続編・第四章『風見夜子と究極の選択』
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爆発は、ジェットコースターの途中のレールからだった。ぎいいいい、と金属のきしむ音が続く。レールも傾いていた。爆発でくだけちった残骸は地面に落ちていった。今度は甲高い金属の音だった。音がドミノのように重なり、なりやまない。
くだりはじめのレールが分断され、まさにそこに、乗客を乗せたコースターが降りようとしていた。悲鳴があがっていた。期待や興奮に彩られた悲鳴ではないと、その場でコースターを見上げていた誰もが理解していた。
目を離したいのに離せなかった。荒田も、桐谷も、風見も、ひとりも動けなかった。コースターがかけおりて、分断されたレールに到達すると同時、枠外に投げだされていく。巨大な竜が地面めがけて突進していくようだった。
乗客の悲鳴がとぎれ、かわりに衝突音がひびく。どごごごご、と鈍く重い音だった。土けむりがあがっただけで、爆発は起きなかった。だけど誰も、コースターの乗客が無事であるとは思っていない。
「助けなきゃ。いますぐ、助けなきゃ……」
風見がぶつぶつとつぶやく。未来の死体を前にした彼女は、基本的に制御がきかない。突飛で予測不可能な行動にとびだしてしまう。が、今回風見が見せた行動は、思考を停止させるというものだ。この光景をどこかで見たことがある。そう、偽物の死神が、彼女の目の前でひとを殺したときと同じだ。救えるはずの命を目の前で失った瞬間と同じだ。
どこかで爆発音がした。別のエリアからのようで、悲鳴が遅れてやってくる。何が起きているのか理解する前に、次の爆発音がやってくる。遊園地は恐怖に包囲されていた。
「遊園地からでてください! 出入口はあちらです!」
着ぐるみをはずした従業員が、大声で呼びかけを行っていた。さっきのパンダの従業員だった。コアラやブタ、ライオンにゾウがかけつけてくる。
コースターの落下個所にはひとがあつまっていた。若い人が多く、写真を撮っているのだとわかった。それ以外のひとたちは出口に向かって走っていた。さまざまなひとがそばを通り過ぎていく。家族連れが多かった。おれたちは動けない。誰も何も言わない。
「入口はあちらです、焦らないで!」
パンダが呼びかける。ほかの着ぐるみは泣き叫んでいる子どもに手を振ってあやしていた。写真を撮っていたひとたちも、避難をはじめる。同時にまた、どこかで爆発音がした。
おれは。
おれは、どうする。まずどうする。どうすればいい。
この爆発はなんだ。誰の仕業だ。誰の責任なんだ。どうしてこんな目に。違う、そんなことを考えている場合じゃない。ではなんだ、風見のことか? 愛知に引っ越してしまう。おれはそれをどう思う。違う。そのことでもない。いまするべきことはなんだ。わからない。みんなどうしたいんだ。ああうるさい。ちくしょう、ほっといてくれ。おれは自分が一番好きなんだ。早くおれをここからだしてくれ。めちゃくちゃだ。こんなの、高校生のおれたちがどうにかできる問題じゃない。
あと少しで叫びそうになるところで、誰かに頬を思いっきり殴られた。衝撃で倒れこむ。
はっとして、その様子を桐谷と風見が見つめていた。おれに馬乗りになるように、荒田がいた。殴ったのは、荒田だった。胸ぐらをぐいとつかまれ、真っ正面で睨まれた。
「お前、僕に言っただろ」
「え?」
「風見さんの横はゆずらないって」
「……そ、それがなんだ」
「証明してみせろよ」
殴られた頬がひりひりと痛んでいた。おれは痛みを感じる余裕を取り戻していた。
荒田、風見、桐谷。みんながおれを見ていた。恐怖や焦りが心からひいていくのがわかった。荒田との短い会話に助けられていた。
荒田の手を借りて、起きる。立ちあがるころには冷静だった。
「逃げるぞ。風見、頼みたいことがある」
「なに?」
「出入り口に向かいつつ、もしもルート上に見落としていた未来の死体があったら、それを避けるように誘導してくれ。もちろん、助けられたら助けよう。まわりで一緒に走って逃げるひとたちにも、未来の死体のそばを通らないように呼びかけるんだ。そこは危ないとか、簡単なニュアンスでいい」
「ええ、わかった」
風見が答えると同時だった。「逃げてください!」と指示をしていたパンダの従業員が、ボンッ! と急に爆発した。従業員がその場で崩れ落ちる。あちこちで羽毛のようなものが舞っていた。パンダの着ぐるみの一部だ。従業員の首から下、着ぐるみのなかから、どす黒い煙が漏れていた。なかに小さな爆弾がしこまれていたのだ。
走れ、と叫んだ。あたりを悲鳴に囲まれながら、おれたちも避難を開始する。
走りだした直後、すぐ近くでまた、着ぐるみが爆発した。ボンッ! と内側でこもるような爆発音。倒れたのはライオンだった。
走りながら、気づけばおれは風見の手を握っていた。荒田と桐谷もあとに続く。桐谷は走っているまわりのひとたちに、大声で呼びかけをしていた。何かは聞き取れない。
人ごみが一斉に出入り口に向かっていた。パニックを起こしつつも、統率のとれた流れだと思った。アジアエリアに戻ると、さっきまでのっていたメリーゴーラウンドが形をほとんど失いながら、燃えていた。幸いにも倒れているひとはいなかった。もうすぐ園外だ。
地面には遊園地の土産がはいった袋がところどころに落ちている。それにひとりの男の子がつまずき、転んだ。親ではない他人が、子どもを助け起こしていた。
出入り口のゲートは原型をとどめていなかった。機械がビービーとうなりをあげている。誰もちゃんとした道を通っていない。なかには茂みをかきわけて外に逃れるひとたちもいた。おれたちはどうする。
脱出の間際、またどこかで爆発音がした。風見が立ち止まり、手を握っていたおれもそれにつられる。荒田と桐谷は先を行っていた。
おれたちだけが立ちどまり、そのまわりを人ごみが川のように流れていく。
「風見、逃げるぞ」
「……凪野くん。きっとこれはわたしのせいよ」
「そんなわけないだろ」
「本当にそう言いきれる? わたしが関わっていないと、否定できる?」
「…………」
学校、焼却炉での爆発。
風見の家の爆発。
そして今回の、遊園地の爆発。
これらはすべて一か月も経たない、短い間での出来事だ。つながりがないとは言い切れなかった。つながりがなければおかしいとさえ思っていた。
「わたしが犯人を捕まえなくちゃいけない」
「いまは逃げるべきだろ」
「いましか捕まえられないかもしれない。きっと犯人はまだ園内にいるわ」
だめだ。こうなった風見はもう動かない。なんでいつも、お前はそうなんだよ。
おれたちを呼ぶ大声がした。振り返ると、荒田と桐谷が待っている。おれは二人に首を横に振って、合図を送った。荒田と最後に目が合った。彼の言いたいことはわかっていた。
二人はすべてを納得したように、人ごみのなかに消えていった。
おれと風見だけが残る。たくさんのひとが悲鳴をあげているなか、彼女の声だけはよく聞こえた。近くにいるからというだけの理由では、ないような気がした。一度深呼吸して、風見への質問にはいる。
「園内に犯人がいると言っていたな。その根拠は?」
「桐谷警部補から聞いたの。わたしの部屋に置いてあった爆弾は、きっと遠隔で操作するタイプのものだろうって」
「それが?」
「遠隔で爆破するにも、ある程度近い場所にはいなければいけないらしいわ。偶然だけど、わたしもそれは、本で読んだことがある」
「これまでの爆破の現場には必ずお前の存在が関わっていた。犯人はお前個人に恨みをもって狙っている誰かか、もしくはお前が犯人かだが……」
「わたしが起爆装置を持っていないかどうか、体をまさぐってくれてもいいのよ。どうぞ性欲のはけ口にしてちょうだい」
「そんなことを言う脳みそに爆弾はつくれないだろうから、やっぱり犯人を探したほうが得策だな」
考えろ。
一度目の焼却炉の爆発。これはきっと、実験的な要素が強かったはずだ。だけど二度目の風見の家の爆発は、確実に風見を狙ってきている。そしてそれらを総括するように、今回の遊園地の爆発。
もしも犯人が風見を殺したいなら、彼女の死をしっかり確認したいはずだ。そういった意味でも園内に潜んでいる可能性は高い。だとしたら、その場所は?
「犯人はどこにいると思う?」
園内のエリアはぜんぶで六つ。アメリカ、アジア、ヨーロッパ、北欧、アフリカ、南米。おれたちが踏み入れたのはアジアとアメリカ。爆発は少なくともアジアとアメリカで起こっている。死者がでたのはアメリカエリア。ほかの場所はどうだろう。それがどこかで分かるところはないか。
「犯人は自分の身だけは安全に確保するはずだ。ならどこかで爆発が比較的少ない場所か、もしくは、未来の死体が少ない場所にいるんじゃないか」
「どうやって確認したらいいの?」
「わからない。遊園地全体を見渡せるくらいの場所があればいいんだ。お前をどこか高い場所に……」
そこまで言って、お互いにはっとした。
近くにひとつだけあった。遊園地を見渡せる高い場所。時間をかけずに行ける場所。
場所は確か、南米エリア。
おれたちは振り向き、同じ方向を向く。そして見上げる。
視線の先にそびえているのは、バンジージャンプの高台だった。
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