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がんがんがんがんがん! と、強烈な金属音で目を覚ます。目の前に風見夜子がいた。起きておれは確かに現実にいるはずなのに、悪夢だった。もしくはまだ夢の続きなのかとも思ったが、昨日買ったばかりのパジャマを着ている彼女を見て、すぐに事態を理解した。
風見はおたまとフライパンをそれぞれ手にして、目ざましの元凶を見せつけてくる。その発想の古さはなんだ。目が冴えると同時に殺意がわいた。死神以外にもお前を殺そうとしている人間がいるのだと教えてやりたかった。
「朝ごはん、できてるわよ」
言いながら、おれをさしおいて風見が先に食卓につく。母さんも父さんも、当たり前のようにそれを受けいれていた。遅れておれも、朝食に加わった。
父さんは対して風見と会話もせず、さっさと食事をすませ、食堂の台所へと向かっていった。対して母さんは風見との談笑をここぞとばかりに楽しんでいた。たまにわけのわからない冗談を風見が言っても、母さんは終始爆笑していた。
「昨日はあまりよく眠れなかったわ」風見が言った。
「人の部屋とベッドをうばっておいて、よく言えるな」
家に唯一空いている部屋は物置になっていて、とても使えそうになかった。おれの部屋を風見にあけわたしたせいで、本来の住人は居間のそばのソファを寝床にするはめになっていた。
「仕方がないでしょう、夜子ちゃんは昨日の今日で、大変な目にあっているんだから。眠れなくて当然」
母さんがかばいにはいる。だが風見は首を横に振り、
「いいえお母さん、凪野くんが隠しているはずのエロ本がなかなか見つからなくて、徹夜してしまったの」
「遠慮という言葉を少しは覚えてから発言しろ。おれは最初から、そんなものなんて持っていないんだよ」
「ええ、ノートパソコンの検索履歴を見つけるまではそう思っていたわ」
「失態!」
「遠慮という言葉を少しは覚えてから検索したらどう?」
「だからお前を泊めたくなかったんだよ!」
しかも親の前での告発。こんなことが連日続くのかと思うと、嫌になる。風見の部屋を爆破した犯人を恨めしく思った。
「夜子ちゃん、このままここに住んだらどう?」
「血迷うな母さん。風見の部屋がもとに戻るまでだけだ」
ところが数日後。
事態が思わぬ方向に転がる。
「マンションの部屋、戻せないみたい」
名義がどうのこうの、保険がどうのこうの、と風見がぶつぶつと、自分でもよく事態をわかっていない様子でおれに説明してきた。最後に結論として、彼女はさっきのようなことを言ってきた。場所はおれの部屋で、いまは仕事の手伝いの休憩中だった。ここ数日はなんと、風見も店の手伝いとして働いている。いや、それはともかく。
「あの部屋はおばあちゃんに買ってもらった部屋だったから。直すのにもお金がかかるみたい。事件が解決してないのもあって、管理人のひとにも渋い顔をされたそうよ」
つまり補修費が出せない以上、あの部屋に戻ることもできない。そして風見にはその補修費がない。
この数日、うちで過ごしながら何度か風見が電話しているのは知っていた。相手が祖父母であることも予想できていたが、まさかそんな事態にまでなっているとは思わなかった。
「それで、お前はどうするんだよ?」
「実はおばあちゃんたちに、家に一緒に住まないかって誘われてる」
「へえ、よかったじゃないか。場所はどこだっけか」
風見の両親が亡くなったあと、彼女を引き取ったのが、いま話題にでている母方の祖父母だ。この町の近くに家があって、中学もそこから通っていたと聞いている。高校進学を機にひとり暮らしをはじめた風見だが、今回また、もとの家に帰ることになりそうだった。
「愛知県よ」
「……は?」
「最近、引っ越したみたいなの。おじいちゃんの故郷だそうよ」
まさか、県外の名前がでるとは。
どういう反応をしたらいいかわからなかった。どういう感情を抱いたらいいかわからなかった。風見を心配するべきなのか? 戸惑ったらいいのか? 焦ればいいのか? 喪失感を抱いたらいいのか?
「向こうに住むのか?」
「まだ、返事はしてない」
「学校は?」
「転校になるんじゃないかしら。さすがに通えないし」
「転校って……。桐谷や荒田には?」
「まだ言っていない。遊園地の日にでもと思ってるけど」
遊園地は明日だった。
二人の驚く顔が目に浮かぶ。それを想像したところで、自分がいま抱いている感想がようやくわかった。一言でいうなら、急すぎる、だ。
「夏休みに入ったし、ちょうどいいタイミングといえば、そうなのかしらね。引っ越しもゆっくりできる」
「お前、本当に向こうにいくつもりなのか?」
「凪野くんはどう思う?」
「どうって……」
そう簡単には離れていってほしくない。仮にそう答えたとして、じゃあおれはその言葉に責任を持てるのか。風見の居場所を与えてやれることができるのか。断言ができない。できないから、応えることもできなかった。
「どっちにしても、いつまでも凪野くんの家にいることもできないし」
「母さんは住めばいいとまで言っていたけどな」
風見は静かに、いいえと言った。
「万が一でも、この定食屋さんが燃えるのは見たくないから」
こんなときでも、いや、こんな時に限って、風見は冷静だった。
学校での爆発、そして今回の部屋の爆発。犯人が風見を狙っている可能性は、かなり高い。標的となっている自分はこれ以上ここにはいられない。それなら遠くに離れるのも手だ、と、風見はそういう意見を持っている。
「もちろん、犯人の逮捕をあきらめてるわけじゃないわ。警察の捜査以外にも、わたしたちにできることはあるはず」
風見に恨みをもっているもの。死神か、もしくは偽物として活動したあの連続殺人鬼のような、彼の協力者がいるのかもしれない。
「遊園地から帰ってきたら、まずは爆破されたわたしの部屋に手がかりが残っていないか、探してみましょうよ」
「おれも手伝うんだな」
「お店を手伝ってあげているでしょう?」
「注文してくる客を脅して親子丼にメニューを変えさせるの、やめろよ」
階下から、おれたちを呼ぶ母さんの大声がした。休憩はおわり、手伝いに戻る時間だった。風見は外していたエプロンをつけなおす。逆につけていることに気づいたが、言わなかった。おれは愛知県のことを考えていた。確か、地鶏で有名な名古屋コーチンのある場所だ。そこでなら風見も、美味しい親子丼が食べられるかもしれない。
階段を降りる途中で風見が言ってきた。
「遊園地、楽しみね」
百点を取り、勝ちとった遊園地。
もしかしたら明日が、風見と遊ぶ最後の一日になるのかもしれない。
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