメインのダンスフロアを見物する。泡は放出されていない。しかし踊りまくる若人の熱気に包まれ、誰もが笑顔で最高の空間が広がっていたのです。無表情を貫く私たちは海が見えるのんびりエリアにいきなり避難しました。爆心地でどんな振る舞いをすれば良いのかわからなかったのです。先程橋の上から眺めていた運河を草の上に座り見ている。同じ運河でも見る場所によって見え方が全然違う。私もBも無言でビールを摂取しました。少しぬるくなってしまった後一口を飲み、私たちはこのエルドラドを探検することにしました。

 室内があり、そこにもダンスフロアが展開されているのかと思いきや、その日は室内は使わないとのことでクローズ。もしかしてこれだけ?小規模じゃないかと思いを巡らせているとびっしょびしょの男女が手をつなぎながら階段を下りてきたのです。

「あの濡れ鼠はなんだろうな」

「まさか…」

「Bよ。言うがいい」

「後藤さん、私たちはプールの概念を見落としていませんか?」

「Bよ、狂ったか?なぜクラブにプールがあるのだ?」

「後藤さんこそお気を確かに。ここに肝油ドロップがあります。お一つどうぞ」

「やあ落ち着いた。そうだ、泡泡プールパーティーに来たのだ。プールはどこなのだ」

「その答えがこの濡れた足跡にあるのではないのでしょうか」

「君は名探偵だな。飴をあげようか?」

「身に余る光栄」

 足跡は追う。この足跡はどこから来た?なぜ濡れている?階段を昇るとまた音が響いていました。こちらにもステージがあるのか。なるほど、良いミュージックだ。低音が腹にくる。DJも気持ちようわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!うわ!!!!!!!!!!!ぴよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!ヌンヌンヌンヌン!!!!はああああああああ??????


「プールや!!!!!!!!!!!!」


 私は本当に声を出してしまっていました。音楽に水気は厳禁です。水と音楽が一つになるはずがない。水と音楽は同居できないのです。しかし、私の脳が像を結び眼球に見せたる景色はプールだった。プール内では男女が音楽合わせて踊り、のんびりと水浴びをしている女性グループ。プールサイドではガンガンに踊るギャルとアニキ。


「あったんだ。泡泡プールパーティーは。ここにあったんだ」


 Bは涙を流していました。彼も毎日の仕事の中で疲弊極まっている人間でした。そんな彼が流す涙を誰が笑えるのでしょうか。私はBの流した涙に「キリストの涙ラクリマ・クリスティ」と名前を付け、ポンと肩を叩きました。泣きなさい。泣きなさい。いっぱい泣いて、いっぱい笑おう。この場所はその全てを甘受し狂奔と化し極楽へと昇華してくれる。

 Bの方に手を乗せ、小さな震えを感じている。周りを見渡すとポジティブオーラが広がっている。壁に今日のイベント予定表が張られていました。

「Bよ、これを見よ」

「何々?16時から泡…まさか」

 Bが時計を見て私に見せると時刻は15時55分。泡の場所を確かめてみると先程通ったメインステージ。これはぬかったか?いや、まだ間に合う。なぜなら歩いて2分程度だからだ!!!

早歩きでメインステージに向かうとギャルやアニキたちも移動する。メインステージのDJがオーディエンスを煽る。より跳ねる男女。そして、私たちはメインステージに着いた。隅の方でリズムに合わせて体を上下させているだけの我々の目の前でバチカンが即認定する奇跡が起きたのだ。


 賽は泡は投げられたブオオオオオオオオオ!って出てきた!!!


 泡、泡、泡、泡が、勢い良く、この世界の無念を、悲しみを、やるせなさを。その全てを平等に包み込み弾けさせる泡が飛び出したのです。


「はじまったか。俺は行くぞ。骨は拾ってくれたまえよ」

「後藤さん。1人では死なせませぬ。ご相伴に預かりましょう」

「その心意気やよし!」


 爆心地への突撃を開始する私たち。思い切り踊るギャルがバランスを崩し私にもたれかかり乳が完全に腕に当たる。ギャルはパっと顔上げ「やっばいね!」と私に言った!私も「やべえ!マジすげえ!」と微笑み返す!


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 ポンチャックポエム:発露


人はどうして生きるの?


人はどうして泣くの?


人はどうして笑うの?


人はどうして争うの?


人はどうしてわかりあえないの?


知るか!!!!泡泡プールパーティーに行け!!!!!!


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 私はBを見失いました。なぜか?それは泡が2m以上積み重なり、視界を奪われたからでした。しかし恐怖は感じない。なぜなら皆がいるからだ。皆が泡を楽しむ思いで一つになり、DJが最高のプレイをし、世界は、世界は、世界は、今一度形を取り戻したのだ。


 泡の切れ目でBの顔を一瞬確認することができました。もう、涙はいらない。ただ笑顔で飛び跳ねるBがそこにいました。


 私は曲に合わせて奇声を上げ、ジャズダンス4年、タップダンス2年のダンス経験を活かして曲に合わせてガンガンに踊り、その場で目があった笑顔のアニキと手を握り合い、名も知らぬギャルと「やべえやべえ」と言い合い、人生をもう一度生き直したのです。


 永遠かと思われる泡タイムも終了し、自分自身を見るとぐっしょぐしょのドロドロでした。ゴジラTシャツとタイパンツ。完全にドロドロになっていました。しかし、不快感はまったくなく、ただただ充実感だけがありました。

 先程仲良くなった方に手を振りBと自販機でビールを購入。この場に入った時には恐怖に震えて見ていた運河が見える場所に再度座り、もう一度乾杯をしました。それはそれは透き通る笑顔で。


「なあBよ。楽しいな」

「楽しいです」

「一つ…良いかな?」

「なんでしょうか?」

 Bは不安げに私を見つける。私が帰ると言おうとしていると感じているのでしょうか?違うよ。そんな目で見るな。大丈夫さ。

「もうすぐ…水掛け&泡祭りが…プールサイドで行われるのさ!」


 私たちはもう何も恐れなかった。蛮勇を笑う人もいるだろう。「お前たちみたいなのが泡泡プールパーティーに?」と宣う輩もいるだろう。しかしそれがどうしたと言うのだ。私たちは泡泡プールパーティーにいった。夏を、人生を、精神を、心を、全てを満たしたのだ。


 先程以上に完全にドロドロになり運河を跨ぐ橋を歩く。まだパーティーは繰り広げられている。あんなに恐ろしいと思った漏れ聞こえる音楽が母の子守唄のように聞こえる。

 私は地下鉄、Bはりんかい線で帰る。どんな楽しい時間も終わりがある。だからこそ次の楽しい時間を夢想し味気ない毎日を生きることができる。


「今日は…楽しかったです。後藤さん。ありがとうございました」

「私も君がいなければ…来ることはなかった。本当にありがとう」

「また…日常の始まりですね…」

「Bよ、言うな」

「楽しい気持ちに水を指して申し訳ありません。私はまだ俗物のようです」

 うつむくBに私は携帯電話を差し出しました。私のiPhone4Sの画面に照らし出された画像を見て彼は顔を上げました。私は小さく頷きました。


 8/26 某所にて泡パーティー開催


 祭りは続く。祭りを求め続けていれば。


以上を「何故私は泡泡プールパーティーに行ったのか」の懺悔とさせていただきます。ありがとうございました。

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