エピローグ

 風見夜子が死んでから、五日が経った。

 メディアは遊園地の爆破事件を連日とりあげていた。オープンから一か月で閉園をよぎなくされたテーマパークをなげきつつ、ニュースではこう報道されていた。

『容疑者のひとりである白埼ユミは重度のやけどをおい、現在は入院中で、意識が戻り次第の逮捕となるようです。ほかにも複数の協力者がいると予想されていて……』

 キャスターの言葉は、おれが桐谷警部補から聞いた報告と同じものだった。ちなみに園内で爆発した爆弾の数は十九個で、不発に終わったものは三十一個だった。リモコンを奪ったことにより、半分以上の爆破をふせぐことができたことになる。

 ニュースではほかに風見の名前を探したが、どこにも取りあげられていなかった。もっとよく見ようとムキになろうとしたところを、桐谷に電話でとめられてしまった。「あなたはテレビを見るべきじゃない」

 そして黒幕である死神は、今回も見つけられなかった。現場に確かにいたと証言したが、逮捕にはつながらなかった。

 そして風見の遺体も、がれきからはまだ見つかっていない。桐谷警部補はあまり多くを語ってはくれなかった。おれもとうとう、質問するのをやめた。



 母さんはおれを休ませなかった。遊園地から帰ってきて以降、おれは働きづめだった。

 きっと、考える暇を与えまいと配慮してくれたのだろう。何もせずに、あのとき何もできなかった自分を思いかえすよりも、確かに何かをしながら思いかえしていたほうがマシだと思った。おれは注文と品出しを続けた。客のまえでつくり笑顔を浮かべることができた自分に驚いた。

 父さんが初めて厨房にいれてくれた。おれがつくっている姿を見ていろと、錆びたパイプ椅子におれを座らせた。おれは父さんのはいていたスニーカーにある、カレーを落としてできたようなシミをずっと見つめていた。

 荒田からも一度、電話があった。おれを激しく罵倒するのだろうと思った。

「残念だけど、彼女は遠くにいってしまった。こればかりはどうしようもない」

 一言だけそう残し、おれの返事も待たずに彼は電話を切った。罵倒してくれたり、殴り飛ばしたりしてくれたほうがマシだった。

 七年前に出会ってから、再開し、風見の力のことを知った。未来の死体を視る力を持った風見は、あいつだけの孤独を、悩みを、障害を抱えていた。

 一度は突き放したはずの関係が少しずつ戻っていって、巻きこまれていた彼女のひと助けにも、しだいに自分から手伝うようになった。風見のそばにいると、自分まで、なんでもできるような、妙な万能感に包まれることもあった。

 彼女の表情を、行動を、かわした会話を最後まで思い返す。そうしていると、見えない誰かの手で首をしめられる感覚に陥って、息をするのも苦しくなる。

 他人が火に包まれていれば、おれは持っている水を自分にかぶせる。そんな風に考えた自分は、少しは変わったと思っていた。結局、なにも変わっていなかった。

 でも、だからせめて。

 食堂の席だけは守ってやりたい。

 風見が座っていた席だけは、残してやりたい。

 意地でも、執着でも、過去を乗り越えられない自分がいたとしても、なんでもいい。その席だけは、ゆずらない。

 そう決意してから、おれは客を絶対に、風見がいつも座っている奥のカウンター席には通さなかった。盛況になる昼時も、満席になっているときも、店の前で列ができているときも、母さんにも父さんにもゆずらなかった。

 その日もおれは注文に立っていた。

 家族連れの客のレジをしているとき、誰かが店にはいってきて、ずかずかと迷いもなく風見の席に座った。こっちの案内もなく、勝手に席を決める客はたまにいる。基本的にうちは自由制度を取っているが、風見の席になれば話は別だった。

 すみません、そちらには予約がはいっています。頭のなかでセリフを決める。手早くレジを済ませ、メニュー表を持ちながら、問題の席へ向かう。どれだけ強面のやつだろうと、どかしてみせる気だった。

 席に近づき、声をかけようとしたところで、言葉がすべて頭からこぼれていった。

「親子丼大盛りと、新しい住居をひとつ」

「…………」

 力が抜けて、メニュー表を床に落とす。

 風見夜子がそこにいた。

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