6-1
タイムリミットの月曜日。そして今日から期末テスト。おれは学校にきていた。
このあとは杉本のいる現場で、彼を待ち構えるつもりだ。おれはテストを受けない。本当ならもっとも前に死因を把握し、それをとりのぞき、おれも一緒にテストを受けるのがベストだった。だけどしょうがない。落ち込むのは早いし、諦めるのはもっと早い。杉本はまだ死んでいない。もしも謎はとけなくても、最悪、昨日の風見のような強引な方法を取ろうと思っていた。
そして風見には、ここでテストを受けさせる。そういう見張りもかねて、教室まで見送ろうと思ってきていた。
「さあ凪野くん。今日まで身につけた知識を大爆発させるときよ」
「脳が消し炭にならないといいな」
「絶対に百点を取るわ」
テストがはじまる五分前。教室のドアの前で、風見は意気込んでいた。意気込みすぎて、進むと同時、ドアに正面衝突した。基本的に彼女は勝ち負けにこだわると、目の前のものしか見えなくなる。戸を引いて開けるという手間さえ省くほどに。
なぜ風見が、ここまで百点にこだわるのか。
科学のテストでトップを取れば、遊園地のチケットがもらえるからだ。
「遊園地のチケットは、誰といくんだ?」
教室にはいろうとした風見を呼びとめて、訊いた。彼女は振り返り、きょとんとした顔で言ってきた。
「何言ってるの? 凪野くんとに決まってるじゃない」
自分でもわかりやすい人間だと思った。
それでくじけかけた心が、立ち直っていたからだ。
狭まっていた視界が、一気に開けたような気がした。いまなら、すべてのものを冷静に判断できるような気がした。そしてこういうときに限って(まさにベストなタイミングといえる)、ヒントは向こうからやってくる。
「いてえ……」
と、うめきながら廊下を歩いてきたのは、高藤先生だった。普段はがたいのいい体が自慢の先生だが、いまは何かの痛みにちぢこまり、ひどくみじめな様子だった。
高藤先生は手におおきなビニール袋と、殺虫剤を持っていた。通り過ぎる間際、彼の手のこうに大きな赤いはれができているのが見えた。
「先生!」
気づけば思わず呼び止めていた。教室に足を踏み入れていた風見も、おれの大声に戻ってくる。
高藤先生は面倒そうな顔を向けてくる。
「その傷、どうしたんですか?」
「刺されたんだよ。この前、白埼先生に駆除を頼まれてたんだが、このざまだ。おい、彼女には言うなよ」
「刺されたって何に?」
「蜂だ」
言って、高藤先生は手のはれをおれたちに見せてくる。赤いぷつぷつができていて、何かに刺されたようなあと。よく見れば手だけではない。腕や足元、いくつもの場所に、赤いはれができていた。
おれは思わず風見を見た。彼女は先生の傷をみたあと、静かにうなずいた。パズルのピースがはまるような心地だった。
「そんなに大きな蜂だったんですか?」
「スズメバチだよ。いまから保健室に向かうところなんだ、悪いけどお前らと話している暇はない」
「死ぬことはあるんですか?」
「はあ?」
と、呆れられるが、おれの視線に負けたのか、あらためて高藤先生は応えてきた。
「一度目はないが、二度刺さると重症になることもある。スズメバチには毒があるんだ。おれは一度目でよかったよ。というか生物の授業はおれの担当じゃないぞ。もういいか」
「はい、すみません」
聞いたことがある。
確か、アナフィラキシーショックと呼ばれるもの。代表的なものはまさに蜂で、ある毒に対しての免疫が働き、二度目以降は異常なアレルギー反応が起こる症状だ。
もしも杉本が過去にスズメバチの毒を体験していて、次が二度目だとしたら。アナフィラキシーショックを起こし、異常なアレルギー反応で死に至る可能性はある。
「凪野くん」
「風見、お前はテストを受けろ」
一瞬の間があいて、そのあと彼女は言ってきた。それは見送りの言葉でもあった。
「わたし、遊園地にいって最初にのりたいのは、メリーゴーラウンドよ」
「てっきりバンジージャンプかと思ったよ」
「ひもを切らないでよね」
「当たり前だ」
おれは駆けだす。
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