昼休み。購買で風見がメロンパンかチョコクロワッサンかで迷っているうちに、約束の時間を過ぎた。彼女は結局、焼きそばパンを選んだ。

 走って中庭に向かう。

「凪野くんが両方買って、一口食べさせてくれればよかったのに」

「メロンパンを買っただけでありがたいと思え」

 中庭をあまり利用したことがなく、どうやって向かうかでまたひと苦労した。ベンチと芝生が広がっていて気持ちのいい場所だと聞くが、トンビによる被害もあとを絶たないという悪い評判もある。

 ようやく中庭にでる。数脚あるベンチのうちのひとつに、桐谷と、見知らぬ男子の姿があった。二人は日差しからうまくよけているベンチを選んでいた。

 風見に確認すると、未来の死体の相手で間違いないという。

「風見、一応確認しておきたいことがある」

「なあに」

「例の如く、『あなたは死にます』といきなり忠告するのはなしだ」

「わかってるわ」

「最初から警戒されたら、このあと助けるために動きにくくなるのはお前だぞ」

「だけどやさしそうな顔をしてる、彼」

 茶髪の男子。物腰がやわらかそうで、いまもあの桐谷と穏やかに談笑している。たいていの男子は桐谷に対して、一歩引いて怯えるような姿勢を取るやつが多そうだが、彼は動じていないようだ。

「ひきつった顔にはさせたくないだろ」

「そうね。わたしだって、この二か月で学んでる。伊達に何人も、凪野くんと一緒に救ってきたわけじゃない」

 言うと同時に、風見が動きだしていた。桐谷と男子のいるベンチまで、一直線。そしてこういうときだけ無駄に早足。ふざけんな追いつけない。

 男子は近づいてくるおれたち、というより、風見に驚いたようだった。目を丸くさせながらも、口元の笑みだけは崩れていない。

 風見は座っている男子の前に立ち、力強く指をさした。

「あなた死ぬわよ」

 言った。

 今回も言った。何も学んでいなかった。

 もう何度目だろう、このやり取り。

 おれと桐谷が同時にため息をつく。これでやさしそうだったこの男子も、態度を変えるだろう。桐谷にせっかく呼びだしてもらったのもつかの間、とたんに警戒し、おびえ、逃げだすに違いない。

 ところが彼は、笑みをくずさないどころか、こう返した。

「ならきみは、僕と一緒に死んでくれるかい? 風見夜子さん」



 荒田静。

 桐谷の紹介によると、成績も優秀で前回のテストでは桐谷に負けずとも劣らない点数を取っていたそうだ。一部の教科では負けていたとも言っていた。おまけに容姿も良く、女子にちやほやされる毎日らしい。と、桐谷が紹介している間にも通りかかった女子数名が、「荒田くーん!」と大声で手を振ってきていた。振り返した荒田くんに、きゃあきゃあと歓喜の声をあげて去っていった。何も言わず、物陰からこっそりとのぞく数名もいた。

「今回呼びだされたとき、僕はてっきり、桐谷さんに告白されるかと思ってドキドキしていたよ」

「私をあなたの取り巻きと一緒にしないで」

「彼女たちはみんないい子だよ」そう言った彼の笑みは、遠慮しながらも、どこか見下しているようにもみえた。

 成績優秀。容姿端麗。そんな彼に唯一の欠点があるとすれば、それは風見夜子のファンであると告白した点だろう。

「以前から夜子を知っていて、ずっとひそかに気になっていたみたい」

 桐谷が最後にしめくくった言葉で、思わず固まってしまった。

「気になっていた? 風見を?」

 桐谷がうなずく。問題の荒田に視線を向けると、彼がしゃべりだした。

「話しかけられずずっと機会がなかったけど、こうして会うこともできた。桐谷さんがこんなに風見さんと仲が良かったのなら、もっと早くに桐谷さんと交友しておけばよかった」

 いまの言葉は、少なからず桐谷のプライドを傷つけただろうなと思っていると、案の定、彼女はおれにだけわかるように小さく舌打ちをしてきた。とばっちりだ。

「でも、きれいな風見さんのことだ、やっぱり彼氏がいるとは思っていたけど……」

 言って、荒田くんがおれを見る。そういえば、ここにきてようやく目を合わせられたような気がする。というか、きれいだと? 風見を? この男が?

「別に付き合ってはいない」

 黙ったままの風見の代わりに、おれが応える。

「そうなのかい?」

「ああ」

「本当に?」

「なんで念を押すんだ」

 荒田は何かをつぶやき、それから立ちあがり、風見と握手をかわした。勝手に手を取られて、表情こそ変わらないものの、風見は少し動揺したようにもみえた。

「あらためて、荒田静です。ずっとあこがれでした」

「それはありがとう。ところで、あなた死ぬわよ」

「近いうちに?」

「一週間前後というところ」

「どこで死ぬんだい?」

「昇降口と校門の間の通路」

「どうやって僕は死ぬ?」

「まだわからない。けど、悲惨な死に方をする」

「ちょ、ちょっと待てくれ」と、おれは思わず口をはさんでしまう。

 ものわかりが良いというか、納得が早すぎる。

 なんだこれは。まさか、風見の力のことをもう知っているのか? 目でそう桐谷に訴えると、首を横に振った。桐谷は力のことを話していない。

「どうして風見の話をそこまで簡単に信じるんだ」

「そのほうが、面白いだろう?」

 風見は関心を示したのか、荒田のほうをまっすぐ見上げている。そのあと、こう切りだした。

「それならもうひとつ、面白い話を聞いてみない?」

 まさかと思っていると、風見は自分の力の話をはじめてしまった。そこまで簡単に話していいのか。というか、本当に信じるのか。

 話し終えると、荒田はまた風見の両手を握った。笑みこそくずさないものの、どこかそわそわしていて、少し興奮しているのがわかった。

「すごいよ。それが本当ならすごい。ひとが死ぬとわかっていて、風見さんはいままでひとを助けてきたんだね。とても勇気のいることだ。誰にでもできることじゃない」

「まあ、つらいこともあったけど」風見が応えた。

「そうだろう。きみにしかわからないつらさや悲しみがあったはずだ。でも、そんなきみが今回は僕を助けようとしている。僕はきみの力になりたい。いや違うな、きみの力を借りたい。命を助けてもらうかわりに、必要以上にきみをわずらわせないようにする」

「ならとりあえず、手を離してもらえる?」

「ああすまない」

 よほどきつかったのか、風見は手をグーパーさせた。ここまで戸惑っている風見もめずらしい。完全に押されている。

 四人で今後について、どう対策を取るか話そうとしたが、昼休みの終わりが近づいていた。お開きとなり、また翌日この場所で、ということになった。

 最後にお互いに連絡先を交換し合った。荒田はベンチの置いてある袋を取り、去ろうとする。風見が袋のなかを指摘すると、でてきたのは、チョコクロワッサンだった。

「お近づきの印に、どうぞ。ああ、パンひとつで命を救ってもらおうとは思っていないから、安心して」

 荒田は笑顔でそれを渡した。彼は桐谷とともに去っていった。中庭に残されたおれたちは、二人の背中を見送る。

「変なひとだったわね」風見が言った。

「自分のことを棚にあげすぎだ」

「面白いひとだったわね」言いながら、風見はチョコクロワッサンの袋を開ける。一口目を食べようとしたところで、横からトンビが奪い去っていった。ぽかんと口をあけたまま、彼女は固まっていた。

「自分のことを棚にあげすぎだ」

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