魔女ルルカ

観音開絃四郎殿


GBR本戦出場おめでとうございます。

本戦の対戦カードが決定致しましたので、ご報告申し上げます。


対戦相手

一本松夏実


本戦ルール


1. 対戦相手は決まりしだい、通知する。


2. 対戦方法は自由、場所も左文字町内であれば自由。


3. 試合期間は通知が届いた日から1週間、相手に負けを認めさせれば勝利。ただし、相手が戦闘不能になった場合はその時点で勝利とする。


4.相手を死に至らしめた場合は失格とする。


5.奇襲、不意打ちは失格とする。


6.試合期間中の出場者はカメラで監視する。不正行為があった場合は、その場で失格とする。


絃四郎は通学路を1人で走り、大会本部へ向かっていた。片手には紙を握りしめ、腕を振る度にくしゃりと音を立てる。

下駄箱にいた数分前。

白い封筒に入った通知は、ご丁寧にハートのシールで封がされていた。古風なラブレターに見せる演出は悪趣味極まりない、どうせ考えたのはゴールドバーグだろうが。


「マジ⁈ 初日からラブレター ‼︎ 」


下駄箱から取り出した途端にホクソンが興味津々で、後ろから内容を覗こうとした。残念ながら彼の期待するようなものではない。


「……悪い、ホクソン、権田原。ちょっと用ができた」


「え? 」


「飯はまた今度でもいいか? 」


絃四郎のただならぬ雰囲気を感じ取ったホクソンは騒ぐのをやめた。


「お、おう」


「うん、用ができたならしょうがないよね」


「誘ってくれてありがとう、それじゃあ」


今頃はホクソンとみやびと、会話を楽しみながら買い食いをする予定だったが、こんなふざけた通知をもらって黙っていられるはずがなかった。

大会ルールそのものに関しては、疑問はあるものの不満はない。

問題は最後に書かれていた注意書きだった。


※ただし、左文字町出身の出場者は一部のルールの適用外となる。


「やはり体制を改めるつもりはないということか」


この注意書きが意味するもの、それは絃四郎以外の出場者のほとんどがルールを守らずに闘えるということだ。

つまりこのルールは絃四郎にのみ適用されると言える。予選では隠されていた、いや知らせる気もなかったというのが正しい。堂々と書き加えたのは、絃四郎に今後もフェアな闘いはさせないつもりらしい。


「少しでも感謝しようなんて、俺は大馬鹿だな……」


自嘲気味に言葉を漏らす絃四郎。好意的なふりをして、ゴールドバーグはどこまでも絃四郎を不利な立場へ追い込みたいのだろう。

白鳥沢学園への編入もそういう意図があったに違いない。そうでなければ今朝会った一本松が対戦相手になるなど、偶然にしてはできすぎていた。

一本松夏実とは、2度と関わらないだろうと思っていた矢先にこれだ。

一本松夏実、変わってはいるが、普通の女子高生の範疇は出ていない。細い手足や抱いた限りの感触は鍛えているとは言い難い。それに、筋肉質の絃四郎を見て明らかに嫌悪感を抱いている様子だった。格闘技を習っているとは考えにくい。習っているとは思えないが、あのガラスを突き破る頭突きができる程の力はあるのだ。侮ってはならない。相手を素人だと思って、油断した結果が予選の醜態なのだ。

いい加減学習すべきだ。この大会の参加者は、正攻法で倒せる相手ではないということを。ゴールドバーグという男を簡単に信頼してはならない、油断してはならない。


(待てよ……、じゃあホクソンや権田原も)


ゴールドバーグの手先かもしれないという考えが頭をよぎる。


(あんなに気のいい奴らが? )


これまでのゴールドバーグの行いを考えても、奴ならばやりかねないと思う。彼らは実はGBRの出場者で信頼を得るために演技をしている? 仲良くなったところで絃四郎を不意打ちで倒そうとする?

嫌な考えが絃四郎の頭を支配していく。


(……だあ〜‼︎ うだうだ考えてもしょうがないだろ‼︎ ゴールドバーグに確かめてやる‼︎ )


「フフフ、悩んでるわね青少年」


頭を掻き毟り、イラつく絃四郎の背後から女性の声がする。


(何だ‼︎ )


後ろを振り向くが誰もいない。辺りには人がいる気配など微塵も感じなかった。


「はい、2度目の頭の上から失礼〜」


絃四郎は声のとおりに頭上を見上げる。


「……う、うわぁぁぁぁ‼︎ 」


クセのある緑の髪、エメラルドグリーンの瞳を持つ美女。ピンク色のとんがり帽子を被った彼女は大会プレゼンターのルルカだった。


「そ、空に、ひ、人が」


「やぁ〜ん、いい反応」


絃四郎は動揺するあまり、しどろもどろな喋り方になってしまう。

なぜならば、声を掛けてきた女性は箒に乗り、宙に浮いていた。現実ではあり得ない、お伽話でしか見聞きしたことがない箒に乗る魔女そのものだ。


「はぁい、初めましてカラテボーイ。わたしはルルカ、この大会のプレゼンターよ」


「何で、箒に、人が」


「もう! 理解してよ。魔女だからに決まってるじゃない‼︎ 」


「そんな簡単に受け入れられるか‼︎ 」


「あら、三つ編みのお嬢さんはすぐにわかってくれたわよ」


「三つ編み……、一本松か‼︎ 」


「やっぱり女の子のがそういうのすぐに察してくれるのよね」


たわわな胸の前で腕組みをすると、ルルカは絃四郎の目線まで降りてくる。


「まあ、そんなことは置いといて。あなたにゴールドバーグから伝言を預かっているわ」


「‼︎ 」


「ゴールドバーグに会いに行こうとしたんでしょ? 全部お見通しよ。で、はっきり言わせてもらうとあなたの主張は却下だそうよ」


「はあ‼︎ 言う前から何だそれは‼︎ 」


「こんなほぼ自分だけに不利なルールを作るなんてひどすぎる‼︎ って言いたかったんでしょうけど、左文字町民とあなたとでは、実力に差がありすぎるから、これぐらいのハンデがないとショーにならないだろって彼が……」


「し、ショーだと⁉︎ 」


「あ、最後のはあなたに喋っちゃいけないんだったわ、忘れて」


「忘れるか‼︎ どういうことだ‼︎ 」


「と、に、か、く‼︎ 簡単にあなたに勝たれちゃうと困る人たちがいるってことよ」


強引に会話を遮ると、ルルカは絃四郎にグッと顔を近づける。鼻先と唇が、あとほんの少しで触れてしまいそうな距離だ。絃四郎の耳と頰が一気に真っ赤になる。


「赤くなっちゃってかわいい」


「俺に近寄るな‼︎ 」


「ねぇ、知ってる? 金歯ってあんなに綺麗に輝いてるからさぞおいしい味がするって思うじゃない。でもね、何の味もしないのよ」


「な、何言って」


そういうとルルカは、人差し指で絃四郎の歯列を右から左へゆっくりとなぞる。


「あなたの白い歯はどんな味がするのかしらね」


紅い唇から吐息が漏れ、絃四郎の顔にかかる。


「な、な、な‼︎ 」


ルルカの性的な言葉と仕草に、絃四郎の心臓は跳ね上がり、驚いて後ずさる。


「フフ、確かめるのはまた今度にしておきましょうか、カラテボーイ。いえ、チェリーボーイ」


肩で息をする絃四郎。驚きのあまりルルカの言葉に何も言い返せない。


「こうしてる間にも、三つ編みのお嬢さんは着々と準備を進めているみたいよ。道中襲われないよう気をつけてね。ああ、そうそうお友達はこちらの仕込みじゃないから、変に疑わないようにね」


ルルカは箒に跨ると、鼻歌を歌いながら空へ姿を消した。

女子を抱きしめ、女子に手を握られ、大人の女性から歯を触られる。母親以外の女性とまともに会話をしたことのない絃四郎は当然童貞だ。今日1日でギャルゲーの主人公のような体験をしてしまった。

童貞の彼にはいささか刺激が強すぎたらしい。鼻の下には2本の紅い筋が滴り、卸したての制服にシミを作っていた。






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史上最強⁈ 士ケンジ @velaciela

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