3-2

 昼休みになり、集合場所の中庭に向かう。風見は未来の死体を一度確認してから向かうと言い、先にでて行った。

 中庭には桐谷と荒田が待っていた。桐谷は荒田を紹介したことで、自分の役割は終えたつもりだとおれに言ってきたが、そこをなんとか居てもらうことにした。

 昨日の夜の電話でのこと。

「ほかに何か、私に手伝えることがあるの?」

「いやその、なんていうか」

「……ああ」

 なるほど、と小さな笑い声が受話器から聞こえてくる。

「ようするに凪野くんの視線の逃げ場になれってことね」

「あいつらが会話をはじめたときに、自分が手持ちぶさたになることが耐えられない、というわけではないぞ」

「凪野くん、意外に可愛いところもあるのね」

「なんのことだよ」

「予想もしていなかったんでしょ? 自分以外に、夜子を無条件で信頼するひとが現れることに」

 未来の死体の被害者と風見を接触させるのは、いつだって自分だと思ってきた。常識の通じない風見と、常識的な一般人との間を仲介する。今回はどうやら、それが必要ない。だから手持ちぶさたになる。いや違う、と否定する前に、電話は切られていた。

 中庭はテーブルつきの場所もあったので、今日はそこに移動した。

 風見が遅れてやってきて、おれの隣に座る。向かいには荒田と桐谷が座った。風見はなぜか、確認してきた未来の死体の報告をしなかった。

「さあ、死体についての話をしよう」楽しそうに荒田が言った。自分の死にまつわることなのに、この笑みだ。普通の感性とは、どこかずれているような気がする。

 荒田が先を続けようとすると、彼の携帯がなった。一度席を外れる。数分話している間に、おれと風見と桐谷で誰と電話をしているか賭けをした。おれは「恋人」、桐谷は「妹」、風見は「母親」だった。誰も「友人」という答えはださなかった。

 荒田が戻ってくる。

「失礼。母さんからだった。今日は僕が塾で遅いから、時間は何時になるのかっていう確認の電話だよ。まったく、この年で勘弁してほしい」

 風見がガッツポーズをして立った。おれと桐谷がため息をついた。

 小躍りしている風見のかわりに、桐谷が荒田に話しかけた。

「塾に通っているの? 必要なさそうだけど」

「学力という意味でなら必要ない。だけど家庭の平穏のためには必要だったりする」

「つまり母親を安心させるためか」おれが応えると、

「……へえ、するどいね。どうやら凪野くんは、意味もなく風見さんの横にいるわけじゃないみたいだ」

 むっとする暇も与えず、今度は風見が口を開いた。

「さっき未来の死体を確認したけど、まだ消えていなかった。雷という死因を解明しても、まだ不十分ということよ」

 未来の死体の主成分は可能性だ。死因を解明はしても、まだその状況に陥る可能性が残っているかぎり、死体は消えない。それどこか、運命が強引にその道筋をたどらせようと修正すらしてくる。

「それに右目がえぐれているところも気になる。雷だけで、あんなになるのかしら?」

 誰も答えなかった。

 そもそも、雷という解答では不十分なのかもしれない。まだすべてを解明できているわけではないのだ。

「そこでわたしに、秘策があるの。誰かハサミを持っていない?」

「持っているわけないだろ。というか秘策ってなんだよ」

「僕が持ってるよ」

 ふところからグレーのポーチをだし、荒田がハサミを見せた。常にその小物入れを持っているだろうか。イケメンの考えることはやはりわからない。

 荒田が風見にハサミを渡す。

「何に使うんだい?」

「こう使うのよ」

 言いながら風見は、ハサミを自分の髪にむけて、

「バッサリ」

 と、切ろうとした。おれと荒田はあっけに取られて、黙って見ているだけだった。スローモーションの世界が訪れる。風見は片手で髪を豪快につかみ、その根元に刃が向かい、そして……。

「いやいやいやいやいや!」

 絶叫とともに桐谷がそれをとめた。なんで? なにしてんの? 頭おかしいの? 次々と言葉の弾丸を風見にあびせる。

「これで荒田くんにわたしが変装して、死の危険を肩代わりできるかもしれない。運命をだますのよ」

「いや無理だから! それに夜子あんた、小学校のころからずっと伸ばしてきてる大事な髪じゃない!」

「落ち着いて知咲」

「落ち着いてられるきゃーっ!」

 そのあとも桐谷は風見をその場で正座させて、説教をした。割りこむこともできず、おれと荒田は黙って昼食を食べることしかできなかった。

 桐谷がようやく落ち着き、全員が席についたところで、荒田が口を開いた。

「僕も死にたくはない。死の危険はまだ去っていないようだからね。そこで提案が、お願いがあるんだ」

 さっきの騒動も冷めきっていないなかで、何を言いだそうというのだろう。いまも地面には風見が切ろうとして落したハサミが転がっている。もう少しばっさりとショートカットになるところだった。

 荒田は一瞬だけおれを見て、そのあと風見を見つめて言った。

「風見さん、タイムリミットが過ぎるまで、僕のそばにいてくれないか」

「もちろんそのつもりだけど」

「きみが思った以上にそばにいてほしいということ。わかりやすくいうなら、恋人のように、常に一緒に。男としてみっともない告白をするなら、僕をまもって欲しい」

 彼は続ける。

「もちろん、最初は凪野くんの了承を得てからにしようと思っていたけど、どうやら風見さんとは付き合っていないようだし」

「ああ、そうだよ」

 おれは即答した。理由はわからなかった。

 未来の死体は学校にしかないのだから、本来なら風見は、荒田とつねに一緒にいる必要はない。それをわかっているうえで、荒田はこの提案を、おれの前で風見にしている。

 ようするに、荒田の目的はおれへのあてつけだ。挑発。そしておれがわかっているくらいだから、もちろん、向かいの席でにやけている桐谷も事情を察している。風見だけは無表情のままで、呑み込めているのかどうかはわからない。

 少しの間があいて、風見が答えた。

「いいわ荒田くん。今日からタイムリミットが過ぎるまで、一緒にいましょう。わたしと荒田くんは、仮初の恋人同士よ」

「ああ、よろしく夜子」

 早速名前で呼びだした。恥ずかしげもなく、むしろ自信気だ。視線の逃げ場を用意しておいてよかった。桐谷を見ると、仕方がないという風に、口を開いた。

「付き合うのはいいけど荒田くん、もしも夜子を危ない目にあわせたり、恋人だからと強引に、夜子の合意もえずに彼女の尊厳を傷つけるようなマネをしたら、そのときは」

「そのときは?」

「警察を呼ぶわ」

 それは怖いな、と荒田が笑った。警察官を父親に持つ彼女だからこそいえる、味のある脅迫だ。

「でも大丈夫。僕は風見さんを傷つけたりしない。少なくとも、おとしめるようなあだ名を広めたりはしない」

 桐谷が眉をあげる。さすがに風見もこれには反応する。だが口を開くまえに、去り際を察した荒田が席を立った。

 放課後に風見と帰る約束をとりつけ、ついでにおれが同伴しないこともしっかり確認し、彼は去っていった。少しして、おれたちも中庭から教室に戻ることにした。

「確かにちょっと嫌なやつね」そばに寄ってきた桐谷が言った。

「だろう?」

 呑気な回答に聞こえたのか、桐谷がおれの肩を叩いてきた。

「しっかりしてよ。本当に奪われるような展開だけは、ごめんだからね」

「奪われるってなんだよ。そもそも誰も、風見と付き合っていないだろ」

「へえ、じゃあ夜子と荒田くんが仲良くしてても、嫉妬はしないの?」

「するわけないね」

 また肩を叩かれる。ついでにため息もつかれる。なんだ、おれの対応はそんなに間違っているのか。

「とにかく、彼にはそれ以上に、どこか危うい感じもするのよ。成績優秀で顔もよくて、性格もいい。そんな完璧な人間なんて、いないんだから。気をつけてよね」

 似たようなことを、佐藤も言っていた気がする。

 完璧な人間はいない。おれはもちろん、風見や、桐谷さえも、みんなどこか、欠点をかかえている。

 荒田静の場合、それはどこに隠れているのだろう?

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