第2話
真夜中、兵舎でぼくは生肉茶を飲みながら物思いにふけってた。
妖魔軍元帥直属護衛隊隊員が今のぼくたちの役職だ。まあ、上司の3姉妹にくっついて色んな街の侵攻だね。で、今は休憩時間。
昼間の勇者たちは、たまたま街を攻めてた時の休憩中、魔物を狩ってたミドとトモナミが見つけた。
可愛そうに、巻き添えで殺されてそれぞれ魔物に変えられた。
「なんでなんだろう……?」
そして、生前の記憶をなくしてた。いや、ないわけじゃない。名前や出身は答えられたし、家族や友人の名前もすらすら出てくる。
でも、そこにまったくこだわりがないんだ。
仮にも人間の敵の魔物になっちゃったんだし、こう、なんか葛藤とかあるはずじゃない。仲間を敵に回す苦悩とか、人間の記憶に悩んだりとか、自分の変わっちゃった体に驚くとか。似たような状況の本だと必ずそうだった。
なのに、なんでかすぐに納得して魔王のためにって息巻いてるよ。切ない気分になるね。
「ふう」
いや、ぼくが変なのかな? そう考えた方が自然だよなあ。ミドたちは全然だし。
「お兄ちゃん……夜一人じゃ怖くて眠れないの……一緒に寝て?」
「あんたは昨日だったでしょ! 今日はあたしよ!」
「喧嘩しないの」
「そうですよ。全く品がない」
「君も勝手に入らない」
兵舎の幕をのけて、にょきっと顔を出したミドとトモナミが、また喧嘩を始めた。パエスもいつの間にか侵入してるし。毎回毎回疲れるなあ。
何よりどうしてフジコさんは来ないんだろう。寂しい。たくさんアピールしてるのに。
「はあ……」
またため息だ。
そう、目論見が外れた。フジコさんは何故かぼくたちと行動を共にすることを許されてる。最初の計画だと、唯一『転心』と『配合』の使えるフジコさんはそれなりに中枢に入り込めるはずだった。
なのに少しの間拘束されてから、あっさり解放されちゃった。技術を盗んだとは思えない、軍に動きがないから。魔物には使えないって話だから、諦めたのかもしれない。有用な技術でも、不要と判断されればそれまでだからね。
実際それくらい魔王軍は強い、個別の戦闘力は圧倒的だし死んだ人間を魔物にする技術だけで戦力は十分以上に集まってる。
なによりショックなのは、『転心』も『配合』も自由に許可されていることだ。理論上、いくらでも強くなれるこれを放置してるほど元帥は間抜けじゃないはず。
つまり、どれだけ強くなってもどうにかできる自信があるんだ。はあ、魔王軍への復讐計画はどうなるんだろう。それにあの勇者たちとの決着も……。
ああもう、悩みごとしかないよ。
「どうしました?」
「なんでもないよ」
パエスが僕の肩から手を差し込んで、首に手を絡める。どうでもいいけどゾンビのぼくを触って嫌じゃないのかな?
「おはようございます」
「おう」
「おはよう」
「おはよう」
翌朝僕は、3人(とどこからか侵入してたアイジャとオネス)の眠るベッドから抜け出して、こっそりモンスターにされた昨日の勇者たちを訪ねた。一般兵の共同兵舎にいた彼らは、つぼスライムに変えられていた。案の定、生前の記憶はあって僕に恨み言は言ってきたけれど、どこか怒りも希薄だ。僕たち、ひいては魔王への反発もなく、3人でトランプをしながら現状を受け入れていた。
帰り道、僕は失望を隠せない。何故、僕だけが感情を保ったままなのか、それが単なる偶然である可能性が高くなったからだ。勇者、あるいはそれに類する特別な力を持った人間が変化するとなるのかもという淡い期待はこれで消えた。イレギュラーに期待するしかないのだ。
一矢報いた勇者はあれから見つからない。3姉妹の直属とは言え、今の立場だと諜報部を動かせないし、そんな能力の持ち主もいなかった。ただ、脅威と捉えられ魔王軍でも優先的に見張られている勇者の中に彼らがいなかったと言うのはひとつの発見だ。フジコさんの追う勇者もそこにはいない。安心すると同時に、少し空しくもなる。
パパとママも行方がわからない。この前ミドに乗せてもらって村までいったけど、生き物の気配はなく、焼け跡が残ってるだけだった。
みんなの強化……これだけは不気味なくらい順調だ。なんでか皆素質があるらしく、どんどん強いモンスターへと変わっていった。特にミドとトモナミは眼をみはるものがある。その代わりどんどん凶暴になってる気がするけどきっと思い過ごしだろう。
……肝心の僕はフジコさんから直々に素質がないと言われちゃったけど、頭脳担当だからいいんだもんね。
そう、やれることはやってるんだ。
「手詰まり……か」
手ごろな石に腰掛けて、僕は呟いた。吐き出したため息で草が枯れるのを見るのはいつでも悲しい。
「なんで、僕だけなんだろう?」
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