懺悔:何故私は非常階段でいちゃつくカップルを注意出来なかったのか 巻ノ下
前回のあらすじ
飲み会の為に家に向かっていたら私は女の関節をキメて後にタックルされた!
飲み会が始まる。専門学校の姫に関節技をキメた私は王子に体当たりされたのだ。そして監獄、地獄、極楽、三つのゴクが同居するマンションで行われる飲み会がこれから始まるのである。
マンション内の通路を歩いている時、夜だと言うのにカラスの声が聞こえたり、春だと言うのにカナブンの死骸が落ちていたりしたのはこの夜の闇と不条理が私達を歓迎していたのでしょうか?
無禄の家は思いの外広く、多少漫画の本が多い位できちんと整理整頓されていました。しかし台所はコンロで無く電熱器だったので「こいつ甘ちゃんだな。いとおかし」と含み笑いを隠す事が出来ませんでした。今から15年以上前の電熱器はちょっとやる気が感じられない位使えなかったのです。
部屋の作りは所謂2Kでした。玄関を入るとすぐにユニットバスと洗濯機があり、その反対側に小さい台所(電熱器のクソ)があり、その先にTVや本棚やCDMDラジカセ複合機があり、その隣に寝室がありました。広さは6畳×2部屋だったので8人程度なら余裕でした。
「みんな~!ゆっくりしてて~!これからお好み焼き作るから~☆」
と雑魚美が用意をしている姿、特に調味料がどこにあるかや私達に配るコップなどがどこに収納されているのかを知っているを感じです。
雑魚美が無禄ハウスに何度も来ているのだろうと言う気持ちが確信に感じました。おいおい、入学そうそう男女感イチャつき行為かよ。それも大切だけど、最初にもっとやる事があるんじゃないのか?俺たちは声優になりに高い学費を払って専門学校に来たのだ。そこを忘れてはならんよ!と口に出す事も無く笹本に向かってそんな表情を向けました。笹本はツインシグナルの単行本に夢中になっていて私の事は眼中にありませんでした。
しかし周りには結構な漫画がある関係でみんな漫画の話に夢中になっています。なんとなく暇を持て余した私はお好み焼きの下準備でも手伝うかと台所に向かいました。そこには和やかに準備をしている雑魚美と無禄、先ほどの無禄タックルが若干の尾を引いていた私は邪魔でもしたろかいなと声をかけてみました。
「お好み焼き作りは俺に任せなさい。そういうバイトもしていたので上手いよ?」
「後藤きゅんほんと~!?だったら手伝って貰おうかな~!」
「いいよ!向こうで待ってろよ!」
なんと無禄はタックルに飽き足らずまだ私にキレて居たのです。なんと度量の無い男でしょうか。私と同じ男と言う生物とは思えません。でも邪魔をすると言う崇高な思いを胸に秘めた私はそんな事構わずに仕掛けました。
「雑魚美って料理出来るんだねえ。見た目も可愛いし料理も出来るってすごいね」
「嬉しい~!でも料理は家でちょっと作る位しか出来ないから今日のマズかったらごめんね!」
「マズかったらそりゃ許さんけど別に良いよ。でも、これだけきちんと出来るのだから雑魚美の彼氏とかすげえ幸せだろうなあ。雑魚美みたいな良い子が選んだ人だったらそいつも良い奴だろうしね。」
「ええ~!そうかな~!?」
この様な褒め方物量作戦を使い、しかし目は無禄から離しませんでした。いつもあまり表情が変わらない無禄がニヤニヤしながらキャベツを刻んでいます。
「今まで何人位付き合って来たの?雑魚美は良い子だし何人か付き合って来たでしょ?」
無禄の表情が消えるのを確認した私は一段と兵を進めました。
「やっぱ学生時代もモテたでしょ?俺も学校の中だったら雑魚美すげえ可愛いと思うしさ。雑魚美みたいな子と一緒に居られたら最高だと思うよ。雑魚美の彼氏になる男ってこういう専門学校に通ってる奴じゃなくて年上のしっかりした人似合いそうだよね?同年代の人間にはあんまり興味無いでしょ?ぶっちゃけこう言う所で出会った人間と添い遂げたりもしないだろうし、暇つぶしとして付き合う分には良いだろうけど、恋愛に成れて無い人が変にマジになったらすっげえキモいだろうし、雑魚美も引くでしょ?わかるわかる」
雑魚美は驚きながらも図星だった様でうぐぅ~とかふにゃ~とか言いながらぎこちなく笑ったり相槌を打ったりしていました。すると無禄がキレたのか包丁とまな板にバン!と置き、トレンディードラマの様に妙に近い距離まで間合いを詰めて
「後藤に雑魚美の何が分かるんだよ。俺が一番雑魚美の事分かってるんだから勝手な事を言うな。言いたいんだったら外で一人で言え」
と顔を真っ赤にしてプルプル震えながら言うのです。どこかで見た様な行動、どこかで聞いた様な行動。これが声優専門学校で良く見聞きする立ち振る舞いでした。
やはり学校には対人関係に慣れていなかったり、人との距離の詰め方が苦手な人が多いのです。しかしそう言う風に一人で居ると、脳内で色んな出来事をシュミレートして行く事になりますよね。そうなると身近な物を参考に言葉や立ち振る舞いを学び、そして機会があればそれを使おうとします。多分無禄は自分では最高に決まったと思ったのでしょう。しかしその言葉は漫画やアニメの登場人物が言うと格好良いので有り、紫でデカいライオンの絵と「KIND」と言う文字が書かれた謎のトレーナーを来ている三次元男が言っても何の説得力も無いのです。
むしろ本心じゃねえしどっかから借りた来た言葉だな?と疑われるのが関の山です。使うのはやめましょう。
違うカーストや違う居場所の人間になら言っても大丈夫だと思うのです。でもさすがに同じ場所の人間に言うと疑われるし、最悪元ネタを言い当てられたりします。上記の事をもっと分かりやすく言うと「Twitterのオフ会でアルファツイッタラーの口調と論調を真似てる奴が居た時の何とも居た堪れぬ状態」です。
大抵の人はこういう事を表出すると異様な空気になると言うのを人間関係の中で学んで行くと思います。しかし声優専門学校には、特に声優と言う分野を目指す人間が今ほど多くなかった15年程前はそんな器用な人間はいませんでした。
ネットもまだ普及していなかった時代です。ぶっちゃけマジで常軌外または半歩先の人間が多かったと思います。
生徒は今みたいに集まらないですし、私が入学した時も定員割れしていました。何度もいう様にこれは昔の話ですから今の事は知らないです。
そして無禄ざまあみさらせ、悔し涙で溺死しろファッキューメーンと思いニヤニヤしていると、またしても驚愕の行動が。雑魚美が無禄を後ろから抱きしめたのです。そして
「無禄君の事は…雑魚美が一番分かってるから大丈夫」
と宣うではありませんか。おい雑魚美、俺はお前の事を言っていて、それに対して無禄がキレたんだ。その言葉って今使う?そしてお前もそう言う借りてきた行動かよ。さすがに無禄も気が付いてアレだぞ。
「ごめん…熱くなった…後藤、俺が招待したんだからお客さんは部屋で待っといてよ!」
と作ったような顔で作ったような声で私に言うのです。やんぬるかな。もはやこれまで。もう勝手してくれと私は部屋に戻りました。この世界は私が培ってきたコミュニケーションが通じる相手と通じない相手で分かれる。私はこれからやって行けるのか…そう思いながら部屋でぼーっとしていたら雛子が近づいて来ました。
「後藤君も雑魚美ちゃん好きなの?」
不意に雛子に話しかけられました。こいつは何を言っているのだ。好きな女に関節技をかけたりしないだろうに。しかしそれを問う雛子の眼はいつもの無表情な目では無く、何かを探ろうと、そして青い炎が宿っていたのです。のちに私は地獄を見る事になりますがそれはまた別の機会に…
「雑魚美乳でかいしな」
「そっか、雛子小さいもんね」
それだけのやりとりでしたが、何か違和感を感じるには十分でした。何だか空気を読み違えた私が狼狽していると雑魚美がお好み焼きを持ってきました。すわ、助けが来たとお好み焼きに群がってみたのですが、心に負荷がかかりすぎた所為で味が全くしない。いや、実際問題ソースの味しかしない最低の地獄お好み焼きだったのです。しかし姫を甘やかす存在は沢山居ます。豚骨がお好み焼きをバクバク食べながら。
「ん~!!ンマイ!!雑魚美ちゃんは本当に良い奥さんになるよ~!最高!」
と宣い、他の人間もうまいうまいと食べていました。そしてここでアルコールがみんなに入ったのです。未成年飲酒なんて今の世の中Twitterで特定されて学校各位にチクられますが、この頃はネットもありません。2chではオニギリワショーイ!とはしゃいでいるだけのネット民度だったのでセーフです。この話もフィクションですし。
地域の寄り合いで幼少の頃から酒を飲まされていた私、リア充グループに居た笹本は余裕でガンガン飲みます。しかし、アニメや漫画の世界に居て、今まで酒を飲む事が無かった人間達が酒を飲むのです。そして酒を飲んだらテンプレの様に「漫画で見た酔っ払い」の行動を皆が一斉に取るのです。これを地獄として何と言うのか。するってえと男はムラムラしてきて、女はちょっとガードが下りたりします。
ここで豚骨がモブ女性に対して可愛い!や意外とおっぱい大きいね!などと宣って瘴気が濃くなってきました。褒められ耐性が付いていない女性からしたらもう嬉しいのでしょうね。私も笹本もウェイウェイ良いながら無理やり褒めたりしました。そうでもしないと時間が過ぎない様な気がしたからです。雑魚美は無禄の股の間に座りプギャプギャ笑っているし、何だか見せつけられている様な状態でした。宴も深まってきた時、完璧に酔っ払ってドランクモンキーになった豚骨が隣国に攻め込みました。
「おい!無禄!!雑魚美ちゃんとベタベタするな!!嫌がっているだろ!!」
いや、まったく嫌がって居ないですし、むしろ雑魚美から無禄に近づいているし、空気感で付き合っていそうなのは分かるじゃねえかと全員が唖然としました。しかし豚骨は止まらない。口から家系ラーメンスープをぶちまけ、全く空気の読めない蛮勇となり次から次へと言葉を紡ぎます。
「無禄!お前な!雑魚美ちゃんは俺の事を大事に思っているんだ!それをわかっていてなんで俺の目の前でイチャつくんだ!いい加減にしろ!!」
?
パードン?
え?どういう事、雑魚美に聞いてみたら「初めて顔を合わせた時、これからは大事なクラスメートだね!とは言ったけど…」との事でした。今までカースト的にも異性と話した事がなかったのでしょう。雑魚美の言葉をそのまま受け取り、入学してから一ヶ月位、何度もその言葉を反芻し醸造したのでしょう。
褒められ慣れていなかったり、異性との関係が少ないと一つの勘違いが命を奪う結果にもなるのです。触れ合おう!異性と!しかしそれを聞いて居ないのか聞かなかったのか豚骨は味濃いめ脂多めマシーンとなりエキサイトしていきました。すると無禄もキレる訳ですね。
「俺は雑魚美と結婚するんだ!お前に邪魔はさせるか!」
雑魚美がちょっと「無いわ」って顔で笑ったのを見ました。この女、中々にしたたかですね。こいつはなろうとして姫になった罪深き女だ。エキサイトしてきた所で雑魚美が仲裁し、落ち着きはしました。そして宴ものんびりと続いていき、関西の地方都市の私は終電がなくなりました。ここでモブの人たちが帰り、無禄ハウスには
無禄:家主、GACKTっぽい服装、八神庵みたいなズボンを好む。
雑魚美:無禄の彼女?オタサーの姫的存在
後藤:後藤is俺
笹本:私の親友。リア充グループ出身。真性包茎
豚骨:チンシンザン激似。酔うとキツい。
雛子:大人しいけど、何か心に闇を感じる
が残りました。無禄も何人かはオールをするんだろうなと思っていたのかタオルケットや毛布などを用意していました。したたかに酔った私も泊まる事にしました。無禄は酒に弱いらしく、一人で自分のベッドで頓死し、豚骨は「俺は人を幸せにする」と独り言を言いながら部屋の隅で寝転び、雑魚美は洗い物、私も無禄が居る部屋の隅で毛布を被り眠る準備に入りました。すると、腹の辺りをポンポン叩かれました。こんな夜更けに何なのだ?邪魔だったかしら?目を開けると目の前に雛子が居ました。
「何か?」
「お布団足りないから入っていい?」
「是非」
まだ童貞で性欲モンスターだった私はこれはワンチャンあるで!とドキドキしながら雛子と同衾を開始しました。
「後藤君、癒してよって言ったけど、雛子に出来るかなあ?」
「や、あれは冗談と言うか何と言うか、真正面から受け取られても困る」
「そうなの?でも何かあったら雛子に言ってね」
「よっしゃ、じゃあおっぱいを触らせてください」
言ってしまった。酔った勢いとは言え、そこまで話した事が無い女に。ああ、これで雛子は若干私に引いて距離を取り、その内女友達にチクられて針のむしろの上で学生生活を送るのか。諦めが後悔に変わる時に雛子が口を開きました。
「良いよ」
「パードン?」
「良いよ」
「sure?」
「後藤君、おっきいおっぱい好きなんだよね?雛子小さいよ」
「いやいや、自分を大切にしなさい。そういうのは良くない。やめたまえ。」
私は完全にビビって居ました。自分から口に出したのにいざOKと言われると触れられないですよ。これマジで。嫌って言われたなら良いじゃない~!とノリで行けるのだと思いますが、真っ直ぐに目を見て肯定されると、一周回って私の全てを否定されている様な気になったのです。
「後藤君ね、この会に来るって雑魚美ちゃんと話してたよね。すごく仲良さそうに。ハグもされて。雛子ね、すごい嫌だったんだよ。泣いちゃったもん」
何と言う事でしょう。ポム巻から聞いた「泣いていた女の子」は雛子だったのです。おいおい、そんな心が不安定な女マジ勘弁してくれよ。あ!しかし陰茎が!あ!!テンションが!!ああああ!これは!?良いのか!?行っても良いのか!?これは、告白されているのか!?
「そうか!俺のこと好きなんだな!ガハハ!寝るわ!」
と冗談でその場を誤魔化した弱さが今後、私のウィークポイントとなるのです。
そしてしばらく微睡んでから目を開けると、私の横で雛子は寝息を立てていました。トイレでも行くかと立ち上がり、豚骨を跨いで廊下に出ようしたら何か聞こえます。
「あ…あ…!ダメだって…!あぁ!」
雑魚美の声でした。これはシコリーノタイムの為のエロ瞬間貯金が出来るのでは?おいおい、無禄、お前の家だから性行為はやるなとは言わんよ。でも、皆泊まりに来てるじゃねえか。ちょっと状況を考えて行動しろよ。しかし小便がしたい。漏れる。ドアを開けないと廊下に出られないし廊下では雑魚美と無禄が性行為をしているだろう。どうする?加速する劣情、膨張する膀胱。ここで小便を漏らした日には暗黒の学生生活が待っているのは間違いありません。そうだ!物音を立てよう!私は一つ咳払いをしてみました。すると廊下で行為をしているだろう音が無くなったので私はドアをゆっくり開けました。
すると何かを誤魔化して、ちょっとバツの悪そうな二人が居ました。
雑魚美と笹本が。
え?あれ?うん????えーっと、雑魚美は無禄と…で、笹本?あれ?これは何か違うくないかい?あー、うーん。ねえ?
何も言わずに私はトイレに駆け込みました。半勃起していたはずなのですが、既にシワシワペニスに戻っている我が愚息を見て「せわしない親で申し訳ない」と一言告げました。
トイレから出て、あんまりな事に眠気もブッ飛んだ私は雑魚美が去った台所近辺で笹本と話してました。
「笹本、君は中々やるもんだねえ」
「酔ってムラっと来たからな!洗い物手伝ってたら何かベタベタしてきてさ、取りあえずキスしてみたら向こうもテンション上がったみたいだよ」
「俺知らんよ??無禄って意外とキレやすいしさ。何かあるかもしれんよ」
「雑魚美は高校の時に彼氏六人して、エロ行為もガンガンに好きらしいよ」
「君はすごい事を聞くね。俺も雛子と~」
と先ほどの雛子の事を色々と話しました。笹本は「後藤は肝心な所で勇気ないよな。高校の時もそうだったみたいだな」と私を嘲りました。まあ笹本は結構なアホなのでその位は許そう。そして経験豊富な笹本に私の今後はどうすれば良いのかを聞いてみました。まとめると
「多分雛子は後藤を好きかそれに準ずる思いを持っている。性行為をやりなさい。大抵は勢いで何とかなる」
と全く持って無責任な、リア充出身な答えを私にくれました。そして二人で部屋に戻り、無禄の部屋に戻ろうとすると…
「あ…!ダメだって!!誰か来るかもしれないし…」
「雑魚美何もしてないのに濡れてるじゃない…童貞…雑魚美にあげたい…」
と二人の声が。無禄、雑魚美は濡れているんじゃなくて笹本に濡らされたんだ。
もうどうでも良いと思い。ガラっと襖を開けて堂々と毛布に戻りました。そしてどうにでもなれと思い雛子を抱きしめてそのまま眠ったのです。今思うと私も普通とは言え、女性にはモテず、女性と触れ合う事など無く専門学校に入りました。普通を振舞っていても調子に乗っていた部分もあるでしょうし、異性とワンチャンを狙っていたのでしょう。同じ穴の狢とはまさにこの事でした。
皆が性欲を持ち、ワンチャン狙っていると知ってから数ヶ月経ちました。クラスメイトがクラスメイトと付き合ったりも多くなりゲームや漫画学科の生徒は「声優学科の女を落とすとカーストが上がる」と言う流言を信じて声優学科に遊びに来たりしていました。皆が良い年齢で独り身だった事が不安だったのです。
さて、学校には非常階段がありました。普段人は全くと言って良い程通らない階段です。その非常階段を一階から七階まで往復して体を温める事が私の日課でした。そうして体を温めてから声優訓練を開始するのです。しかしその日は何となく訓練をやる気になれず、七階からぼんやりと大阪の街を見ていました。階段を歩く音がします。おや?珍しい。この階は違う学科の教室があるから誰か上がってきたのかしらん?
そう思って階下に目をやると雛子が上がってきていたのです。
「後藤君がんばってるね」
「声優に成る為に来たのだ。俺はクラスでイチャイチャしたり無駄な時間を使いたくない。再来年には事務所に入っていたいのだ」
「そっか」
言葉はそれ位で雛子は私の隣に居ました。普段なら特に何も考え無いのですが、なんとその日はファッション等に気を使わない声優志望者の為に服装、メイク、宣材写真撮影の授業があったのです。何げなく雛子の顔を見ると普段はすっぴんに近いメイクなのに、この日は講師の手本と成り、講師がメイクをしてくれたお陰でいつもとは違う…何か妖艶な色気が出ていました。
もちろん私は勃起してしまった事は言うまでもありません。
日が落ちていくのを無言で見ていると横に並んでいる雛子が私にくっついて来ました。正直思い切りびっくりしてしまい何か冗談を言おうとしましたが、今日の雛子にはそう言う事を許さないオーラがありました。くっつかれるままに二人で暮れなずむ街を見下ろしていました。これが青春か!これが!!!!!私はやはりテンションがすごく上がって来て何となく雛子と手を繋ぎました。関節技をかける事も忘れて。
しばらく時間が過ぎたあと、そろそろ帰ろうと思い階段を降りようとすると
「あ、後藤君。行かない方が良いかも…雑魚美ちゃんと無禄くんいるよ?」
「階段と言うのは昇降する為にあるのだ。何を恐るか。俺は降りるぞ」
雛子は何か言いたげでしたがそのまま階段を降り、五階に差し掛かろうとした時でした。
「ん…んん…ちゅる…ちゅぱ…ん!」
oh。何と言う事でしょうか。雑魚美と無禄が思い切り野生動物の喧嘩の様にお互いの口を合わせているではありませんか。
大人になった今だからわかりますが、あれは確実にSEXの前戯としての口づけでした。3年2組の服を着た雑魚美と八神庵のコスプレの様な格好をした無禄。
その二人が思い切りお互いの性を求め合っているのです。神聖な学び舎で何をしているのか?ふざけるんじゃない。そしてこんないつ人が通るか分からない非常階段で何をしているのだ。本当にこの二人にはがっかりでした。
野生動物ではあるまいし、発情するにしてももっと別の場所があるだろうが。無禄は自宅も近いのだし、そこで何かあれこれすれば良いじゃないか。やっぱりオタクはダメだ。
自制心が無い。さすがに少し怒ろう。善悪の問題じゃない。男としての問題だ!!
「おい!!!」
実際にはその声は出ませんでした。私は気が付いたのです。気が付いてしまったのです。クラスメイトをオタクと嘲り、人間関係に慣れていないと笑い、男女感の距離の詰め方がド下手と馬鹿にしていました。しかし数分前に非常階段七階で雛子と私は形はソフトと言えどいちゃついていたでは無いですか。彼らは思いきり唇を貪り合っていますが、私も雛子と手を繋いだ。もちろんそこにはプラトニックな感情などではなく、一時の劣情もありました。性欲が、獣の欲望がありました。
「こいつは俺だ…」七人の侍で赤子を抱いた菊千代が喉から絞り出すように発したあの言葉。
私は友達に恵まれなくて、男女関係も作れず、学校内カースト最底辺に位置し、悶々とした気持ちで中学高校生活を送っていました。彼らもそうなのでしょう。今、同じ目線の人間、同じ夢を持った人間と出会う事が出来たので勇気をもってその流れに飛び込んだのです。それに比べて私は何と意気地が無いのでしょうか?
パンクロックにハマっていたと言う事だけで「俺はこいつらオタクとは違う」等と思っていたのです。いや、そう思う事で精神的に優位に立ち、たとえ実力で抜かれたとしても「精神幸福度」では私の方が上なのだ!と思っていたかったのでしょう。しかし、根幹では私も同じくカースト最底辺の出身です。それなのに「俺は違う!!」と嘯く事でクラスメイトと距離を開け、輪の中に飛び込む事をしなかったのです。
気位と誇りを持っていると思って居たのはただただ情けない自分を隠す為だったのです。私は強くあろうと、人とは違うと思う事で自分の心に砂上の楼閣を作り、自戒の理を忘れ、「ここは地獄だ」と言いながら地獄に憧れて安全圏から文句を言っているだけのモブ野郎だったのです。
このままではダメだ。俺は終わってしまう。ここで注意する事も簡単だ。だが、俺にはその権利が無い。俺は今大切な事に気がつけたのだと思う。今まで馬鹿にしていた人間に教えられたのだ。もう俺は特別なんだと思う事はやめよう。こいつらは俺だ。いや、勇気をだして変わろうと、カーストから抜け出そうと足掻いている彼らよりも俺は下だ。俺は何かを作ってきた気になっていただけなんだ。練習も人一倍やった、自主練習もしている。
でも、それはクラスに人が沢山居たり、講師の先生が居る前でしかやって来なかった。結局は「がんばっている自分のイメージ」を作ってきただけなのだ。このままでは俺はプロになんて成れないだろう。いや、普通の大人にもなれないだろう。凝り固まったプライドに固執して安全圏から皮肉を言うだけの人間になってしまう。なってなる物か。俺はそういう人間…そんな人間に馬鹿にされてきたじゃないか…そして今もそんな人間になって周りを馬鹿にしている…
目が覚めた。俺はやっていこう。
やるのだ。イメージを作るでは無い。自分の道を作るのだ。もっと傷付こう、もっと血を流そう。本気で生きるって事は痛いのだ。その痛みを恐れては行けない。それは命に対しての冒涜だ。自分の血で溺死する位にがむしゃらにやってやる。それが出来なきゃ生きていても無駄だ。
私はやっと気が付く事が出来ました。無禄が雑魚美にパンツの上から手マンをし始めたのを確認した私は踵を返して七階に戻りました。雛子も顔を真っ赤にしながら一緒に付いて来ました。私は七階のドアを開けてエレベーターに向かい、鈍い音を立てて上がってくるエレベーターを待ちました。
「ねえ雛子ちゃん」
「なに?」
「飯でも食いに行こうよ。」
「うん。良いよ。」
「ありがとね」
私に感謝の言葉を言われたのが意外だったのか、雛子は少し驚いた顔をしていました。しかし、すぐに笑顔になりエレベーターにのりこみました。
声優学科の階に到着してドアが開いたら俺は変わろう。そこにはどんな景色が広がっているのかが分からないが多分今より綺麗な光景だろう。
階に着き、ドアが開きました。立ちながらカップラーメンを食ってる豚骨が居ました。
おいふざけんじゃねえよ。俺の決意をどうしてくれ…
「豚骨、飯食ってる所悪いけどさ、皆で飯でも行こうよ」
「え!?珍しい誘いだね!良いよ!!俺飯ならいくらでも食えるし!」
「お前最高だな。そうだ、前に言ってた声優の本貸してよ」
「お!!明日持ってくるよ!!飯は雛子ちゃんも行くよね!?来てくれるよね!?」
「皆行くって言ってるじゃないか。用意して行こうぜ」
私は歪ながらも進もうと思いました。
以上を「何故私は非常階段でいちゃつくカップルを注意出来なかったのか」の懺悔とさせていただきます。ありがとうございました。
想定よりも長くなってしまい申し訳ないです。昔の日記などを読み返しながら書いていたら思っていたより事件が多く長くなりました。これからも適度に書いていきますのでよろしくお願いします。
そしてもしこのお話を気に入って下さったのなら、完結済み小説の「ばあれすく~声優の生まれ方~」もご一読下さい。ポンチャックマスター、全てはこの文章からスタートしました。
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