2-1
学校の最寄り駅から電車で二駅、降りた場所が荒田の地元だった。
コンパクトなバスのロータリーと、道路を渡った先には緑が広がっていた。大きな公園らしい。
「自然公園だよ。一周は一キロ弱くらいあったかな。きれいなところで、僕は通学にいつも通っている。ここをつっきると近いんだ」
荒田の先導で、適当な入口を見つけて公園にはいる。とたんに木々が日差しをおおい隠して、涼しくなった。風が吹くと、頭上でさわさわと葉の揺れる音がする。こんな場所を毎日通っていて、よく学校をサボろうという気が起きないものだと、彼を少し感心した。
期末テストは、いまからちょうど一週間後の月曜日。そこから五日間を通しておこなわれる。風見の本命である科学のテストも、初日の月曜日からだ。対策は早いにこしたことはないと、おれたちは荒田が提案してきたその日の放課後にはもう、勉強会をはじめようと荒田の家へ向かっていた。
風見と桐谷が二人で前を歩く。荒田がおれのそばによってこう耳打ちしてきた。
「二人きりになろうとしなかったことだけでも、感謝してほしいな」
「いちいちラブコメを持ちこむな」
コンクリートの遊歩道が伸びているが、荒田の指示でそれには従わず、まっすぐつっきるように進んでいった。近道を熟知しているようだった。たまに遊歩道に戻ることもあり、地面が土に変わったりコンクリートに変わったりと忙しい。
遊歩道をつくり、そのまわりに木々や植物を植えていった、というよりは、もともとある森のなかに遊歩道をつくった、と表現したほうが正しい、そんな豊かな自然公園だった。進んでいくと、小さな池もあらわれた。深さもそれほどないようで、水草がちらりと水面からのぞいている。
「いまは午後の中途半端な時間だから静かでひとも少ないけど、休日はにぎやかだよ。犬の散歩をしているひとや、ランニングにいそしんでいるひと、家族でシートを広げてピクニックをしていたり、お年寄りの夫婦やカップルがベンチで休憩していたり。季節や人々、この公園は色々な顔を見せてくれる」
「絵にかいたような平和ね」桐谷が応えた。
「この公園では、さすがの未来の死体も、遠慮してあらわれにくいんじゃないかな」
そう言って、荒田は風見に笑いかける。確かにこの公園ほど、未来の死体が似合わない場所もない。
公園を抜けると、住宅地にでた。その道路にも街路樹がたっている。この町は常に緑を絶やさない姿勢のようだった。
「ここだよ」と、公園をでて数分もしないうちに、荒田の家についた。
うすうす予想してはいたが、普通よりも大きな一軒家だ。門を開けてレンガづくりの階段をのぼり、左右に芝生を見てようやく玄関につく。いちいち裕福を主張してくるような家だった。
「ちなみに僕はこの家があまり好きじゃない。外面ばかり飾り立てると、そいつの中身が薄いと思われそうだから」
「あら、見えない内面を少しでも主張するためにあるのが外見じゃない? 権利や身分を主張しているという意味では、私はこの家は嫌いじゃないと思ったけど」
荒田と桐谷の、ケンカなのか議論なのかよくわからない会話がひとつあり、それから家にはいる。荒田がそうっと玄関のドアを開けたのが気になった。
「母さんはリビングにいるみたいだ。二階の突き当たりに部屋があるから、そこにいてくれ。菓子を用意するよ」
なるほど、慎重な様子はおれたちと母親を会わせないためのものだ。
前回の未来の死体の件で、結果的におれたちは、荒田を母親から逆らわせている。誰にとっても、お互いの立場は微妙なものだ。というか荒田もこのことをもちろんわかっているはずで、ならどうしておれたちをここに呼んだんだ。ふざけるな。
手遅れの怒りをひとまずしまって、おれたちは荒田の言う通り、階段をのぼった。
問題の彼の部屋にはいる。とりあえず、おれの部屋よりは広くて空気が澄んでいた。荒田の私物を物色する前に、彼が早々に飲み物と菓子を持ってきた。風見を見ると、本棚から抜きだして読もうとしていた漫画を桐谷に没収されていた。
テーブルをひっぱりだして、四人でそれを囲う。四人分の教科書と、ノート、筆記用具が重なりあって置かれる。近くの床にはジュースやお菓子の乗ったおぼん。桐谷と荒田が率先して風見のコーチとなる。
自然な流れではじまったテスト勉強、風見本人が一番とまどっていた。その様子を見て、少し笑った。
いつもは血なまぐさい死に直面してばかりだった風見が、いま、何でもない日常のなかにいて。
こういう景色は、素直に悪くないと思った。
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