3-2
おれの導きだした答えはひとつ。こんなお遊びには付き合わない、だった。
「行くぞ風見、ここからでる」
「でもまだ……」
おれは風見の持っているリモコンを指さす。
「それがあれば警察に提出する証拠には十分なる。白ウサギが犯人だと示す証拠だ」
「先生はどうするの」
「おれたちが生きのびるのが優先だ」
白ウサギのほうを向くと、ばいばい、と手を振ってきた。おれは風見を連れて出入り口の扉まで進む。そして、異変に気づいた。
開かなかった。
いくら押しても、どれだけ引いても、扉はびくともしなかった。門の下をのぞきこむ、わずかな隙間があいていて、そこには鉄のレールと車輪がついている。車輪がロックされているのだ。いったいいつの間に。そして誰が。
返事はないと知りつつ、おれは門をたたいてしまう。
「開けてくれ!」
背後では白ウサギと、タイムリミットを刻む時限爆弾。時間がない。逃げなければいけない。
「誰かお願いだ! 開けてくれ!」
「それはできない相談だな」
門の外から声がした。
重く、ずしんとのしかかるような声だった。意識の隙をつき、奥までもぐりこんでくるような声。
扉を叩くのをやめ、そいつがそこにいるのを確かめるために、そうっと耳をすます。
下から差しこむ外の明かりに、さっきまでなかったひとつの影があらわれていた。
「きみたちが死ぬのを間近で見たいところだが、あいにく他にもたてこんでる用事があってね、今回は扉越しからのあいさつで失礼させてもらう」
死神。
死の商人。
風見の宿敵。
厚さ三十センチにも満たない扉ごしに、いま、おれたちの探している相手がいた。風見もようやく死神に気づいたようで(そういえば風見が死神の声をまともに聞いたのは、これが初めてなのかもしれない)、どん、と思いっきり扉を叩く。
「ここを開けなさい」風見が言った。
「チーズにつられて閉じ込めたネズミを、わざわざ離すやつはいない」
「いつも物陰からこそこそと、自分で出向くことはしないの?」
「あいにく、それが私のポリシーだ。自分の手は汚さない」
死神は続ける。
「確かにきみはこそこそと隠れて策略をめぐらせるタイプではないかもしれない。だが、私ときみは、実はそっくりな存在だよ」
「同じ能力を持っていても、あなたと私は使い方がまるで違う」
ふっ、と死神の笑い声がかすかに聞こえた。
「力の話じゃない。気持ちの話だ。性格の話だ。私ときみはそっくりだよ。負けず嫌いという点でね」
扉の下から、何かが投げ込まれた。それが風見の靴先にあたる。見ると、ハサミだった。赤色で、一般の、どこにでも売っているような普通のハサミだ。
「きみたちが生き延びるチャンスをやろう。正解は一本だ。選びたまえ」
挑発だ。何かの罠だ。言葉のどこかに裏が潜んでいるはずだ。どこにあるかはわからない。が、いまは聞き逃してはならない。
「どうせ生き残らないだろうし、説明しても無意味だろうが一応補足をしよう。きみたちは私のことを死神と呼んでいるそうだね。それにならって言わせてもらえば、私には彼女のほかにも多くのカマを所有している。万が一、今回で生き延びたとしても、あきらめるんだな。私に目をつけられた時点で、きみたちにもう命はない」
とことん死神らしい言葉だった。
「ではこれで失礼する。残りは二分だ。爆発に巻き込まれないように、避難させてもらうよ」
去っていく足音がする。風見は扉を叩き、逃げるなと叫ぶ。それから小さく、口笛が聞こえてきた。国歌の『君が代』だった。
悔やんでいる場合ではない。躊躇もしていられない。おれと風見は同時に走り、棺桶まで向かう。白ウサギはわきによっていて、完全に傍観者だった。何も危害を加えないかわりに、何のアドバイスもヒントもよこさない。彼女は自分の命を放棄していた。
ハサミを握った風見が棺桶の前でしゃがみこむ。いつでも切れる態勢だった。問題は、どちらを切るかということ。爆弾の時計が、01:50を指していた。二分もない。
「どっちを切ればいいの。ねえ、凪野くん」
「いま考えてる!」
何が科学の再テストだ。どんな問題よりも難解だ。答えはどっちだ? そういえば、死神が渡してきたハサミの色は、赤だった。ならば赤か? それとも反対の青?
もしも白ウサギが青色に特別な感情を抱いていたとすればどうだろう。作成者の白ウサギは、青を切らせたくないと、正解を赤に選ぶだろうか。それとも正解だからこそ、青を選ぶだろうか。わからない、わからない、わからない。
「風見、未来の死体は? この場にはあるか?」
彼女が周囲を見渡す。
「さっきと同じよ。どこにもない。だから大丈夫、凪野くんは外れを選んだりしない。きっと正解を導きだす。私は凪野くんの言われた通りに切るわ」
「こんなときに限って、頼るのか」
「私にとっての凪野くんは、そういう存在よ」
どういう存在だろう。いまは気にしているときじゃない。挑発するように、いまの会話に対して白ウサギが拍手を送ってきた。これも相手にしている場合じゃない。
01:00。一分を切った。教会は相変わらず静かだ。その静けさが不安をあおる。だけど自分を見失うな。荒田に殴られた頬をさすり、正気を取り戻す。
どちらが正解か。
爆弾をつくったのはおそらく白ウサギ。だが、どちらを正解するかの配置を選択したのは、きっと死神のほうだ。
おれが死神なら、どっちを選ぶ。さっきまでの会話で手がかりをつかめ。あいつはなにを言っていた。
『きみたちが生き延びるチャンスをやろう。正解は一本だ。選びたまえ』
差しだされたハサミは、赤色だ。
その前の言葉は?
『私ときみはそっくりだよ。負けず嫌い、という点でね』
おれたちとあいつとの間には、常にゲームが存在している。向こうがしかけてきたゲーム。死神が勝つとしたら、どんな条件だ。どういう勝ち方なら、彼は一番満足するのだろうか。
00:30。風見はおれの答えを待ち続けている。
『どうせ生き残らないだろうし、説明しても無意味だろうが一応補足をしよう。きみたちは私のことを死神と呼んでいるそうだね。それにならって言わせてもらえば、私には彼女のほかにも多くのカマを所有している』
思い出せ。
どこかにあるはずだ。死神はどっちを選ぶ。あいつは人の心を自在に動かすような動作や態度、言葉を身につけている。おれたちはどんな風に、誘導されていた。
『いつも物陰からこそこそと、自分で出向くことはしないの?』
『あいにくそれが私のポリシーだ。自分の手は汚さない』
あ、とようやく見つけた。
00:10。
残り十秒になり、そして気づいた。
「風見」
さっと彼女が振り向く。無表情のままだった。少しも焦った様子がない。本当に、おれを信じていたのだ。
「凪野くん、どっちを切ればいい?」
00:05。
間違いは許されない。
一回きりの選択。
おれの導きだした答え。
「導線は、切るな」
一瞬の驚きがあったのだろうか、それでも風見はうなずき、おれの言うとおり、ハサミを握った腕をすとんと落とした。
時間が刻まれる。
00:03。
00:02。
00:01。
そして、タイムリミット。
爆発は、起きなかった。
代わりに響いたのは、白ウサギの悔しがる叫び声だった。
「どうしてわかったの!?」
死神が絶対に勝つ条件を想定した。一番に浮かんだのは、赤を切っても青を切っても爆弾はとまらず、爆発して死ぬというオチ。
だがそれではゲームにならない。風見も死神も、負けず嫌いの性格だ。完膚なきまでに、勝利をおさめるにはその条件では成立しない。そして逆に考える。絶対に爆発するというオチは除外した場合、残された勝ち方は、おれたちが導線を切るという形だ。どちらを切っても爆発する。
だから正解は、差しこまれたハサミにもまどわされず、大人しくフェイクのタイムリミットが過ぎるのを待つこと。
自分で導線を切って、自分で爆発させる。手を汚さないとポリシーにしている死神にとっては、まさに完璧な勝ち方だ。
「風見。ここからでるぞ。爆発もとめた。もう犯人はわかってるんだ。証拠もちゃんとつかんでる」
「どうやって脱出するの?」
さっきは心の余裕がなくて、気づかなかった。だけど目の前の爆弾はもう爆発しないと知ったいま、視界は広がり、見えなかったものまで見えるようになる。
最初の発砲で、白ウサギがステンドグラスの窓を割っていた。そこから風が入ってきて、おれたちの頬をなでる。「頑張ったな、脱出の道はここだ」と、教えてくれている気分だった。あそこならひとは十分に通れる。
「もしもまだ、園内を爆発させるリモコンを持っているとしたら?」
去りかけたおれたちを、引きとめる白ウサギ。その言葉に、風見がとまる。ため息をついて、おれも振り返る。
「嘘に決まってる」
「ええそうよ、それは嘘。でも、リモコンがもうひとつあるのは本当」
そう言って取りだし見せてきたのは、スマートフォンだった。
普通のスマートフォンではなく、側面にいくつかの器具がとりつけられていた。リモコンに改造されているのだとわかった。白ウサギの勝ち誇った笑みで、嘘ではないのだと確信した。
「ひとつだけ時限式にしてあるというのは嘘。じゃあ、タイムリミットを過ぎても爆弾は爆発しないのか。それも間違い。私が無駄な爆弾をつくるわけないじゃない。棺桶の爆弾も、もれなく遠隔式にしてある。そのリモコンが、これ」
挑発にと、スマートフォンを振ってくる。
完全に余裕を取り戻したのか、リモコンであるそれを地面に落とすフリまで見せつけてきた。
短い時間で、おれたちは犯人を暴いた。園内の爆弾を操作するリモコンも奪った。死神の介入に屈せず、タイムリミットの謎だって解き明かした。
それでもまだ、対決は終わっていない。
白ウサギは言った。
「念には念を、よ」
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