嘘⁈ 廊下のアイツが転校生‼︎ その1
所在地は左文字町に隣接する右文字市。敷地面積ははおよそ230万平方メートル、東京ドーム50個分に相当する。
飛行機から生活用品まで、ありとあらゆる分野で国内シェアを占める大企業、白鳥沢コーポレーションが創設した日本最大規模の私立校である。
広大な敷地内には幼稚園から高等部までの学校施設以外にもショッピングモールやマンションなどがあり、生徒はもちろん、その家族も敷地内の施設を利用することができる。右文字市、左文字町の住民の中には、学園の敷地内だけで生活が成り立っている者までいるほどである。
それだけの設備を揃えた白鳥沢学園は当然人気も高く、充実した学園生活を送りたいがために、毎年全国から受験生が押し寄せてくるのだ。
「何で俺が学校なんかに……」
そんな誰もが羨む学校に通えるというのに、鏡に不機嫌な顔を映す絃四郎。
久しぶりに着る制服が窮屈に感じることもあってか、思わず舌打ちをしてしまう。一年以上はほぼ道着しか着ない生活を送っていたので、シャツに学ランと、重ね着をするのが嫌になっていた。
なぜゴールドバーグは勝手に白鳥沢学園への編入手続きをしたのか。奴が言うには、
「聞いてもカラテボーイは私の好意を受け取ってくれないだろうから、こっちで本戦出場のご褒美を勝手に決めさせてもらったよ」
とのことだった。
あれだけ挑発的な言葉を浴びせられれば、素直に褒美とやらを受け取る気になるわけがない。
絃四郎は先日の苦情の件で参加辞退はやめたが、だからといって会期中はゴールドバーグの世話になるつもりもなかった。
部屋を借りほどの貯金もないので選択肢は一つ、野宿であった。
これまでの修行で野宿が日常だった絃四郎には大したことではない。
幸い左文字町には食べ物が採れそうな山がいくつかあったので、適当なところでテントを張ろうと準備をしていたのが一週間ぐらい前の話だ。
突然ゴールドバーグの部下と名乗る黒服に声を掛けられ、部下はスマホを絃四郎に突き出した。
小さな画面の向こうには、眼鏡をかけて書類をチェックするゴールドバーグがいた。
「やぁ、カラテボーイ。慌ただしくて申し訳ない。元気そうで何よりだ」
「何の用だ」
「何の用だとは随分なご挨拶だなぁ。せっかくいい知らせを持ってきたというのに。……君、あれを彼に」
黒服は胸ポケットから四つ折りにされた書類を差し出した。
「見てみたまえ」
ゴールドバーグは仕事中らしく、こちらを見向きもしない。絃四郎はしぶしぶ受け取り、書類を開いた。2枚重なった書類はそれぞれ書式が異なる契約書のようだった。
1枚目はゴールドバーグ名義のアパートの契約書、2枚目は白鳥沢学園高等部への編入手続きの用紙だった。
「何だ、これは⁈ 」
「何って、カラテボーイがこれから住む部屋と通う学校さ」
「何勝手なことを‼︎ 」
「会期中の衣食住は保証するとパンフに書いてあっただろう? ついでにスクールライフもエンジョイしてほしいと思ったのさ」
「あんな仕打ちを受けて、誰がお前の世話になんかなるか‼︎」
絃四郎が言い返すと、ゴールドバーグはやっと画面越しに絃四郎を見た。自分の好意を受け取らない頑固な絃四郎の態度に、あきれたように溜息をついた。
「おいおい、カラテボーイ。君はあと3年でティーンエイジとおさらばなんだぜ。そんな大事な時期を汗まみれで終わらせてどうするんだ。 最高のガールフレンドが見つかるかもしれないんだぞ? 甘く切ないブルースプリングを経験すべきだよ」
「俺にはそんなくだらないものは必要ない、とっとと帰れ‼︎ 」
「はぁ、素直に受け取ってくれるとは思っていなかったがここまで頭が固いとはなぁ。まあ、すでに君のダッドからは編入届にサインをもらっているから、今更断られても意味ないしな」
「父さんが⁈」
「ああ、君のマムがもっと高校生らしい生活をさせてやれと説得してね。マムは将来を心配しているようだったよ」
「母さん、……余計なことをして‼︎」
「HAHA‼︎ ティーンエイジャーってやつは、どうしてこう、親心を理解しないかなあ。……じゃあ、そういうことだから観念したまえ。あ、勝手にやめたら大会を辞退したとみなすからそのつもりで」
「はあ⁈‼︎」
「ああ、そうそう。編入試験は私の権力で免除になったが、君の学力だけは知りたいそうだから、学力試験だけは受けてくれ。それじゃあグッドラック‼︎」
テレビ電話が切れると、黒服は絃四郎に部屋の地図と鍵差し出す。
「必要なものは部屋に全てある。学力試験の日程と学校案内は机の上にあるから、必ず一読するように」
黒服は地図と鍵を受け取ろうとしない絃四郎に無理矢理握らせらると、山を下っていった。
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