2-2
荒田と桐谷の二大巨頭による、テスト勉強がはじまる。その前に、またしても二人の間にいざこざが起きた。
「荒田くんは文系? それとも理系? 教える教科によって夜子の監督をわけようかと思ってるんだけど。ちなみに私はどっちでもいけるわ」
「僕もどっちでもいけるよ。桐谷さん、きみから自由に選んだらいい」
「いいえ。ここはあなたにゆずるわ荒田くん。あなたから先に選んでちょうだい」
どうやらお互い、自分がどちらでも担当できるという余裕を持ったうえで、相手にどちらかを選ばせたいらしい。風見に限らず、どいつもこいつも、なぜこんなにプライドが高いのだ。
「レディファーストという言葉を僕は国語で習った」
「なら比較という言葉も国語で習わなかった? 前回の中間テストの合計点を比較して、高いほうが、相手に選ばせられるというのはどう?」
「のった」
前回のテスト結果なんてどうやって比較するのだろう。まさかテストの結果をいま持っているわけでもないし。と予想していたら、桐谷と荒田は当たり前のようにカバンからテスト結果をだしてきた。全教科しっかりそろっていた。え? なんだ? おれの常識がおかしいのか?
比較した結果、桐谷のほうが十点以上も上回っていた。勝ち誇ったように彼女はスナック菓子の袋を開けて食べ始めた。結局、荒田は理系を選んだ。
「国語。数学。英語。科学。歴史。主要な教科はこのくらいだけど、夜子はたぶん、どれも壊滅的よね。まずはどれから手をつけたい?」桐谷が訊いた。
「科学がいい。百点を取りたい」
風見はぶれない。と、ここでさっきまで何気に沈んでいた荒田が、笑顔を取り戻した。そう、彼は理系担当だ。
「風見さん、安心して。いまはなにもわからなくて不安だろうけど、大丈夫、僕がしっかり教えるよ。勉強ができる力と、ひとに教えられる力というのは、実はまったく別物だからね。僕は両方できる」
桐谷への挑発も忘れず、荒田は風見を立たせ、自分の勉強机へと案内する。風見を椅子に座らせ、荒田がそばに立つという家庭教師の形式だった。
「A組とC組、テストの担当教師は違うけど、出題範囲は同じだ。教師によって出題の形式や傾向はもちろん変わる。だけどまずは基礎からやっていこう。大丈夫、できるよ。科学はやさしくきみに微笑みかける」
「頼もしいわ。よろしく荒田くん」
風見もやる気になっていた。はたから見ていたおれも、もしかしたら、という気がわいてくる。本当に高得点も夢ではないかもしれない。期待できるかもしれない。
それから三十分が経ち。
休憩しているおれと桐谷のもとに、どん、と荒田が倒れこんできた。
「基礎がどうとかいうレベルじゃない……」
「いきなりどうした!」
そのまま荒田は放心状態になってしまった。風見は無表情のまま、いまだに勉強机のもとで座っている。
しょうがないわねと、ここで桐谷が立ちあがる。手に国語の教科書を持って、風見に近づいていった。
「科学はひとまず忘れましょう。国語の勉強よ。いい夜子。歴史だろうが、数学だろうが、英語だろうが、科学だろうが、結局のところ、すべてに起因するのは国語力なの。問題の意味を理解する、国語力を身につけましょう。日本人なら簡単よ、国語なんて」
「あなたに任せることにする、知咲」
またもやる気の風見。今度こそ適任だったようだ。確かに勉強ができる才能と、ひとに教えることができる才能というのは、別物だ。桐谷ならきっと大丈夫だろう。
そして安心しきったまま三十分が経ち。
戻った桐谷は、どさりと膝をついた。
「あの子は日本人なんかじゃない」
「桐谷まで!?」
風見は思った以上の強敵だったらしい。
荒田や桐谷に無理なら、もちろんおれにだって無理だ。というか自分の勉強にだって精一杯である。
結局、荒田と桐谷は一日に一教科ずつ、勉強を行う方針をとった。それが決まったところで夕暮れになり、今日はお開きとなった。
荒田が駅まで送っていくと言った。来た道と同じ、自然公園を通る。
「明日から毎日きてもらってもかまわないよ」
冗談じゃない、と心のなかで毒づいた。荒田の母親とのトラブルが起こらないかと、ひそかに警戒していたからだ。桐谷も、もしかしたら風見でさえもそう考えたのかもしれない、その荒田の言葉には誰も返事をしなかった。今日は平気でも、明日ならわからない。それが毎日と続けば、さすがの母親も黙ってはいないのではないだろうか。息子をたぶらかす三人の悪友。そう取られてもおかしくない。
この自然公園の景色はおしいが、勉強会を行うにしても、場所は変えたほうがいいと思った。
遊歩道を少し歩き、それから近道にと、木々の間を通るためにそれる。はずだった。
走りだしたのは、風見だった。
遊歩道の先。行きに見た小さな池の近くで、風見がとまる。三人で顔を見合わせて、おれたちも彼女のもとへとついていった。
風見は道にしゃがみこみ、何かを見ていた。何を見ているのかはわからない。荒田が話しかけても彼女は反応せず、その一点を見つめ続けている。それはおれが、何度も経験してきた光景である。
「ランニング姿の男性。白髪が混ざっていて、体はそれでもたくましい。左の太ももにバンドみたいなものが巻かれていて、そこに大きな水筒がついている」
ここまでくれば、荒田も桐谷もぴんときていた。桐谷は深刻な顔を、荒田は「まさか」とつぶやきながらも、降参という風に苦笑いをしていた。この公園になら、未来の死体は遠慮してあらわれにくいなどと言った手前、気まずい思いなのだろう。
風見はおれたちのほうを振り返り、無表情のまま、こう言ってきた。
「明日から、毎日くることになりそうね」
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