新しい学校生活はドッキドキ♡

「みんな、席に着いてくださーい。先生が忙しいので代わりにHRやりまーす」


みやびは生徒たちに席に着くよう声をかけ、黒板に絃四郎の名前を書く。静かになった教室にチョークの音が響く。


「えっと、今日からこのクラスに入った編入生の観音開くんです」


「観音開絃四郎だ。GBRに参加するために左文字町にきた。よろしく頼む」


何を言ったらいいかわからなかった絃四郎は、簡潔すぎてそっけない自己紹介を終える。


「GBRって、あの格闘技のやつ? 」

「すげぇ、傷だよなぁ」

「ムキムキヤベぇ」

「むさいわ〜」


(誰だ今むさいって言ったやつ‼︎ )


女子の声だったが、夏実といい初対面の人間に失礼すぎではないだろうか。

しかし、先ほどの騒ぎでクラスメイトへの印象が悪くなったのではないかと心配したが、ごくごく普通の反応で絃四郎は安心する。学生生活を送るのは不本意とはいえ、クラスの和を乱すつもりはなかった。それは殺伐とした格闘技の大会?に出るのだから、私生活ぐらい平穏に過ごしたいという思いからであった。


「えっと、観音開くんの席はあの窓際の奥の席ね」


みやびが指した窓際の列、6番目の席が空いていた。幅の広い脚がしっかりした学習机は、細かな傷があるものの、まだ新品に近い状態で、椅子は背もたれにクッションが付いた角度が調節できるタイプのものだった。


(さすが金持ちが創設した学校だな。机すらも普通の高校に比べて質が高いんだな)


絃四郎は机の横にリュックをかけてから座る。するとバネの付いた椅子の脚が、絃四郎の体重で若干沈み、椅子が低くなりすぎてしまった。椅子の高さを調節するために下を覗くが、それらしきレバーや金具が見当たらない。

どうやったらできるのか、椅子の脚を触って方法を模索する。


「ああ〜、それな。こうやんだよ」


真横から手が現れると、脚の上部にあるボルトをくるくると回し始める。


「いっぺん立ってみ? 高さあわせっから」


「お、おう」


顔を上げると、隣の席の男子生徒が屈んで椅子の高さを調節していた。


「う〜ん、こんなもんかな。座ってみ?」


「すまない、ありがとう」


椅子の高さは先ほどよりもしっくりときた。


「いいよ。オレは北村川毅きたむらわたけしだ。みんなはホクソンって呼んでる、よろしくな」


「観音開だ」


「うわっ、改めて聞いても言いにく⁉︎ 人のこと言えねぇけど。名字が3文字ってことは親がこの町出身なわけ? 」


「いや、たまたまだ。両親ともに北海道出身だ」


「へぇ〜、大会に出るために縁もない土地に越してきたってわけか。すげぇな〜」


「日本国内なら大したことはない、ついこの間まで修行で世界中巡ってたからな」


「世界中⁈ 何? お前学校言ってなかったの⁈ 」


「通信教育を受けていたが、学校は1年ぶりだな」


「マジか‼︎ すっげえ‼︎」


人好きのする表情を浮かべる北村川毅ことホクソンは、同じ10代としてあり得ない生活を送っていた絃四郎に興味を持った様子だ。


「なぁ、観音開さぁ。格闘技やってるなら運動得意だよなぁ。今度助っ人に来てくんねぇ? 」


スポーツ刈りで学ランの下にパーカーを着たホクソンは、確かに運動部に入っていそうな、活発な印象を受ける。


「北村川は何部なんだ? 」


「だからホクソンでいいって。軟式野球部‼︎ 部っていうか同好会に近い感じだけどな。週末には地元のチームと試合するからお前も来いよ」


「考えておこう」


「いい返事期待してるぜ、そのムキムキの腕でホームラン連発してくれよ」


「じゃあ、うちにも来てよ。観音開」


ホクソンの提案に便乗する形で、後ろの席の三白眼の男子生徒が声をかけてくる。


「オレが先に誘ったんだぞ、前山田」


「いいじゃねえかよ、ミニバスケ部も人いねーの」


「うるせえ‼︎ 前田か山田かどっちかにしろ前山田‼︎」


「北村川くん、前山田くん! 静かにしてくれないと出席とれないじゃない」


みやびからお叱りを受ける2人だが、今度は小声で真横と後ろの絃四郎の争奪戦が始まる。2人の喧嘩を聞いていると、お互いにバカだのアホだの言っているが、本気で罵り合っているわけではない。友達間でのふざけあいのような感じだ。


「まあまあ、両方とも考えてみるから」


「ほんとか‼︎ 」

「マジいい奴‼︎」


2人揃って絃四郎の返事を聞くと、目を輝かせて絃四郎に顔を近づけてくる。


「頼むぜ、よかったら入部してくれてもいいからな。あ、観音開って呼びにくいから何かあだ名つけようぜ」


「観音開ってどこをとったらいいんだ? ちなみにおれは前山田だからマエヤマな」


(そこまで言ったらダを入れたっていいだろ)


絃四郎は心の中でツッコミを入れ。

ホクソンとマエヤマは、観音開からどうにか呼びやすいあだ名を作り出せないか思案し始める。腕組みして唸る2人を絃四郎は呆れた表情で見る。


(こいつらアホだな。でも……いい奴らだな)


2人が気さくに話しかけてくれたおかげで、絃四郎はイライラや緊張がだいぶ和らいでいた。みやびも親切だし、このクラスでなら何とかやっていけそうだと絃四郎は思う。


「観音開だから、ビラ、ビラビラ?」


「バカ‼︎ それじゃあ下ネタっぽくなるだろ‼︎ 」


「うわっ‼︎ やらしいマエヤマ。さすがおっぱい大王だな」


「おっぱい大王?」


「女子のいる前でやめろって‼︎ ほら、白い目で見てる奴いるじゃん」


「ちっ‼︎ しゃあねえな。またの機会に教えてやるよ……ビラキ、そうだビラキでいいじゃん‼︎ 」


「それいいな、今日からビラキな‼︎ 」


「ビ、ビラキか……」


絃四郎の肩をバンバン叩くホクソンと、歯を見せて楽しそうに笑うマエヤマ。

しかし、絃四郎は微妙という顔していた。


「もう‼︎ 出席とるから静かにしてってば‼︎ 」

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