家をでると、目の前に風見夜子がいた。

「おはよう凪野くん。そろそろエロエロ本の隠し場所は変えた?」

「エロエロ本とかいうな」

 特にお互い何も言わず、一緒に登校を果たす。

 今日は昨日の嵐がウソのように晴れて、強い日差しに、ところどころの水たまりが早くも蒸発をはじめていた。午後には消えているかもしれない。

 昼休みに、桐谷が昼食にさそってきた。場所は中庭で、どうやらお決まりになったらしい。風見のあとに続いて教室をでる。

 途中で購買による。風見がパンを買っている間、仲直りはできたみたいね、と桐谷が肩をついてきた。

 結局、昨日の風見の答えは雷にさえぎられて、聞けずじまいだった。本当は荒田のことが好きだったのかどうか。それとも……。それをわざわざ掘り返すほど、おれも無粋ではなかった。ちなみに風見の首からは、昨日までしていた銀のネックレスが外れていた。

「チョコクロワッサンがなかったからメロンパンにした」と、風見が戻ってきて、中庭に向かう。

 荒田とは昨日以来、会っていない。今日、学校にきているかどうかもわからなかった。あのあと、荒田は母親とどんな風にして接したのだろう。

 それに下手に会えば、彼に死にかけた記憶を、思い出させてしまう可能性だってある。荒田は確かに、死の一歩手前まで踏みこんでいた。彼とはもう、会わないほうがいいのかもしれない。

 その前に一度、荒田に貸した(奪われた)自転車を返してもらわなければならない。そのときが、彼とかかわる最後の時間になるだろう。

 荒田静。彼のことを考えて、どうしても気になることがひとつあった。落雷の前、結局は荒田にさえぎられ、聞けなかった質問が風見にあった。

 中庭について、タイミングよく桐谷がトイレに席を外した。この機会しかないと、おれは口を開いた。

「どうしてあんな提案を?」

「提案って?」

「あの落雷のとき。待っていてくれたら、荒田と付き合うっていう提案」

 風見はすぐに思い出たようで、

「ああしていえば、教室にとどまってくれると思ったから。彼を救えると思ったから」

「別の理由があったんじゃないのか?」

「別の理由って?」

「その、ああいう目的以外で、荒田に提案したんじゃないかってこと」

 風見はまだ首をかしげたままだった。遠まわりな表現は、やめるしかないようだ。

意を決して、しきりなおした。

「この一週間で偽の恋人を演じているうちに、本当にあいつのことが、好きになったんじゃないのか?」

 付き合ってもいいと思ったのかもしれない。だからあんな提案ができたのかもしれない。

 その真実を聞きたかった。気にかかっていた。

 一瞬だけ、風見が笑ったような気がした。思わずムキになった。

 そして答えがやってくる。そうっと口を開いて、風見は。

「わたしが好きなのはね……」

「やあ風見さん、それに凪野くん。昨日はとても楽しかった。ずっと退屈なことだと思っていたけど、ファーストフード店でだらだらと雑談するのも悪くなかったね」

 ぐい、とわりこんでくる早口に、大きな声。

 おれたちの座っている場所に影がさす。見上げると、やはり笑顔の荒田静だった。

またしても彼はおれの邪魔をしてくれた。もしかしたら、こっそりといまの会話を聞いていたのではないだろうか。

「……どうして中庭にいるってわかったんだ?」おれが訊く。

「僕は世の中の七割のことを知っている」

「残りの三割は?」

「数字に意味はない。知らなったときの逃げ道さ」

 テーブルに荒田が購買で買ったパンが並べられた。そのなかにチョコクロワッサンがあった。それを見つけた風見がまっさきに手を伸ばした。トイレから戻ってきた桐谷が席につく。彼女も何事もなかったかのように荒田を受け入れている。

 桐谷と風見が雑談をはじめるなか、荒田がそっと、おれのもとへ近づいてきた。

「てっきりもう関わってこないかと思っていた」おれが言った。

「とんでもない。風見さんを疑ったことや、助けてもらったお礼もまだしきれていないし。それに何より、きみたちといたほうが、面白いだろう?」

 再認識した。

 面白いことのそばにつく。それが荒田静だ。

「昨日は負けたけど、僕はまだ風見さんのそばをあきらめたわけじゃない。もしもきみが油断していたら、容赦なく寝首をかくからそのつもりで」

 おれの肩をとり、荒田が笑顔を浮かべて、席へ強引に引きよせる。仕方なく座り、そこで四人掛けのテーブルが埋まった。

「まあ凪野くん。命を助けられた者同士、仲良くしよう」


 自転車を返してもらえるのは、しばらく先らしい。

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