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風見を着替えさせてから(母さんの古着を用意した。すごくダサイ)、再び、問題の彼女の部屋に向かうことにした。きっとすでに警察が駆けつけていることだろう。目指している間に、風見に詳細を聞いた。
「家に帰ったら、玄関のカギが閉まっていたの」
「それが何か問題が?」
「いつもは開けてでるのよ」
「…………」
不用心だとか、お前ひとり暮らしの女子だろとか、風見にとってはいまさらなツッコミを、心のなかにおしこめる。とにかく、いつもは開けてでる部屋に鍵がしまっていた。それがおかしいと思った風見は、おそるおそるなかにはいったのだという。
「廊下の真ん中に、プレゼント用の箱があったのよ。クリスマスみたいに豪華なやつ」
「それで?」
「やばいと直感で判断して、背を向けて部屋を出ようとしたら、爆発した」
「よく無事でいたな」
「ドアと一緒に吹き飛ばされて、そのまま煙と一緒に下まで落ちたわ」
「よく無事でいたな!」
マンションの庭に落ちて、木や草がクッションになったのだという。ぼろぼろになった風見の全容がこれでつかめた。こんなときでも、彼女はやはり動じていなかった。横で歩く風見はいつもどおりの歩幅で、いつもどおりの姿勢だった。カバンを確認しながら、こんなことまで言ってくる。
「よかったわ。遊園地のチケットも燃えていなかった」
肝が据わっているというか、鈍感というか、いっそのこと無神経と言ってもいいかもしれない。とにかくおれにはできないリアクションだった。
目的地に近くなると、誰かの大声が聞こえた。道の角を曲がると、たくさんのサイレンの点滅が目に当たった。
消防車が二台に、パトカーが数台。消防士以外はみんな、その場で立ち止まり、うえを見ていた。あたりには湿気が充満していて、すでに消火が終わっているようだった。多くの水を使ったのだろう。
野次馬と同じように見上げると、ひとめで被害場所がわかった。四階の隅の部屋。ぽっかりと、その空間だけが黒ずんでいる。この世の地獄を押しこんだような色だった。
「ペットを飼っていなくてよかった」
「どこまでデリカシーがないんだよお前……」
話していると、「夜子!」と背後で大声がした。風見と一緒に振り返ると桐谷だった。走ってきた彼女は、そのまま風見に抱きついた。
「大丈夫? けがはない? 無事?」
「落ち着いて、知咲」
「どこか痛いところは? かゆいところはございませんか?」
「落ち着いて」
火事で部屋ひとつ失うほどの価値がある、とまでは言えないが、ここまで取り乱す桐谷も珍しかった。なぜ一瞬だけ美容師になったのだろう。
桐谷のあとを追うように、続いて父親である警部補があらわれた。
「風見さん。大変な目にあってショックだろうが、さっそく捜査に協力してもらいたい。本当は被害者を落ち着かせる義務がわたしにはあるが、きみは必要か?」
「取調室に案内してくれてもいいわ。特大のかつ丼で、今夜の夕飯代を浮かせましょう」
いまの返答で十分、という風に、桐谷警部補が背を向けて歩きだす。風見もそれについていく。おれと桐谷も続いた。
自分たち以外が介在しない空間を探していたのだろう、桐谷警部補が案内したのはパトカーのなかだった。警部補と風見が乗り込み、ちゅうちょしているおれを後ろの桐谷がおしこんだ。あろうことか、桐谷は助手席に座った。
風見はさっきおれに話した内容と同じことを、警部補に報告した。
「プレゼントの箱が?」
「中身は爆弾よ」
「中を開けることはできた? 遠隔式のタイプなら犯人は近くにいたはずだ。時限式かとか、わからなかったか?」
「いいえ、わからなかった」
「外に放りだされたとき、近くに怪しい人物は?」
風見は首を横に振る。桐谷警部補は少し焦っているようだった。すぐあとに、おれたちはその理由を知ることになる。
「爆弾を仕掛けられることに、心当たりは?」
「確かにわたしはまわりから嫌われているし、うとましがられて、そのうえ気味悪がられてもいるけれど。理解されないことだって、たくさんしているけれど」
自覚あったんだ……。
と、全員が同じ顔をした。
「それでも、殺意を抱かれるほど恨まれる覚えはないわ。ひとりをのぞいて」
ひとりをのぞいて。
その言葉に、またしても全員が同じ顔をする。心当たりのある表情。あるひとりの男を思い浮かべた表情。
死神。
死の商人。
右目のまわりが古傷におおわれて、髪の右が白髪になっている男。風見と同じ、未来の死体を視る力を持った男。
やつにとってのビジネスの邪魔となる風見を殺すためなら、爆弾だって使ってもおかしくはない。死神には、そういう恐怖が当たり前のようにある。
「いいか。あくまでも、意見のひとつにすぎないが」
桐谷警部補は呼吸をひとつはさみ、一度娘である桐谷を見たあと、こう言った。
「風見さん。きみが爆破の犯人ではないかという意見もでている」
「お父さん!」
叫んだのはもちろん桐谷だった。叫ぶと同時、実の父親である彼の首までしめだした。おれがなだめて、なんとか警部補に先を続けさせた。
「わたしが疑っていると言っているんじゃない。だけど捜査班のなかには、そう考えているやつもいるってことだ。最悪、その方針で捜査を進めることにもなるかもしれない」
「ありえない」と、憤りがおさまらない桐谷。
警部補も耐えるように、説明を再開する。
「先週ごろに起きた学校の爆破とも関連付けられている。きみはあそこの生徒だし、何より現場の近くにいた。いくら犯人ではなくても、参考人には十分なりえる」
「夜子は被害者よ。自分の家を失っているのに」
「爆弾をつくっている最中に誤作動が起こったと推理もできる」
桐谷と警部補の親子ゲンカが続くなか、風見だけは表情を変えず、冷静のように見えた。心のなかでどうなっているかは、わからない。
現場や状況が、風見の不利に働いている。まさかこれも死神の策略なのだろうか。さすがに考えすぎだとしても、ちらりと頭で考えてしまうことがあった。つい一か月前、風見がおれの家の前で、『爆弾のつくりかた』と書かれた本を読んでいるのをこの目で見ている。もちろん疑うわけではないが、つくづく運の悪い女だとも思った。
一応の事情聴取はおわり、おれたちはパトカーをおろされる。
「やっていないと証明します。真犯人をお土産に」
風見は最後にそう言って、警部補から去っていった。去っていくのはいいが、いまの彼女には家がなく、その足もすぐにとまった。
無言でおれのほうを見てくる。表情には見えなくても、明らかに期待しているのがわかった。仕方なく、ため息と一緒にこう言った。
「マンションの部屋が直るまでの間だけだ」
「同棲の申し込みだなんて、まあ大胆。夜は襲われないか少し心配」
「あの石炭みたいな部屋に帰るか?」
「すみませんごめんなさい」
「同棲じゃない。ただの避難だ」
無視して、風見はスキップで先を行く。かろうじてそれだとわかるほどの下手なスキップで、テンポも足もばらばらだった。家が燃えたというのに、ここまで楽観的でいられるのがうらやましい。さらには振り向き、こんなことまで言ってきた。
「パジャマを買わなきゃね」
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