4-1

 翌朝。今日も風見はいない。いまごろは荒田と一緒に登校でもしているのだろうか。かりそめの恋人をスタートした二人だが、果たして荒田は風見との登校に耐えられるか。

 未来の死体を見つけて三日がたつ。そろそろタイムリミットの折り返し地点で、風見が死体に触れるようになってもいいはずだ。

 通学路の途中で手をつなぐ荒田と風見に会う、ということもなく、登校を果たす。

ふと、校舎の陰から佐藤がでてくるのが見えた。佐藤がでてきたのは、学校行事用の備品を入れておく倉庫がある場所だった。その備品のひとつを持ちだしたのか、今日の彼はゲーム機のかわりに段ボール箱を両手でかかえていて、とても歩きにくそうだった。

 昇降口にはいっていこうとしたところで、声をかけた。

「何を持っているんだ?」

「教えたら持っていってくれるか」

「どこへ?」

「学校の屋上。垂れ幕をつけてくるように頼まれたんだ。早めに教室について誰もいない静かな空間でゲームをしようとしたら、ぐうぜん教師につかまって、これだよ」

「垂れ幕?」

 佐藤は箱をおろし、勝手に中を開けて問題の垂れ幕を広げだした。『第61回 祝』と書かれたところまででて、おれがとめた。周りの目が嫌だったからだ。

 ただの布かと思っていたが、意外に金属部分も多くて、これは重いだろうと思った。

「ディベート部が関東大会に出場した祝らしい。こんなものがあるせいで俺は屋上だ」

「ディベート部なんてあるのか?」

「それよりも61回も続いてることに驚けよ」

「そもそもディベートってなんだ?」

 バカな二人で笑い合う。

「で、手伝ってくれるのか?」

「取りつけ頑張ってくれ」

 箱の中身から目をそらして、去ろうとする。その横を、「おはよう」と聞き覚えのある声が通りすぎた。

 荒田だった。当たり前のように、横に風見がいた。

 ほかのだれかと歩いている風見というのを、おれは初めて見たかもしれなかった。はたから見る風見は、しゃべっていないせいか、だいぶマシに思えてしまう。

 一瞬のことだったので挨拶を返しきれず、二人は昇降口の奥へと消えていった。

「いまの、荒田か?」佐藤が言った。

「知ってるのか」

「今年のあいつのバレンタインのチョコの数は聞かないほうがいい。女子なんてよりどりみどりだ。そのはずなのに、なんで死神と一緒にいるんだ?」

「風見のチョコが選ばれたんじゃないか?」

「死神はお前と一緒にいるものだと思っていた」

 何か言い返そうとしたが、その前に佐藤が続けた。

「あれをみたほかの女子はなんて思うだろうな」

「ただ隣で歩いていただけだろう」

「それだけじゃないようにも見えたけどな」

 するどいのか、そうではないのか。

 佐藤と別れて(心地のいい恨み言を背中にあびながら)、教室まで向かう。入口で風見がおれを待っていた。荒田はいなかった。

「おはよう凪野くん」

「ああ」

 何か続けるのかと思っていたら、風見はそのまま黙ってしまった。微妙な空気にあせり、おれが口を開く。

「なあ。荒田は本当に、お前の未来の死体の話を信じて……」

「荒田くんだけどね。面白いのよ。いろいろ話を聞いてもらっちゃった」

 話題をふろうとしたところで、風見にかぶせられてしまった。それからも朝の会話の内容を聞かされた。

 風見の横を抜けて教室にはいろうとしたところで、呼び止められる。

「明日の土曜日、遊びにいこうって誘われてるの。いっても平気?」

「……なんでおれに聞くんだよ」

「そうよね。恋人じゃあるまいし」

 風見は無表情のままだ。だけどいまの言葉を、意識して口にしたことだけはわかった。彼女はおれのわきを抜けて、先に教室にはいっていく。振り向くと、隣の教室のドアにもたれかかり、荒田が満足げな様子でこちらを見ていた。

 いったい、なんなんだ。



 放課後は風見がいないため、おれが死体現場にいても意味がない。被害者である荒田にも風見が関わっているので、おれの役目は本当になさそうだ。一日が長く感じられて、すごく疲れたので、夜は早めに寝た。二つ目の死因はいまだに解けていない。

 翌日の土曜日は寝坊して、両親に店を手伝いをと怒られた。相変わらずおれは雑用で、厨房にたつことは許されていない。食材への介入が許されないと、おれのすることは注文と品出しくらいだ。

 昼時になり、再び混みだした。大通り沿いにあるわけでもないのに、なぜかこの定食屋がつぶれる気配はない。常連に支えられているゆえだろう。

 そして、おれにとっての馴染の常連も、やってきた。

 最初に風見が店にはいってきて、次に荒田が続いた。荒田は店の内部に興味があるようで、きょろきょろと見まわしている。

「荒田くんが来たいというから、連れてきたの」

 風見は言って、おれの案内もなしに勝手に席につく。いつものカウンター席だ。荒田も続く。

 そんなことよりも、風見の服装だった。いつもよりもととのった黒髪に、夏を見越したような涼しい格好。薄い緑のノースリーブで、さらけだした肩や、のびる腕の肌の色がひきたっていた。スカートも薄いピンクで、よく見れば、首には花の形をした銀のネックレスまでしている。明らかにいつもの彼女の格好ではなかった。

 風見の足元に大きな紙袋があることから、さっき買ったばかりの服を着ているのだとわかった。風見にもこんな格好ができるのかと、心のなかで驚く。顔にはださない。

「買ってもらったの」と、解説をそえるように風見が言った。

「注文は?」

「親子丼大盛。荒田くんはどうする」

「じゃあサバの味噌煮定食で」

 模範解答だった。風見はともかく、荒田もメニューすら見ないで答える。

 注文をあずかって、外から厨房にメニューを伝える。風見と荒田が何かを話していたが、聞こえないように距離を取った。同じく店を手伝っていた母親がやってきて、

「フラれちゃったの?」

 ふふふと笑い、休憩に店の奥へとはいっていった。今度、テレビに録画してある韓国ドラマをぜんぶ消してやろうと思った。

 できあがった親子丼とサバの味噌煮定食を持っていく。立ち去ろうとしたところで、荒田が声をかけてきた。

「凪野くん。きみとの話をいろいろ聞いたよ」

「……感想は?」

「あらためて、きみが羨ましくなった」

「冷めるぞ、早く食べろ」

「あ、凪野くん」

 今度は風見に呼びとめられる。袖をつかまれ、とまらざるを得なかった。

「荒田くんの死体が触れるようになったの。布切れを握っていたと話したでしょう?」

「ああ、言っていたな」

「布にね、ある文字が書かれていたのよ」

「文字?」

「数字で『9』。何か思いつかない?」

「お前の親子丼大盛りの値段は900円だが。ちゃんと払えるんだろうな」

「爆ぜろ」

「爆ぜろ!?」

 どんな悪口だ。

 会話がひと段落し、隙をみたように、荒田が加わってくる。

「九の読み方は日本語では、きゅう、く、ちゅう、ここの。苦を連想させて縁起が悪いなんて言われる数字だけど、逆に中国では奇数が吉数とされていて、九は漢字一文字で書ける最大の奇数だから、幸福を呼ぶとも言われている」

「大した知識だな」

「それと九というのは、位が変わるひとつ手前の数字だ。カバラ数秘術っていう、古いユダヤの占術があるんだけど、それによれば、九は物事の終わりを意味するそうだ」

「…………」

 口を開きかけたところで、ほかの客からの注文があったので、そちらに向かうことにした。メニューを聞き、厨房の父親に伝える。

 少しして、風見たちのいるカウンターを見ると、すでに二人はいなかった。片付けに向かうと、テーブルにお金が置かれていた。風見は親子丼の普通盛りの分の料金しか置いていなかった。

 追いかけようとしたところで、逆らえない父親に呼ばれて注文の品を受け取る。客にだして、「頼んだものと違うぞ」と怒られた。

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